1話
リガとミョルドの国境にある、サラジアという名の小さな村は、無法地帯と呼ぶに相応しかった。
山の麓の大通りに面した地域は割合ましなほうで、しかしそこを少しでも外れると、山賊と骸ばかりの酷い有り様だった。
山に囲まれたサラジアは、両国から見放されたように外来の人もなく、文化は衰退、人々は農耕か略奪によって生き延びようとしていた。
その他には何も無かった。流通の為にサラジアを通る者は、いつも命懸けであった。
そんな事情をまるで知らないまま、旅の若い女が一人、金の持ち合わせも大して無く、大通りから外れる脇道を歩き始めていた。
リュイという名で、見た目は十六かそこら、長い髪に碧眼の美しい娘だった。しかし身なりは貧しく、褪せた色の布を被り、長旅の苦労が表れているようだった。
リュイの旅は当ても無く、何時からとも無く続いていた。
殆ど人の手入れのない悪路に、不穏なものを感じながら、彼女はそれを意に介さず、度々立ち止まっては木々や小動物などを眺めているのだ。
少女の一人旅、その無警戒。傍目には愛らしくもあったが、異様でもあった。
そして案の定、彼女は山賊に出くわす。と言うよりは、見かけない顔がこの辺りを通れば、あらゆる人は山賊になる。
その男は普段、畑仕事や狩猟に従事するばかりで人を襲ったことが無かった。男の妻は数年前、略奪に遭い、死んだことになっていた。
リュイと鉢合わせ、目が合った男は訝し気に
「おい、娘、こんな所に何の用だ」
と言った。いやに大きな声だった。
しかし彼女は大して関心も無いといった様子で
「初めまして、わたしは旅の者でございます。この辺りは不慣れなものですから、それ故どうにも道を外れてしまったようです」
と返した。
いやに古めかしい話し方だった。
「ふん……旅ねえ、じゃあ俺が案内してやろうか?どこに行きたいんだ」
「ありがとう、でもお構い無く。行き先は特に決めておらぬものですから」
「今日はもう直に暗くなる。うちに泊まっていったらどうだい」
「いえ、本当に、お気持ちだけで十分です。では」
彼女がすれ違わんとした時、
「おい、ちょっと待ちな」と言った男の声は低く、鋭かった。
刹那、リュイの表情から、愛想が消えた。
「金、金は持ってるよな」
「……ええ。ですが、今日の食べ物を買えば尽きてしまう程しか」
「嘘を言うな。そんなことで此処まで来られるもんか」
男はリュイの衣を掴み、自らの元へ力任せに引きつけた。
それが男の最期だった。
懐に寄った彼女は、もう男の首筋から脳髄の向きへ短刀を突き立てていたのだ。
その速きこと、柄の辺りまで深く刺さった刃。
それを彼女は引き抜き、絶命した男がまだ立っているうちに、その服で血を拭き取った。鮮やかなものだ。
男は漸く崩れ落ちた。彼女はその始終、無表情のままであった。
リュイは倒れた男を調べ、見つかった僅かの金は懐の足しにした。彼女は殆ど金を必要としない。
ただこうして、自分を襲う者からのみ奪うように心がけていた。それは日常の一部分と言ってしまってもよかった。