フォルスの過去 幼少編
今回からフォルスの過去が明らかになります。
「ピー、ピー、ピー!!」
ヘルマウンテン麓の里に移住する前の里、そこは高い山脈に切り立った崖の上、地上の人達との連絡手段を一切断ち切っている。そんな山脈の里にある一つの民家から、一匹の雛の鳴き声が聞こえてくる。
「あらあら、どうしたの?お腹が空いたのかな?」
その雛の鳴き声に反応し、急いで駆け寄る少し色っぽい雌の鳥人が、抱き抱える。
「ピー、ピー!!」
雛はその答えを肯定するかの様に鳴く。
「分かったわ、すぐに作ってくるわね」
そう言うと色っぽい鳥人は、雛にご飯を与える為に調理し始める。
「ピー、ピー!!」
「はいはい、もうすぐ出来るから待ってて……それにしても、本当に良い声で鳴くわね。流石、私の息子“フォルス”だわ」
そう、この雛こそ産まれたばかりのフォルスであった。そして、その雛であるフォルスのご飯を作っている色っぽい鳥人は、フォルスの母親である。
「はい出来たわ。たんとお食べ」
「ピー、ピー!」
母親が作った離乳食を、フォルスは美味しそうに食べる。産まれたばかりとは言え、人間とは成長が異なる。その為既に、離乳食を食べる事や、速度こそ無いが歩く事も出来る。
「はふぅ~、本当に可愛いわね。私のフォルス……」
「ピー!」
先程の色っぽい雰囲気はすっかり無くなり、とてもだらしない緩みきった笑みを浮かべる。
「ちょっと、なんだいなんだい!そのだらしない顔は……」
「!!」
窓の所から声が聞こえた。母親が振り返るとそこにいたのは、眼光が鋭く見た目だけで威厳があり、そして少しばかり老けた鳥人がいた。
「ちょっと、お母さん!!いつも言ってるでしょ!入る時は窓からじゃなくて、玄関から入って!」
「あんたこそ何言ってるの、わしらは鳥人……空を飛べるんだから玄関なんか無いも同然なのよ」
お母さんと呼ばれた鳥人は、フォルスの祖母に当たる人物だ。そんな祖母に母親は、顔を真っ赤にさせ注意する。
「…………お母さん、その“わし”っていう一人称止めたら?男っぽいし、そんな歳取って無いでしょ」
「わしは、この方が言いやすいんだよ。それに孫も産まれたから、十分立派なお祖母さんだよ」
祖母は歳を取った事を嬉しそうに、微笑んでいた。
「そっか…………というか、こんな所にいて大丈夫なの?」
「何が?」
「何がって、この前就任した新しい族長の教育係に、選ばれたんじゃないの?」
先代が亡くなり、新しく就任した族長はまだまだ若者で、上に立つ者としての知識が不足していた。そんな知識不足を補う為に祖母が選抜された。
「ああ、いいんだよ。あの若造、何かとすぐわしに聞いてくるんだ。少しは自分で考えろってんだい!」
「そんな事言って……私知ってるよ、お母さんが里の皆から“神の頭脳を持つ女”って呼ばれているのを」
そう、この祖母こそが後のトハその人である。
「ふん、そんなの頭の硬い上の爺供が勝手にそう言ってるだけさ。わしは只、当たり前の事を教えているだけに過ぎないのさ」
「もぉー、謙遜しちゃって……」
自分の実力を頑なに認めないトハに、母親が呆れ果てる。
「そんな事より、意外だったよ。あんたがあんな腑抜けた顔をするだなんてね」
「い、いや……あ、あれは、自分の息子があまりに可愛くてつい……」
だらしなく緩みきった顔をしていたのを、再び蒸し返されてしまった。
「旦那が死んで一年か……時が経つのは早いもんだね……」
「ええ、本当に……」
母親の旦那は、フォルスが産まれる前に病気によりその命を落としていた。そしてその直後にフォルスは産まれたのだ。
「あ、そうだ!お母さん、ちょっとフォルスの事見てくれない?」
「別にいいけど……何かあったのかい?」
「そろそろフォルスも、羽が生える歳だから、それに合わせて食事も変えないといけないから、その食糧調達に行きたくてね」
離乳食では、十分な栄養を摂れない為、その分の食糧を調達しなければならないが、その間フォルスの面倒を見る人が必要である。
「成る程……そう言う事なら任せておきな!!」
「よかった。それじゃあ、頼んだよ」
そう言うと母親は雛のフォルスを、トハに預けた。
「行ってきます」
「行ってらしゃっい」
「ピー!」
玄関先。助走をある程度付けるとそのまま、切り立った崖から飛び出す。そして、大きく翼を広げると大空へと羽ばたいた。
「ピー、ピー、ピー!!」
「フォルスちゃん凄いだろ、あれがあんたの母親なのさ……」
母親の優雅な飛行に、興奮気味のフォルス。
「さぁ、あの子が帰ってくるまでは、わしがお世話してやるからの」
「ピー、ピー」
母親の見送りを終えたトハは、フォルスを連れて家の中へと戻った。
***
「ほーら、フォルスちゃん、いないいない……ばあっ!」
「ピー!!」
「ははは、楽しいかい?」
トハがフォルスをあやして、しばらく時間が経った。すると…………。
「トハさん!トハさんはいらっしゃいますでしょうか!?」
一人の若い鳥人が、血相変えて駆け込んで来た。
「そんなに慌ててどうしたんだい?」
「ああよかった。今すぐ族長の家に戻って頂けませんか?族長がトハさんは何処だの一点張りで、里が機能しません」
里の頭脳として働いていたトハが、急に抜けてしまった事で、族長はどうしていいのか分からず、困り果てていた。
「無理だね。わしはこの子の世話で忙しいんだ。他を当たりな……」
「そんな…………ではせめて、話だけでも聞いて頂けませんか?もしかしたら、我々だけでも何とかなるかもしれませんので……」
「…………はぁー、分かった。知恵を貸す位ならやってやるよ」
「本当ですか!ありがとうございます!!えっと、内密な話ですので、ここでは無くて玄関の方でも、宜しいでしょうか?」
「はいはい、分かった分かった」
トハは、若い鳥人の後に付いて玄関に歩いていく。それからすぐ、事件は起こってしまった。
「ピー、ピー」
雛であるフォルスが部屋を抜け出し、何処かへと歩いて姿を眩ましてしまった。そして一時間後…………。
「いやー、ありがとうございます。これで今日一日は、何とかなりそうです」
「全く……この位の問題、あんた達だけで解決しろってんだい!」
里の問題を話し合っていたトハと若い鳥人は、部屋へと戻った。
「あはは、申し訳ない……」
「たくっ…………あれ、フォルスちゃんは?」
部屋に戻ると、そこにいた筈のフォルスの姿は何処にも見当たらなかった。
「フォルスちゃん!?、フォルスちゃん!?、フォルスちゃん!?」
「ちょっとお母さん、そんなに騒いでどうしたの?」
丁度その時、食糧調達に行っていた母親が帰って来た。
「少し目を離したら、フォルスちゃんがいなくなってしまったんだよ!!」
「え!?」
母親は、あまりの驚きに持っていた食糧をバラバラと落としてしまう。
「フォルス!?、フォルス!!」
「ちょっとあんた!」
「は、はい!!」
母親が無我夢中でフォルスを捜す中、トハは若い鳥人に声を掛ける。
「あんたは里の連中に捜す様に伝えてきな!もし、捜さないって言うんだったら…………もう一生あんた達に知恵を貸してやらないからな!!!」
「は、はい!分かりました!!すぐに伝えて参ります!!」
トハの脅しに、若い鳥人は直ぐ様飛んでいく。
「フォルス!!、フォルス!!」
「あんたも少しは落ち着きな!そんなんじゃあ、探せる物も探せなくなってしまうよ!」
「で、でも…………」
「フォルスちゃんは、歩けるとは言えまだ雛……そう遠くには行ってない筈だよ。手分けして捜すよ、わしはこっち、あんたはあっちを頼むよ!」
「分かったわ!」
トハの一喝により、冷静さを取り戻した母親は、言われた通りに手分けして捜し始めた。
「フォルス!!、フォルス!」
「フォルスちゃん!何処にいるんだい!?」
二人が必死に探す中、フォルスはいったい何処に行ったのか。それは…………。
「ピー、ピー!」
切り立った崖の上にいた。母親の優雅な飛び姿を見て、自分も飛んでみたいと思ってしまったのだ。好奇心は、時に危険を伴う。
「ピー……」
母親を真似する様に、助走する距離を取る。お尻を振って、走る力を高める。そして…………!
「ピー!!」
勢いよく飛び出した!!…………しかし、ここで忘れてはいけないのが、フォルスにはまだ羽が生えていない。つまり、物理的に飛ぶのは不可能なのだ。
「ピー、ピー、ピー!!」
フォルスは一生懸命に翼を羽ばたかせるが、羽が無いので意味は無い。どんどん落下の速度が上がっていく。このままでは、地面に叩きつけられ即死するであろう。
「ピー!、ピー!!」
「フォルス!!」
フォルスが落下していくその時だった。探している最中に、崖から飛び出して行くのが視界に入った母親が、瞬時に駆けつけ飛び降りた。母親は落下していくフォルスを掴み飛び上がろうとしたが、高度が足りない事を悟り庇うように抱き締める。
「絶対……絶対離さないからね……大好きよフォルス……」
フォルスを抱き締めながら、地面へと落下していく。そしてそのまま叩きつけられた。
「………………」
辺り一面に血が広がっていく。母親はピクリとも動かず、瞳孔は開いたままであった。
「ピ、ピ、ピー!」
抱き締める母親から、何とか抜け出したフォルスだったが、既に母親は動く事の無い只の屍だ。
「ピー?、ピー!、ピー!」
フォルスは、未だに状況が把握出来ず動かない母親を何度もつついた。
「大丈夫かい!!?…………ああ……嘘だ……嘘だ……」
騒ぎを察知してトハが飛んで来たが、そこには信じられない光景が広がっていた。
「わしが……わしが……目を離さなければ…………わしが全部悪い……」
ブツブツと、自分を責め立てる言葉を並べるトハの下に、若い鳥人が呼んだ里の者達がやって来た。
「トハさん、見つかりまし…………ト、トハさん!!?」
トハの容姿はこの数分で酷く変わっていた。羽のほとんどが抜け落ち、身体中シワが増え、まるで何十年も歳を取った様な姿になっていた。
「わしが…………わしが…………全部悪いんだよ…………」
こうしてフォルスが物心付く前に、母親を失った。
まだ、フォルスの過去は続きます。
次回はフォルスの青年編に突入します。
評価・コメントお待ちしています。




