4.伝説のはじまり
玲央奈とララの二人がリンクサイドに戻ると、案内役のララは再び説明を始めた。
「もうすぐあなたのコーチがここへやってきます。」
「それまで食事でもとってゆっくりしていてね。あそこに休憩用のイスとテーブルがあるでしょう。」
「レストランでは好きなものを何でも食べていいのよ。」
ララが指さす方向には、シンプルな食堂のようなスペースが見えた。
「それじゃあ私は別の新人さんのところへ行くわね。バイバーイ。」
ララの姿が揺れてホログラフィーのように消えていった。
と、思いきや再び空間にララの上半身だけが現れた。
「あ、そうそう。レストランではお金はかからないから心配しないでね!じゃあ!」
揺れながら消えたララの姿は今度は戻ってこなった。
レストランは、思いのほか広々としていて大人数で囲める席もあれば1人用のスペースもあった。
玲央奈の他には誰もいなかったので、1人用のスペースに腰かけた。
ウェイターがやって来ないのであたりを見回しても、来る気配がなかった。
リンクサイドでは気が付かなかったが、レストランでは軽快なポップソングが流れていて、壁に設置されたモニターでは、見たこともないスケーターの競技映像が映し出されている。
知らない選手のビデオを見ながら途方に暮れかかったそのとき、テーブルの手前側にボタンがあることに気が付いた。玲央奈がボタンを押すと、どこからともなく元気な声が聞こえてきた。
”いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ!”
― ご注文?
「何があるんですか。」
玲央奈が恥ずかしそうに小声で答えた。
”はい。何でもございます!”
― 何でも?
「……じゃあ、ハンバーガーと四つ葉サイダー。」
”かしこまりました!”
すると、白いテーブルの板面が縦に割れ、下からトレイに乗ったハンバーガーとサイダーがせり上がってきたと思うと、再び形を戻したテーブルの上にのった。
― なにこれ!魔法みたい!
玲央奈は初めて見る目の前の光景にワクワクが止まらなかった。
「もっと高級なもの頼めばよかったかな。あっ、でもこのハンバーガー美味しい。」
ひとり言を言いながら魔法の料理を食べ始めた。
満足の食事を終えてモニターのビデオを見ていると、誰かが玲央奈に話しかけてきた。
「はじめまして。七沢玲央奈さん。」
驚いた玲央奈が見上げると、スラリとした男性が立っていた。顔の頬から下は短い髭に覆われているが、若そうに見える。
「私はデヴィッド・ベンダー。今日からあなたのコーチです。」
「私と一緒にオリンピックの金メダルを勝ち取りましょう。」
こうして七沢玲央奈のフィギュアスケート伝説は始まった。