2話
その後も彼女は歩いていたが、じきに暗くなり、大方何も見えなくなった。
彼女は大樹に手を掛け、するすると登ったら枝の分かれにもたれ、そのまま寝てしまった。森に棲む生き物のようにしなやかな挙動。
しかし、寝顔は実に可憐なものである。あどけない少女の顔としか見えない。
朝が来て、リュイは髪に絡んだ蜘蛛の巣を撫で取った。
鳥の囀りが聞こえていた。
彼女は伸びをした後、身の高さの倍ほどある枝から飛び降り、直ぐさま平然と歩き始めた。
彼女には食べる物も必要でない。食事はただ、戯れであった。必要でないのに飲み食いすることを、彼女は罪悪と信じていた。
だから本当は、肉や魚が焼ける匂いを嗅いだ際など口の中が涎でいっぱいになっていて、一口でいいから食べたい、などと思っているのに、何時も彼女は黙ったままやり過ごすのだった。
少し木々が開けて、陽が差し込むところに出た。人の手が入っている場所だった。
小屋のような建物が見えたので、リュイは人が居るのかと少し近くを歩いてみた。
すると、誰かの泣く声がする。それは少女だった。
灰みがかった綺麗な髪をくしゃくしゃにして頭を抱え、小屋の前の切り株に座り込んでいた。リュイの眼には、七つか八つくらいの子供だと映った。
「こんにちは、どうしたのです」
リュイが声を掛けると、少女は驚いて顔を上げた。
「え……お、お母さん?」
「お母様ではありません。でも、ちょっと心配になったもので」
「あ、あの、近くでわたしのお父さんを見ませんでしたか?昨日から帰ってきてないの。
夜までには帰る、って言ってたのに。ひょっとしたら、ひょっとしたら」
少女は咳き込み、苦しそうに息をした。
「大丈夫、ほら、ゆっくり深く息をしなさい、大丈夫だからね。ねえ、あなたはお父さまと二人で暮らしているの?」
「そうなの。……お母さんはわたしが小さい時にいなくなったの」
「お父様、きっともう直ぐ帰ってくるんじゃない?お家の中で待っていたほうが良いよ。こんなに震えてしまっているじゃない。冷えるでしょう」
「でも寂しいの。怖いの。ねえ、お父さんが帰って来るまで一緒に居てくれる?」
少女はリュイの袖を掴んで、離そうとしない。
その愛らしく甘える姿、痩せ細った体に心を打たれたリュイは、
「わかりました。では、お邪魔させて頂きます」
と言って少女の肩を抱えて扉を開け、少女を連れて小屋に入っていった。
その時の微かな匂いで、リュイは少女が病気であること、おそらくは長くないことをもう悟っていた。