初めましてのお茶 ①
目が見えないとカップを取るのも苦労する。
と、思うでしょう? それが慣れるとそうでもないのだ。セットされて、最初だけはね。ここだよと手を誘導してもらって確かめる必要はあるのだけども、その後は大丈夫。
手をどのように伸ばせばいいのか覚えれば不便はない。動作も普通の人と変わらないとお墨付きをもらっている。
ソルがいるときの私の定位置はソルの膝の上。
私の座高が低すぎるのと、ソルが心配性の世話焼きだから。膝の上に横抱きに座らせて、餌付けよろしくカップをとったり菓子を取ったり甘やかしてくれる。
小さい時からその状態が普通で、今日ももちろんソルの膝の上。
これじゃいけないんだろうなと思いつつもくっついていられるのが嬉しいから指摘しない。
「ルナ、今日のお茶はウバだよ。砂糖とミルク入れる?」
「あ、欲しい。ミルク多めの砂糖少なめでお願いしていい?」
「りょーかい。」
ソルは片腕で私をを支えたまま空いている片手でミルクと砂糖を入れる。
「ほら。熱いから気をつけて。それとも少し冷めるまで置いておこうか?」
「んー……うん。そうする。」
一度ルナの口元まで持っていったカップは、ルナがカップに手を添えたことで熱さがわかったのだろう。
しばらく冷ますことを選択する。
ソルにくっついているから、ソルがお茶を飲んでいるのが振動でわかる。
ソルのお友達。カイル・ヒューレットとマティス・モルガンの会話が聞こえてこないのだが、どうしたのだろうか。いる気配はするのだけど。
「あの、ヒューレット子爵子息様、モルガン子爵子息様?」
私が声をかけると、息を飲む音が2つ起きた。
何かに気を取られていたのだろうか。
「……ああ、なんでしょう。ルナティア嬢。私のことはマティス、と。」
「……いやーー。ディーの姉君、すげーな。俺のことはカイルでいいぜ。」
「マティス様、カイル様。ですね。私のことはどうぞティアとお呼びくださいませ。」
「ティア?」
「はい?」
「ルナじゃねーの?」
「それは許さないよ。そう呼んでもいいのは俺だけ。だから、呼ばないでね。」
今はねと続けたソルの声は私にしか聞こえなかったと思う。ソルは昔から他の人にはルナとは呼ばせなかった。家族にすら。
私はそれが心地いいからいいんだけど。
ソルのことをソルと呼べるのも私だけ。
他の人にはディーと呼ばせてるみたい。
「申し訳ありません。何故か私もソルも『名』には敏感みたいで。名乗った名前でしか呼ばれたくないですし、仮に名乗らなかった人には家名ででも呼ばれるのも不快なんです。」
「まぁ、あるっちゃあるわな。敬称はなしでもいいか? ちゃんとした場ではちゃんとするからよ。どーもかたっ苦しいのがダメなんだわ。」
私はいい意味でびっくりした。
大体の人は許してない呼び名で呼ぶし、それを指摘すると何故だと詰る。
「そうですね。私も名乗ってない人に突然愛称を呼ばれれば不快です。私も敬称なしで呼ばせていただいても?」
ソルの友人は気持ちがいい。
私達従姉弟を見ても普通に接してくれる。流石に最初は固まっていたみたいだけど、たぶん、疑問があったら普通にさっぱりと疑問を投げてくれるのだろう。
「にしても、ティアが姉君で本当に間違い無いんだよな? 見た感じすげー幼いけど。」
ほら。遠回しでもなく声の色も普通。ただただ疑問に思ったってだけの声色。
「ふふふっ。」
嬉しくなってソルを見上げる。たぶん私は満面の笑みを浮かべているだろう。
ソルは、くす。と笑っておでこにキスをくれた。
「……いいでしょ。この二人。」
ソルが家に連れてきただけある。
「なんだよ?」
「いいや?」
「あらためまして、これからよろしくお願いします。大丈夫そうだから飾らないでいさせてもらいますね。紛うことなき従姉です。年上です。少しですけれど私が上です。」
「すこしだけ…ね。一応ね。生まれだけはね。」
「何よ。中身もちゃんとしてるでしょう。」
「どの口が言ってるの?」
「この口。」
「嘘つく口は塞ぐよ。」
本当に塞ぐように上下に潰すように唇を掴まれた。
痛くはないが、はずせない。離してと言ってるつもりでもムゴムゴとしか音が出ない。唇を掴んでる手をペチペチしても離してくれない。
見えないルナには分からなかったが、奮闘するルナをソルは蕩けそうに見つめ、そのソルを珍しい生き物のようにモルガンとカイルは見ていたのだった。