3話
室内は殆ど何も無くがらんとしていて、竈の火は消えてしまっていたが、まだ少し暖かかった。
二つあるベッド、奥の側に少女は座った。小さなベッドだった。
「私はリュイといいます。宜しくね」
「あ、ごめんなさい。わたし、初めての人にはちゃんと自己紹介しなさい、ってお父さんに言われてたのに」
少女は少し落ち着いたようだった。
「えーとね、わたしの名前はね、サキです。もう直ぐ十三歳になります。病気に罹ってます。
お医者さまはうつらない病気だ、って言ってたけど、もしかしたらうつるかも知れないので、少し離れた此処に住んでます」
「もう十三歳なんだね」
リュイは内心、驚いていた。
あまりに白い肌、痩せた躯。本当なら美しい娘だろうに、病がこの少女、サキをこんなに痛めつけてしまっているのか。
「何という病気?」
「お医者さまは、緑死病、って言ってたの」
緑死病。
リュイは表情に出さないよう気を遣ったが、暫くは言葉も出てこなかった。
大人になるまで生きられる望みが、殆ど無い病気であった。
「……そうね、大変ね。つらいでしょう」
「でもね、お父さんがお薬を買ってきてくれるの。今は、こんなにつらいけど、きっと治るから、って。
そしたらね、私ね、お父さんと結婚するんだよ。約束したの」
サキは来客が珍しいようで、リュイが若い女性だったこともあって、言葉が湧き出て止まらなかった。
ただ時折、激しく咳き込むのが苦しそうで、その度にリュイは慌てて水を差し出した。
「サキちゃん、今日はよく喋ったから、暫く休憩しましょうか」
「うん、でもね、黙っていたらお父さんが心配になるの。
もし……もし帰って来なかったら」
リュイはそろそろ考え始めていた。昨日殺した山賊が、サキの父親であったかも知れない、と。
あの時、リュイを呼び止めた男の表情は固く強張っていた。人を襲うことに慣れていない感じがした。
リュイが狙われる時、矛先はその若い体であることが大抵であったが、あの男は金を欲しがっていた。
娘の治療代が必要であったとすれば、辻褄は合う。
「サキちゃん、お父様はどんな方なの?私ね、ひょっとしたら、すれ違ったかも知れないから」
「え、ほんと?お父さんはね、ええとね、こーんなに大きくて、それでね、髭が生えてて、弓矢が上手なの。
それでヒラやスナイみたいなのを捕ってきて、お肉を一緒に食べるの。毛皮は街まで行って売るんだって」
「そうなの。それなら、今頃は街に居るような気がするわ。きっと毛皮を高く買ってもらおうと頑張ってるのじゃないかしら」
リュイは殆ど確信した。自分は、この子から父親を奪ってしまったと。
何しろ男は弓を持ち、毛皮を背負っていたのだから。
「明日になったら、私が街まで行って探して来ましょうか」
「嫌、一人にしないでほしいの。だってリュイさんは、お父さんが帰って来るまで一緒に居てくれるんでしょ。
約束だよ。ね、そうでしょ」
リュイは今までにも、このような事態に直面したことがあった。
やむを得ずとは言え一度、子供を見捨ててしまったのを、彼女はずっと悔やんでいた。
もう二度と繰り返すまい、と頑なに思っているのだった。
「わかりました、そうしましょう。
では、サキちゃんの夕食を用意しますからね。ここに置いてある野菜を使って良いのかしら」
「うん、私、たくさんお話したから、お腹が空いちゃった」