宴にて【後】
意外にもすっきりした心地で、私は踵を返して席に戻ろうとする。
ところがそのとき、御簾の向こうから突然に低い声が発せられた。
「皇帝陛下がお喜びだ。柳家の娘、よい音色だった」
「!?」
驚きのあまり、私はその場でぴたりと足を止める。
振り返っても御簾は下りたままで、けれどそれが蒼蓮様から発せられた言葉だとはわかった。
集まった者たちも、驚きでざわめく。
直接お声掛けいただけるなんて思ってもみなかったのは、私も彼らも同じだろう。
動揺が広がる中、私はどきどきする胸を押さえ、そっと礼をする。
「凜風様、こちらへ」
案内役の女官がそっと近づいてきて、私を父の隣に連れて行ってくれた。
父は、澄ました顔でいつも通りだ。
その姿を見ていると、ふと疑念が湧きおこる。
父は、本当は何がしたかったの?
じっと横顔を見つめていると、横目でちらりと私を見た父はいじわるくふんと笑った。
周囲の官吏や大臣からは、私のことを称賛する声が相次ぐ。
──さすがは柳家の姫君だ。その容姿もさることながら、なんと素晴らしい演奏だろう
──かように思慮深い姫であれば、さぞよき妻となろうな
私はそのとき気づいた。
父の目的は、皇后の座でも蒼蓮様でもなかった、と。
もちろん李家でもない。
皇后の選定の儀に私を出すことで、有力な家の当主たちに私を売り込むのが目的だったのだ。
考えてみれば納得がいく。
皇帝陛下は5歳だし、蒼蓮様は私との縁談は断り続けていたし、李家しか現実的な選択肢がないなら、最初から有無を言わせず私を嫁がせればよかったのだ。
何も、こんな場に私をわざわざ出す必要はない。
皇后候補に名乗りを上げる、それはつまり決まった相手がいないと示すこと。
これを機に、より有利な縁談を得るのが父の目的だったのね!?
父は蒼蓮様に私を嫁がせたかったけれど、色よい返事がもらえなかった。
本来ならば、すぐにでも他家に私の売りこみをするべきだ。けれど、こちらから声をかければ足元を見られる。
だから皇后候補に担ぎ上げ、二胡を披露させることでお披露目の場とした。
皇族の前で演奏できるほどの腕前だと、縁談で有利になる。しかもこれだけの衣装を用意できる財力があると、大切に育てた娘だと表明できる。
娘を政治利用する父だとはわかっていたけれど、こんな風に売りに出されるみたいなことをされたらさすがに腹立たしい!
やり場のない怒りで、私は沈黙した。
握り締めた拳は、ふるふると震えている。
「よくやった」
父のその一言が、さらに私の怒りを増大させた。
おのれ、強欲な右丞相め……!
この父に人並みの愛情なんてないと、わかっていたのに腹立たしい。
「恨みます」
ほかの人には聞こえないくらい、小さな声でそう呟く。
「なんとでも言え」
父は愉快そうに口角を上げて、正面を向く。
続いての演目が始まってもなお、私は静かに怒り狂っていた。
5月17日発売!
「皇帝陛下のお世話係」ノベル2巻&コミックス1巻
ノベル版は半分くらい書き下ろしで、新しいエピソードが満載です♪
紫釉様の成長や凛風の仕事ぶり、蒼蓮の深まる愛情と不憫がより楽しめる内容になっております!
どうかお楽しみください!
漫画版では、吉村悠希先生の描く麗しい世界観が最高です。
お兄ちゃんと蒼蓮の不憫かっこいい姿よ……!( ノД`)煌びやかな中華の世界、詰まってます。
なお、小説版もマンガ版もずっと名前にふりがなついてます。読めない・覚えられないが解消されて、ストレスフリーな中華をお楽しみいただけます。
ありがとうございます、スクウェアエニックスさん…!
※アニメイトさんなどでの特典配布は、なくなり次第終了です。