4話
翌日も、父親は帰って来なかった。
その翌日も、その次も。
リュイはそれが何故だかわからない、という表情をつくるのがつらかった。
サキも心の何処かで、父親が無事では無いことを認めかけていた。
「……ねえ、リュイさん」
「なあに?どうしたの」
「また昔話、してほしいな」
「そんなに気に入ってくれた?」
「うん、だってリュイさん、わたしとそんなに歳も違わないよね?それなのに、いろんな事を知ってるし、お話もすごく上手なんだもん」
「そうね、私、そんなに若く見えるかしら」
「でも話し方は、なんだかお婆ちゃんみたいだね」
「……今日は、お話は無し」
「えっ、あ、ごめんなさい。怒ったの?……嫌だった?」
「ふふ、少しだけ。また水を汲んでくるから、少し待っててね」
「ごめんなさい。ほんとにごめんなさい。だからまた帰って来てね。一人にしないで」
「あら、ごめんね。冗談だから心配しないで。ちゃんと戻って来ますから」
日に日に、サキの病状は悪くなっていった。
リュイと初めて会った日から僅か半月で、肌は胸から首筋、下腹の辺りまで緑に変色してしまっていた。
咳に血が混じり、眼は何時も虚ろになって、死を意識しては怯えるようになった。
「ねえ……リュイ」
「どうしたの?」
リュイはベッドの側まで寄り、サキの手を優しく握った。冷たい手であった。
「わたし、死んじゃうのかな」
「……きっとね、お医者様でも、人が死ぬ時なんてわからないのよ」
「死んだら、お父さんに会えるかな」
「ひょっとしたら、そうかも知れないね。お父さまに会えるなら、怖がることもないね」
「……ねえ、また昔話、して」
「困ったわ、もう知っている話は大方話してしまったからね」
「やだ。リュイは何でも知ってるもん。聞かせてくれるんだもん」
「わかりましたよ、そうね……
じゃあ、こんなお話はどうかしら」
リュイはサキの髪を優しく撫でながら、話を始めた。
今よりずっと昔の話。一人の娘が、田舎の穏やかな村に生まれました。
娘は良い空気の中、素朴な物を食べて、すくすくと育ってゆきました。
娘はお爺ちゃんとお婆ちゃんが大好きでした。畑仕事で腰の曲がった二人。
でも娘が八歳になった頃、お爺ちゃんはひどい風邪に罹って亡くなりました。
その時、初めて、娘は人の死というものに触れ、それを怖れるようになりました。
「お婆ちゃん、お婆ちゃんも何時かは死んでしまうの?」
「そうですよ、私のようなお婆ちゃんだけじゃないの。人は誰でも自分の生きられるだけ生きた後は、生まれる前と同じように、何も無いところに帰るのよ」
「お婆ちゃん、私、どうしてか、それがすごく怖い」
「大丈夫、怖いことは可笑しくないの。
でも、それはね、どんなに逃げてみたって、きっと何時かは追いついて、私たちの肩を叩くのよ。
お婆ちゃんもそろそろ、逃げ足に自信は無くなってきたねえ。ちゃんと、何時でも杖を持っておかないとね」
娘は怖がっていたけれど、お婆ちゃんはどうしてか、平気な顔をしていました。
だんだん体が弱ってきて、食べるのも随分と小食になったけれど、やっぱり平気な顔でした。