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無礼な男【前】

「それでは、休憩にいたしましょう」


 私は姫たちのために3曲を弾き終え、二胡を傍らに置き、休憩を促した。

 控えの間には甘い菓子もあり、果実を絞った子ども用のお茶もある。姫たちはこの場に慣れてきて、各々の女官から茶や菓子を受け取って笑顔を浮かべている。


 よかった。

 5歳からすれば大年増な私でも、彼女たちの役に立てたみたい。


 安堵して、用意されたお茶に口をつける。


凜風(リンファ)様、(かんざし)の位置を変えましょうか?」


 私のところへ、一人の女官がやってきた。


 彼女の申し出はありがたい。

 しゃらしゃらと揺れる(かんざし)の飾りが、二胡を弾くときに微妙に当たりそうで気になっていたのだ。


 後ほど自分で直そうと思っていた私は、彼女の厚意を受け入れる。


「お願いします」


 背後に立った女官は、私の(かんざし)を慣れた手つきですっと引き抜き、もう一度付け直してくれた。おろしている部分の髪も櫛で梳き、衣の襟も整えてくれる。


「いかがでしょう?」


 彼女は手鏡で(かんざし)の位置を確認させてくれた。

 さきほどとは逆の位置につけられていて、これなら思う存分に二胡が弾ける。


「ありがとうございます」


 そうお礼を言ったとき、お茶を飲み終わった一人の姫が自然に私の傍らへやってきた。


「私もこれ、弾いてみたいわ!」


「え?」


 気づくのが遅かった。


 手鏡を持っていた女官も、その姫を追いかけてきた女官も、私の二胡を手に取った姫を留めることができなかった。


 ──ガンッ!!


「!?」


 驚きのあまり、皆が息を呑む。

 姫は私の二胡を手にしてすぐ、長さが自分の背丈とそう変わらないためにそれを机にぶつけてしまったのだ。


翠蘭(スイラン)様!?何ということを……!」


 女官が血相を変えて駆け寄る。


「あ……」


 この子に悪気はない。

 でも、自分が失敗してしまったことは理解していて、一気に蒼褪める。


「琴軸が……」


 弦を巻き付けていた琴軸が、欠けてしまっている。

 私は床にあった欠片を拾うも、今すぐ直せないことは明白だった。


 どうしよう。

 このまま演奏することはできない。

 皇族の前で、音色がぶれた二胡を使うなんてあり得ない。


 しんと静まり返った室内で、翠蘭(スイラン)姫は涙目になって震えている。


 まずい。よりによって、私の二胡を壊したのが翠蘭(スイラン)姫だなんて。

 この子は、(リュウ)家のライバル、李家の姫だ。

 誰が見てもわざとじゃないけれど、家同士の関係性から考えるととてもまずいことになる。


 うまくこの場を収めなくては、翠蘭(スイラン)姫は私に嫌がらせをした性格の悪い娘だといわれ、私は私で幼い子どもにしてやられた愚鈍な娘といわれてしまう。


「ご、ごめ、な、さ……」


 私は彼女の手からそっと二胡を引き受け、安心してもらおうと微笑みかけた。


 とにかくこの事態を何とかしなくては。

 私は深呼吸をすると、翠蘭(スイラン)姫に告げる。


「大丈夫ですよ。持って帰って、修繕してもらうことにします。今度からは、ゆっくり優しく扱ってあげてくださいね」


 幸いにも、ここは宮廷。

 二胡くらいあるだろう。それを借りて、今日の宴は乗り切るしかない。


 私は女官に翠蘭(スイラン)姫を任せ、何でもないように笑顔を取り繕う。

 そして、控えていた官吏の男性に向かって二胡を貸してくれと願い出ようとした。


 が、私が口を開く前に黒い格子戸が開き、一人の男性がやってきた。


「何か問題でも?」


 長い黒髪を高い位置で結んだその人は、薄灰色の衣の上に青い羽織を纏った上級武官とわかる姿で、見たこともない美麗な男性だった。


 彼が控えの間に入ってきた瞬間、女官や官吏の空気が一気に変わる。

 その高貴な雰囲気や堂々たる態度は、明らかにほかの者とは違っていた。


「どうかしたか?説明せよ」


 彼の瞳はまっすぐ私に向かっている。

 私は突然現れたその人に驚くも、ほとんど反射的に返事をした。


「二胡が、壊れました」


 彼は私が持っているそれを見ると、「あぁ」とだけ呟くように言う。

 この人にとっては、どうでもいいことなのかもしれない。

 もしかして、壊れたことの重大さをわかっていないのかも?


 私は説明を付け加える。


「壊れたままでは、本日の宴で演奏できません。ほんの少し欠けているだけに見えますが、とても繊細なものです。音色がまるで違うものになってしまいます」


 しかもこの二胡は、私がずっと大事にしてきたものだ。

 この状態が哀れでならない。


 ところが、説明を聞いてなお、彼の反応は鈍かった。


「このままでは音が出ない、というわけではないだろう?あぁ、皇后に選ばれたくて必死なのか?」


「は……?」


 あまりの酷い言われように、私は怒りで卒倒しそうになる。


 私が?

 皇后に選ばれたくて必死?


 信じられない!

 怒りでわなわなと震え出す私を、その男はじっと見つめている。

 その顔がまた腹立たしい。


「どうした?」


 じっと目を見ていると、わざと怒らせようとしている気がした。

 直感でそう思った私は、ぐっと感情を押し込めて深呼吸をする。


「…………いえ、私の言葉が足りませんでした」


 冷静に。

 ここは宮廷、たくさんの人に見られている。

 落ち着いて対処しなくては────


「皇后になりたいなど、そのようなことではございません。私の演奏を聴いてくださる方への礼儀の問題です」


 普通は、宴の主催者の部下として二胡を貸しましょうか?くらい言うわよね!?

 (リュウ)家が主催の宴なら、それくらい提案する!


 でも、不満を顔に出したらだめ。

 落ち着いて、すべてを丸く収めるにはこれしかない。


「どうか、二胡をお貸しください」


 自分で頼むしかない。

 ごちゃごちゃと話をしている時間が無駄だもの。


 まっすぐに前を見据えて告げると、彼は満足げに口角を上げ「わかった」とだけ言った。


 そして、なぜか一歩私との距離を詰める。


「あの……?」


 すぐ目の前に立った武官を見上げ、目を瞬かせる私。

 だがその瞬間、彼は私をひょいと荷物のように小脇に抱えた。


「きゃぁぁぁ!」


 悲鳴を上げる私に構わず、彼はそばにいた男性に「すぐに戻る」と告げる。


「ちょっと!?」


 混乱してじたばたしても、さすがは武官というべきかまったく逃げられなかった。

 がっしりとした腕が私の腰に回っていて、軽々と運ばれてしまう。


「離して!」

「黙れ、舌を噛む」

「!?」


 こんな扱いは、17年で初めてだ。

 何が何だかわからないうちに、男は廊下を足早に進んでいく。




ご覧いただき、ありがとうございます!

めちゃくちゃいっぱいある作品の中から、目に留めていただけてうれしいです。

広告の下にある☆☆☆☆☆とブックマークを、ぽちっとしていただけると作者のやる気が出ますのでどうか応援よろしくお願いいたします!

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