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わたつみの魔王  作者: 山谷 宗
第1章 初陣
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3.継承

伊23は深度50メートル付近を微速で航行している。ここまで潜れば波による揺れはほとんどなく、電動機で航行しているため振動もない。


通常であれば艦の揺れに苦しんでいた者は苦痛から解放されて一息つくところだ。しかし板垣の容態が知れわたっているため、艦内は重苦しい空気に包まれている。



武田や原たち士官の表情は一様に硬く、発令所で配置に就いている下士官兵も不安そうにちらちらと士官室の様子を窺っている。


非直の兵たちがひそひそ話を交わし、それを下士官が視線で制する。しかしその下士官も士官室の様子に耳をそばだたせる。


艦内のあちこちでこのような光景が繰り広げられている。



板垣は士官室のテーブルに横たえられ、軍医長の内藤中尉が頭部の止血処置を行っていた。武田がテーブルに近づくと、内藤の肩越しに板垣の頭部の負傷状況がわかった。



板垣の左側頭部には大きな傷が口を開けている。内藤は傷口をさらしで圧迫して止血を試みているが、さらしは赤く染まるばかりで効果は薄い。


相変わらず意識はなく、顔色は蒼白を通り越して土気色。呼吸も微かで素人目にも板垣の命は長くないことがわかった。



「さっきの波で吹っ飛ばされて頭を側壁か何かに叩きつけたようです」


武田に気づいた内藤が言った。


「艦長の意識は戻るのか」


武田が掠れた声で尋ねると内藤は首を振った。


「頭蓋骨が折れているので恐らく脳にも損傷があります。こうなるともう…」


発令所の空気がざわめいた。



艦長の板垣が指揮を取れないならば、先任将校の武田が速やかに指揮を引き継がなければならない。しかし大ベテランの板垣と比べれば、新品とは言わないまでも武田の経験も貫目も圧倒的に足りない。


まして今は平時ではない。これから向かうのは敵地であり、たった一つの判断ミスのせいで全員が「水漬く屍」になるのだ。乗組員たちが不安に思うのは当然だ。



先任で大丈夫か。


先任に艦長の代わりが務まるのか。



乗組員たちの心の声が聞こえたような気がした。



帽子を取って額に手をやれば、汗がじっとりと滲んでいた。しかし乗組員は自分以上に不安であることを考えると無様をさらすことはできない。



武田は軽く目を瞑り、1、2と数えながら息を吸い込み、その三倍の時間をかけてゆっくりと息を吐き出した。そしてもう1回。さらにもう1回。深呼吸を繰り返すうちに覚悟が決まった。


「艦長、フネをお預かりします」


武田は板垣に敬礼すると発令所に向かった。



そしてもう一度目を閉じると艦内令達器のマイクを手に取った。発令所に詰める乗組員たちはじっと武田を見つめている。



「先任から各員に告ぐ」


艦内は静まり返って武田の次の言葉を待っている。


「先程艦長が負傷されて意識がない。状態は重く、意識が回復するかもわからない」


あちこちから息を飲む音。


「平時ならば直ちに帰港するか戦隊司令部に報告して指揮を仰ぐべき事態である。しかし本艦は現在、ハワイ方面にて重要任務に就くべく航行中であり、いずれの措置も取ることができない。


かかる状況下において本艦の指揮をゆるがせにすることはできない。ゆえに」


武田は声にぐっと力を込めた。


「これより俺が本艦の指揮を執る。各員はその持ち場で本分を尽くせ。以上」



発令所内を見渡すと士官も下士官兵も皆覚悟を決めた顔になったのがわかった。


「針路及び速度そのままでしばらく航行する。海面の状況を確認して可能であれば浮上航行に移る。航海、任せる」


「宜候」




1時間後、板垣は息を引き取った。






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