5話
そして、ある日、お婆ちゃんが畑で倒れてしまったので、家族は慌ててお医者様を呼びました。
お医者様は、あと数日は生きられるでしょうから、ゆっくり過ごさせてあげなさい、と仰いました。
でも娘ときたら、お婆ちゃんが大好きなものですから、何とかしてお婆ちゃんを助けたいと思って、急いで家を飛び出したのです。
もう十六歳にもなっていたのに、落ち着きの無い子でした。
娘には一つ、当てがありました。
村から見える大きな山の中腹、そこにある泉に捧げ物をすれば、神様の使いが現れて、どんな願いも叶えてくれるという言い伝えです。
娘は家族の誰にも黙ったまま、革の袋いっぱいに食べ物を詰め、家の宝の剣を持ち出してしまったのでした。
殆ど泣きながら歩きました。大人の男でも三日はかかる道のりを、二日と少しで歩きました。
そうして、とうとう泉に辿り着いたのです。
娘は夢中で、旅の疲れも忘れたまま、剣を祈りと共に投げ入れてしまいました。
すると、辺り一面は光に包まれ真っ白、娘と泉だけが世界から切り離されたようになって、その時、娘は何処からか男の声を聞きました。
案外に若いような、でも何百年も生きているような、不思議な男の声でした。
「娘、おまえは何を望む」
娘はもう、びっくりしてしまって、言葉が出ないのを何とかしようとして、叫ぶように返事をしました。
「お婆ちゃんを、死なないようにしてください」
男の声が初め「わかった」と言ってくれたので、刹那、娘はほっとしたような心持ちだったのですが、直ぐに「しかし」と男は付け加えたのでした。
「おまえの祖母は、もう死んでしまった。代わりにおまえを死なないようにしてやろう」
そうなのです。娘があんなに急いで来たのに、お婆ちゃんはもう、亡くなってしまっていたのでした。
光は消えてしまい、また世界と繋がってから、やっと娘は自分が此処まで来たのが無駄足だったと知りました。
家宝まで捧げてしまったのに、お婆ちゃんを助けることは叶わなかったのです。死に目にも立ち会えなかったのです。
哀れな娘は、わあわあ泣いて、それからもう家には戻れないと思い、泉に身を投げました。
冷たい水が纏わり付いてきて、娘はどんどん深いところまで沈んでゆきました。
眼を閉じていると、そのうち泉の底に着いたのがわかりました。
光が遥か遠くに見えていて、やっと娘は息苦しくないことに気が付きました。
本当に、死ねないようにされていたのです。
娘は呆然として、何日かを泉の底に沈んだまま過ごしました。
漸く我に返った娘は、家宝の剣が落ちていないか探してみました。
しかし、やはり何処にも見当たらず、仕方無いので泉より這い出て、村に戻って許しを乞うことにしたのです。
帰り道は休み無しに歩きましたが、ちっとも疲れたりせず、夜通し歩いて一日半で、生まれの村に着きました。
もうとっくに葬儀は終わっていて、お母さんは娘を見るなり、心配していたあまりに娘を打ちましたが、その後きつく抱き締めました。
娘は両親の前、起こった出来事を全て話してみたのですが、あまりの事だったものですから、途中、何だか自分でも嘘を言っているみたいな気持ちになりました。