1.暗雲
初冬の北太平洋名物の大時化の中、一隻のフネが東に向かって航行していた。
波切りの良さそうな艦首から伸びる低い乾舷と平坦な上甲板。上部構造物は甲板中央部に立つ艦橋とその艦尾寄りに配置された小ぶりな砲のみ。ただし艦橋の下部は半割りの筒状になって艦首方向に伸び、その先端は弧を描いて上甲板に繋がっている。
艦橋は全体に滑らかな形状に整えられており、そのせいもあって艦影はひどくシンプルな印象を与える。
これらの特徴はこのフネが潜水艦であることを物語っている。
伊号第23潜水艦。帝国海軍が誇る巡潜乙型の一隻で長大な航続距離と水上高速性能を持ち、さらに水上偵察機を搭載する帝国海軍の切り札。2ヶ月前に竣工したばかりの新造艦だ。
フネはうねりに大きく揺さぶられながらもぴたりと針路を保って航行を続けている。一見、何事もなく航行しているように見えるが、この嵐の中で艦を操る乗組員の苦労は並大抵のものではないだろう。
「いやぁ参りました」
見張りを終えて発令所に下りてきた先任将校が雨衣を脱ぎながらからぼやいた。彼は首に巻いた手拭いを外して搾るとごしごしと顔を拭いた。
武田信成大尉。海軍兵学校をまあまあの成績で卒業後に潜水艦乗組を選び、5隻の潜水艦を渡り歩いた後に潜水学校乙種課程(水雷長養成課程)を卒業。伊号第23潜水艦の艤装員として着任し、艦の竣工に併せて先任将校兼水雷長に就任した。
5尺9寸(約177センチ)と長身のため、天井に張り巡らされた配管やバルブにいつか頭を強打するのではないかと乗組員から心配されている。しかし本人は「当たらなければ大丈夫」とまったく気にする様子はない。
こんなどこかとぼけた言動と育ちの良さそうな顔立ちからのんびりとした性格に見られがちだが、実は「行き足」には定評があったりする。
特に本艦の艤装員時にやらかした事件は、同じ横須賀鎮守府所属艦の乗組員の間で語り草になっている。
事の起こりは艤装員付の兵曹が横須賀の街で沖仲仕たちに袋叩きにされたことだった。レス(料亭)でどんちゃん騒ぎ中にこれを聞いた武田はレスのお膳を片手に沖仲仕の溜まり場に殴り込みをかけた。そして彼らを叩きのめすと港の顔役を呼びつけて詫びを入れさせたのだ。
海軍士官が沖仲仕と喧嘩など本来ならあってはならないことで、厳重な処分が下されてもおかしくはなかった。しかし幸いなことに顔役があちこちに働きかけ頭を下げて回った結果、この件が大事になることはなく、従って武田が処分されることはなかった。
その他にもいくつかの武勇伝があるため、考課表には「部下ノ統率二優レタ青年士官ナレド…」等と書かれているのだが本人は全く気にする気配はない。
「おう、ご苦労さん」
海図から顔を上げたのは艦長の板垣忠中佐。口髭を生やし丸々と肥えた短躯で下士官連中がつけたあだ名はそのままの「タンク」。潜水艦の高栄養食と運動不足のお陰で胴廻りの成長が止まらず、腹がハッチに引っ掛かる日はそう遠くはないというのが軍医長の見立てだ。
しかし潜水艦一筋20年のベテランで艦長職は本艦で4隻目。艤装員長から横滑りで初代艦長に就任した。確かな操艦術とユーモア溢れる人柄のため、乗組員からの信頼は篤い。
ちなみに板垣自身も若い頃に数々の武勇伝を残しており、「海軍名士」に名前を挙げられたこともあった。なので武田の所業をどこか微笑ましげに見ていることが多い。
武田も板垣の腕前と人柄に惚れ込んでいるため、二人の関係は極めて良好である。
それに例の一件は部下が袋叩きにされたことが原因だったため、板垣の武田に対する内心の評価は「元気ガアッテ大イニ結構」となっているのだ。
「航海長の話だとこれからますますひどくなるそうです。できれば潜航したいところですが」
武田は天気図を広げながら板垣に言った。
「だが潜航したら配置に就くのが遅れる。ただでさえ出発が4日も遅れたんだからな」
「やむなし、ですか」
「ああ。だが厄落としもできたから大丈夫だよ」そう言うと板垣はニヤリと笑った。
前回の航海時、潜航中に機関室で小規模な水漏れが発生したのだ。新造艦にあるまじき事態のためすぐに航海を打ち切って入渠することになったが、原因の特定に手間取って修理が終わったのが出港予定日の2日後。そこからさらに2日を費やして準備を整え、ようやく出港することができた。
新造艦なのに水漏れとは本艦の前途にケチがついたと迷信深い一部の乗組員は暗い気持ちになった。しかし板垣に言わせれば、本番前に艦の不備を直すことができたのだから、むしろ「厄落とし」ということになる。
「浮かない顔だな。先任はまだ気が進まないかい?」
「今、この瞬間にも「交渉ハ妥結セリ。直チニ帰港セヨ」って無電が来ないかと思っとります」
「まあな。俺も同じ気持ちだが覚悟は決めておいた方がいいよ」
4年前に始まった支那との戦争は終わる気配すらなく拡大の一途を辿っている。首都の南京を落とされても支那の抵抗は止まず、今や支那の大地は帝国の資源と人命を際限なく吸い込む巨大な泥沼と化している。
これを打開するためには米英による援蒋ルートを遮断する必要があるとして陸軍が仏印に進駐したが、これにより米英との関係が悪化。石油の禁輸や在米資産の凍結といった米側の制裁措置のおかげでとうとう帝国は対米英開戦を決意することになった。
その尖兵として伊23を含む潜水艦隊は本番、つまり開戦に備えて、ハワイ周辺に展開して敵の動向を探ることを命ぜられた。
そして開戦後は同海域で敵艦船の攻撃に従事することになる。
ハワイの海まではまだ遠い。