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お父様、お恨み申し上げます

こちらはWEB版です。

書籍版とは内容や人物名が異なりますのでご理解ください。

 良家の娘にとって、生まれた時代というのは己の一生を大きく左右する。


 たとえば、皇帝陛下と近い年頃に生まれると、後宮入りを目指すことになるかもしれない────


 後宮。そこは、光燕(こうえん)の国を統べる皇帝陛下の妃たちが暮らす場所。

 だが、今、後宮には一人の妃もいない。


 朱色の梁に、金銀の飾り細工が煌めく御殿は豪華絢爛で、まるで別世界みたい。宮廷の片隅に咲く、忘れられた華のようだ。


凜風(リンファ)様。どうぞ、こちらへ」


 光沢ある黒の扉を開く、年嵩の女官。落ち着きのある臙脂(えんじ)色の衣に黒い帯という姿は、皇族の世話を許された上級女官の装束である。


 彼女の案内で控えの間に足を踏み入れた私は、本日の催しがあまりに気乗りしないため足取りが重い。


 空色の衣は、天女をイメージさせるような優美なもの。歩くたびに長い袖や裾がふわりふわりと揺れ、17年の人生で最も艶やかな衣装だ。


 長い黒髪は上半分ほどを掬って高い位置で結い上げ、金のかんざしや翡翠の玉で飾り、高貴な方々の前に出るにふさわしい豪華さ。


 それもそのはず、本日の宴は光燕(こうえん)の皇帝陛下のお妃様を選ぶ場。

 この国の女性たちの頂点に立つ、皇后を決める一大事なのである。


 皇族と縁づきたい。右丞相の父は、その野心から娘の私を推薦した。


 この二ヶ月、なんとしても思いとどまってもらおうと、母や叔父から何度も説得してもらったが、父の考えを覆すことはできなかった。


 辞退できず、かといって逃亡もできず。

 何度となく冷水を浴び、病欠にしてもらおうとするも、健康すぎるせいで熱も咳も出なかった。


 健やかな己の身が悔やまれる……!


 いよいよ本番を迎えた今日。麗らかな日差しに、宮廷の木々が輝いて見えるほど日和もいい。

 女官や官吏たちからの盛大な出迎えを受け、私は居心地の悪さをぐっと耐え忍んで笑みを貼りつけ歩いている。


 長い長い廊下、私は心の中で何度も自分に言い聞かせた。


 大丈夫。

 何とかなる。


 とはいえ、残念ながらこれといった解決策は見つからないまま、とうとう控えの間まで来てしまった。


 私を連れて来た女官は、扉の前にいた官吏の男性に会釈をする。


(リュウ)家の姫君をお連れいたしました」


 格子戸が音もなく開き、私はごくりと唾を飲み込む。


「お入りください」


 選定が始まるまで、ここで待てということだろう。

 私は小さな声で「ありがとう」と告げると、静々と中へ入っていく。


 そして、目に飛び込んできた光景に、愕然とした。


「ひっく……ひっく……。こわいよぉ」

「ねぇ、ないたらおこられるって、わたしのとうさまがいってたよ?」


「じょうずに できるかなぁ」


「こーてーへーかって、どこにいるの?」


 ここには、お妃候補の幼女たちが4人いた。

 1人は泣いていて、1人はその子を困った顔で見ていて、ほかの2人は女官とおしゃべりをしている。


 顔を引き攣らせる私を見て、この控えの間に待機していた上級官吏の男が哀れみの目を向けた。


「お待ちしておりました。(リュウ)凜風(リンファ)様、17歳、(リュウ)家の一姫(いちひめ)様でお間違いないですね?」


「は、はい……。相違ございません」


 (リュウ)家の娘は、私だけ。正真正銘の本人だ。

 哀れみの目を向けられるのも、無理はない。


 私の存在に気づいた幼女の姫君らは、一斉にこちらを見た。


「「「「………………」」」」


 きっと、女官と思われているに違いない。

 うん、私もそっちの方がよかったわよ……?


 私以外は、5歳か6歳。

 まだ、なぜここに集められているかもいまいちわかっていない娘たちだ。


 私も含め、彼女たちはこの国で皇族の次に権力を持っている5大家の娘たち。本人の意思とは関係なく、皇后は5大家の娘から選ぶものという慣例があるからこうして集められている。


 そう、家柄という理由があるから、私はここにいる。

 17歳の私が、幼女たちに紛れてお妃候補として宴に出なければならないなんて……!


 当代の皇帝陛下は5歳ですよ!?

 少年ですよ!?

 この幼女たちに、ぴったりの少年皇帝!!


 私、17歳!なんと年の差12歳!


 どう考えても、私がここにいるのはおかしい。


「では、お時間までごゆるりと」


 案内してくれた女官は、私に対して恭しく礼をして去っていった。

 さすがに付き添ってはくれないらしい。

 それはそうよね。私は幼女じゃありませんからね。


「「「「…………」」」」


 視線が痛い。

 私はこの空気にいたたまれなくなり、精いっぱい愛想のいい笑みを浮かべる。


 年長者として、動揺や悲哀を態度に出すわけにはいかない。

 スッと背筋を正し、(リュウ)家の娘として恥じない行いを心がける。


 まずは、4人の姫君たちに向けて敬意を示した。


「はじめてお目にかかります。凜風(リンファ)にございます。此度の選定に、(リュウ)家からやってまいりました。どうか、皆様の輪に入れてくださいませ」


 顔の前で合掌して笑顔を振りまきつつ、心の中では父を恨む。


 いくら幼い娘がいなかったとしても、私はさすがにないでしょう!?

 分家の小鈴(シャオリン)(12)ですら、謹んで辞退申し上げますって文を寄越したのに……。


 今日の選定の宴では、得意の二胡を大勢の前で披露する。

 小鈴(シャオリン)は二胡どころか、歌も舞も苦手だから辞退したんだろうけれど、いくら演奏に自信があったところで幼女に紛れて17歳が出てくるなんて、いい笑いものだわ。


 父は、私をお飾りの妃にしてでも後宮に入れたいんだろうけれど、巻き込まれた私は迷惑極まりない。


 何より、その「お飾り」にすらなれませんよ!?

 あぁ、恨みます。お父様。


 幼女と女官たちから視線を浴びる中、私はこれからどうやり過ごそうかを懸命に考えていた。










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― 新着の感想 ―
[一言] 後宮という名の保育園or託児所じゃないですかw
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