フォルスの過去 終幕
今回でフォルスの過去は完結です。
「失礼します」
成人の儀を終わらせ一日経った現在、フォルスは言いつけ通り族長の家を訪ねていた。
「来たか…………まぁ、そこに座りなさい」
「はい…………」
部屋に入るとお付きの鳥人はおらず、族長だけが椅子に座っていた。そんな様子にフォルスは、言われるがまま腰を下ろした。
「さて、何故呼ばれたか分かっているな?」
「俺が飛べない事ですよね」
フォルスは、里にとって重要な行事である成人の儀において、飛べない事がバレてしまった。そんな飛べない鳥人を黙って見過ごせる筈が無い。
「ああそうだ……フォルスよ、お前に幾つか聞きたい事がある」
「何でしょうか?」
「お前が飛べないと気がついたのは、いつ頃の事だ?」
「確か……物心付いた小鳥の頃、空を自由に飛び回る皆を羨ましく思って飛ぼうと試みましたが、その度に、脳内に見た事も無い光景がフラッシュバックされ、途端に体が痙攣を起こし飛べなくなるのです」
フラッシュバックの現象は、小鳥の頃から起こっていた。最初は訳が分からず、何度も吐いてしまう毎日だった。
「…………その光景とは?」
「えっと……雛の頃の自分が血まみれで俯せに倒れている誰かを見つめている。只それだけです」
フォルスの言葉に驚愕する族長。決して忘れていた訳では無いが、まさか皮肉にも、その時雛である筈の者から聞く事になろうとは、予想もしていなかった。
「…………その倒れている女性に見覚えはあるのか?」
「いえ、残念ながら…………“女性”?」
「しまった……!」
慌てて冷静を保とうとするが、一度口にしてしまった言葉を撤回する事は出来ない。
「俺は倒れているのが、男性か女性かは知らなかった…………なのに何故、性別を特定出来たのですか?」
「た、偶々だ…………何となくそう思っただけだ……」
苦しい言い訳。誰がどう見ようとも、嘘である事は明白であった。フォルスの真剣な眼差しが族長に注がれる。
「…………分かった。こうなっては仕方ない、全てを話そう」
「全て?」
「お前の両親は病気でこの世を去ったと、そう聞かされているな?」
「は、はいそうです」
何故今この状況で亡くなった両親の話が出てくるのか、疑問に思うフォルス。
「父親は間違ってはいない。しかし母親は、雛の頃崖から落ちたお前を助けようとして亡くなったのだ」
「!!?」
一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。いや、理解したくなかった。自分を助けたせいで亡くなったなど、信じたくなかった。
「う、嘘だ!!」
「嘘では無い!!」
族長の言葉に力が込められる。たった一言にどれだけの苛立ちと、無念さが詰められているのか伝わって来た。
「事実、その出来事によりお前の祖母であるトハさんは、ほとんどの羽が抜け落ちシワだらけになってしまったのだ」
「お婆ちゃんも、その事を知っていたのか!?」
「ああ、そもそもトハさんはワシの側近で………………」
「そんな……俺のせいで…………」
既に族長の言葉は、フォルスの耳には届いていなかった。今日一日で色んな真実を一気に知ってしまい、頭がどうにかなってしまいそうであった。
「…………ルス……フォルス……フォルス!!」
「は、はい!!」
フォルスが思い詰めていると、族長が声を掛けているのに気がつき、急いで返事を返した。
「大丈夫か?」
「はい……少し、考え込んでしまいました」
「…………突然の話で混乱するのも分かるが、まずはお前の処分について話そう」
「!!…………そうですね」
急な話の展開で忘れていたが、フォルスは成人の儀で飛べない事が明らかになっている。
「鳥人にとって飛ぶ行為は、誇りその物である。それが飛べないという事は、ワシら鳥人の誇りを傷付けると同じ事。本来であれば、追放が妥当なのだが…………お前の場合、特殊だからな…………」
飛びたくても飛べない。忌まわしき過去の記憶が原因の為、非情な決断を出来なかった。
「族長様…………追放してください」
族長が処分に悩んでいると、フォルスが振り絞る様な声で発した。
「な、何故だ!?」
「飛ぶ事も出来ない鳥人が、いつまでも里に居座っていたら里全体は不安に包まれ、最悪の場合族長様の信用にすら関わります」
「だからと言って、そんなに早く決断しなくてもよいではないか…………」
「早いに越した事はありません」
それ以上反論しようにも、言葉が見つからない。族長にやるせない思いが溜まっていく。
「明日の早朝には出ていきます。では今日中に荷物をまとめなければいけませんので、失礼します」
族長は、早々に出ていこうとするフォルスに、何も声を掛けてやる事が出来なかった。
「………………」
それからしばらくして、若い鳥人が部屋を訪ねた。
「族長様、いらっしゃいますでしようか?」
若い鳥人が捜し歩くと、椅子に座りながら顔を伏せて、何かぶつぶつと言っていた。
「…………族長様?」
若い鳥人が近づくと、次第にその声は聞き取れる様になってきた。
「ワシは……族長失格だ……トハさんがいなくなってしまい、自分なりの考えで何とか里をより良くしようと頑張って来たが…………里どころか鳥人の若者すら助けてやる事が出来ず、あまつさえ過去の出来事で追い詰めてしまうなんて…………」
あの失言がこんな結果を招いてしまうとは、想像もしていなかった。
「何が掟だ……誇りだ……ワシは只、面倒事に巻き込まれない様に逃げていただけではないか…………」
「族長様!?いったい何があったんですか?族長様!!」
「ワシを…………ワシを許しておくれ……フォルス……」
この日を境に、族長は掟や誇りに厳しくは無くなり、ちょっとした騒ぎになるのはまた別のお話。
***
「ただいま…………」
族長との話が思った以上に長引き、帰宅する時には真夜中になっていた。
「お婆ちゃんは……寝てるか……」
フォルスは、ベッドで寝ているトハを確認すると自室に行き、荷物をまとめ始める。
「…………これで全部かな……」
必要最低限の物を袋に詰め終わり窓の外を見ると、遥か彼方にある地平線から朝日がちょこっとだけ顔を出していた。
「行くか…………あ、だけどその前に……お婆ちゃんにだけでも、お別れの言葉を言ってから行こう……」
フォルスは、トハが寝ている部屋へと足を運ぶ。トハは眠っているのかフォルスに背中を向けて横になっていた。
「お婆ちゃん…………俺、里を出ていくよ」
「………………」
「族長様と話し合った結果、自分でそう決断したんだ。だからあまり族長様を責めないでやってくれ……」
フォルスは、寝ているトハに語り続ける。
「あと、聞いたよ。俺の母親の事」
「………………」
「正直、今でもよく分かってないんだ。あの夢で俯せに倒れているのが、俺の母親なのかいまいちピンと来ない」
いくら記憶に刻み込まれているとはいえ、物心付く前の出来事…………身に覚えは無い。
「…………でも、これだけは分かる。俺がここまで元気に育つ事が出来たのは、お婆ちゃんのお陰だ」
「………………」
「お婆ちゃんがどんな罪を背負って、俺を育てていたのかは分からない…………でも、罪悪感だけで育てられるなんて思わない。母親から受ける筈だった愛情をお婆ちゃんは同じ位いや、それ以上の愛情で受ける事が出来た俺は、世界一の幸せ者だよ」
産まれてから二十年。その命は、父親と母親から貰い、一度は尽きる筈の命を母親に助けて貰った。そしてこの肉体と考え方はトハに育てて貰った。家族の強い想いがフォルスという男を作り上げたのだ。
「ありがとうお婆ちゃん…………大好きだよ」
「………………」
優しく声を掛けた後、フォルスは静かに家を後にした。その時トハのベッドは、涙で濡れていた。
***
「もう…………このヘルマウンテンも見納めかな?」
里の入り口でフォルスは、ヘルマウンテンに振り返り見上げていた。
「…………行くか……」
「フォルスーー!!!」
空を見上げるとこちらに向かって、物凄い勢いで飛んで来る者がいた。
「ビントか、どうした?」
「どうしたじゃねぇよ!あれから、全く報告が来ないから心配していたんだぞ!!」
それは成人の儀を終わらせ、大人の仲間入りを果たしたビントであった。
「ああ、悪い忘れてた。……そう言えばククが見当たらないけど、一緒じゃないのか?」
「あいつなら、昨日からヘルマウンテンの偵察に行ってるよ。初めての仕事だからって、はしゃいじゃってさ……」
「そうか…………」
しっかりと大人としての役目を勤める二人の成長に、フォルスは少し心が暖かくなった。
「ん、何だよお前その荷物は?」
「これか……ごめんなビント。俺、今日限りで里を抜ける事になったんだ」
「………………は?」
耳を疑った。フォルスから信じられない言葉を聞いた気がした。もう一度、確認する為聞き直す。
「今……何て言ったんだ?」
「俺はこの里を抜ける」
「何でだよ!?あれか、空を飛べないのがそんなにも重たい罪だって言うのかよ!!」
事情を知らぬ者からすれば、フォルスは飛べないから里を追い出される事になったと思うであろう。実際、ビントがそうである。
「いや、これは俺が決めた事でもあるんだ」
「どういう意味だよ?」
「悪いがこれ以上は話す時間が無い。早くしないと、他の人達も目を覚ましてしまうからな」
そう言うとフォルスは、ビントに背を向けて出ていこうとするが、肩を掴まれ行くのを遮られる。
「ちょっと待てよ!勝手に進めるんじゃねぇ!!話はまだ終わっていない、理由を言うまで行かせないからな!!」
「………………すまない」
一言謝りの言葉を入れると、フォルスは振り返りビントの腹を殴った。
「がはぁ!!……な……んで……」
急に殴られた為、肺の空気が押し出され苦しくなって、気絶してしまった。
「これ以上、お前達を巻き込みたくないんだ。特に、幼い頃からの親友のお前には……な」
気絶したビントを支え、仰向けに優しく寝かした。
「もう二度と、この地に足を踏み入れる事は無いだろうからな。今生の別れだ友よ……」
静かにそう言うと、里から離れる様に歩き始める。こうしてフォルスは、表向きには里から追放された形だが、真実は、フォルス自身が自らの意思で出て行ったのだ。そしてそれから十五年、まさかこの地に再び足を踏み入れる事になるとは、この時のフォルスは知るよしもなかった。
次回から真緒達の視点に戻ります。
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