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初代勇者の遺産

今回は聖一とカルド王の対決になります。

 カルド王の自室は、ベッドに椅子、小さな円形テーブル、そしてドレッサーと他の部屋と比べて、とても地味で質素な内装であった。一国の王として如何なものかと思われるが、この内装を望んだのは他でもない王自身だ。カルド王は……。『私に贅沢は肌に合わない。必要最低限の家具があれば十分だ。贅沢は他の似合う者が使うべきなのだ』と述べており、断固として贅沢三昧するのを拒絶した。そんなカルド王は現在、例の円形テーブルで書類にサインをしていた。


 「全く、このような提案書などサインではなく判子で事足りると思うのだがな……」


 カルド王の主な仕事は、国をより良くする為に、国民の提案する書類を採用するかしないかを見極める事、そして定期的に他国の王達と会合をする事である。


 「…………」


 カルド王が書類のサインに集中していると、扉をノックする音が聞こえてきた。


 「誰だ?」


 カルド王の声に反応するように扉が開いた。そこにいたのは聖一だった。


 「失礼します」


 「何だお前か……」


 「今、お時間よろしいでしょうか?」


 聖一はアポなしで訪ねて来た為、予定を伺った。


 「ああ、丁度書類にサインするのに飽きてきた所だ。それで、私に何の用だ?」


 「はい、国王とお話がしたく訪ねました」


 「私と話だと?……まぁ、立って話されるのも何だ、ここに座るがいい」


 カルド王は自分の向かい側の椅子を指し示した。


 「分かりました」


 言われた通りに聖一はカルド王の目の前に座った。


 「それで、私に話とは何だ?」


 「実は、明日にでも魔王討伐に向かうことを言い渡されました」


 「ほう……てっきりシーリャの方から聞かされると思っていたが、まさかお前から聞く事になるとはな」


 「いえ、僕も今さっきシーリャから聞かされたので、これから伝えに来るかと思います」


 「そうか……」


 心底嫌な表情を浮かべながら、片手で頭を支えるカルド王。


 「僕がお話ししたい事は、国王であるあなたにお願いがあるのです」


 「……面白い、申してみるがいい」


 「この度、魔王討伐に行くにあたってその許可と、城にある宝物殿のユニーク武器を一つ頂けないでしょうか?」


 宝物殿。それは以前、シーリャとの話の中で聞いていた。国王がまだ修行していた頃に、世界各地のありとあらゆる武器をかき集め、コレクションしている場所であると……。


 「討伐許可だけではなく、宝物殿の武器まで欲しいと……少し、図に乗っているのではないか?小僧……」


 空気が変わった。先程よりも温度が下がり、背筋が凍るほどのプレッシャーがのし掛かる空間に変化した。


 「はい、乗っています。だからこそ僕は、両方欲しいのです」


 しかし聖一は、その重苦しい空気に押し潰される事無く、涼しい顔でカルド王に要求してきた。


 「……ふ、ふふふ、ふふはははは!!」


 突如、笑い出したカルド王。


 「私の圧を受けても尚欲するその強欲、気に入った!よかろうお前の願い聞き入れてやろう」


 「本当ですか!?」


 「但し、この私に勝ったらの話だ」


 カルド王の目付きが鋭くなった。そしてまたしても部屋の空気が変わる。今度のは緊張が走るような張り詰めた感覚である。


 「勝ったら……ということは何処かで決闘を行うのですか?」


 「いや、違うな。戦うといっても肉弾戦では無い、頭脳戦だ」


 そう言うとカルド王は、席から立ち上がりドレッサーの引き出しからある物を持ち出して来た。それは聖一にとって、いや元の世界では当たり前の物であった。


 「これは……“チェス”?」


 「ほう、知っていたか。流石異世界から来ただけはあるな」


 台に駒、元の世界と全く同じ形と色をしていた。


 「これは、約二千年前に転移してきた初代勇者がもたらした遺産の一つだ」


 「初代勇者が……?」


 「初代勇者は魔王軍の進行を防ぐ為に呼び出されたのだが、この世界には無い知識で娯楽や武器などを教え回り、それを元に作られた一つがこの娯楽道具の“チェス”という訳だ」


 「そんな事があったのですか……」


 「だが私は、この“チェス”を単なる娯楽道具とは思っていない」


 「どういう事ですか?」


 カルド王は書類を片付け、チェスをテーブルの上に置いた。


 「この“チェス”は実際の戦争を仮定して行われる。……言わば、戦略のデモンストレーションだと私は考えている。つまりこれで負けることは、その作戦で実際の戦争を行えば確実に敗北するという訳だ」


 「成る程、言われてみれば確かにそう思えてきました」


 カルド王のチェスに対する考察が的を射ていて、感心させられる聖一。


 「では早速始めるとしよう。先攻と後攻、どちらがいい?」


 「それでは先攻で」


 「よかろう」


 こうして、二人の戦いは静かに幕を開けた。




***




 「ふーむ、なかなかやるではないか」


 「ええ、元いた世界で少しばかり(たしな)んでいたんですよ」


 あれからしばらく時間が経ち状況的には、カルド王がポーン三つにクイーンとビショップが残っており、聖一はポーン一つにナイト、ルーク、と五分五分であった。


 「ならば、これならどうだ?」


 しかしここでカルド王がありえない行動に出る。


 「これは……どういうつもりですか?」


 聖一のルークの目の前にカルド王は自身のキングを置いたのだ。


 「王とは下の者達を導く責任がある。それは国を治める立場としては当然の責務なのだ。つまりこうして敵の目の前に立ち、行動を示さなければならないのだ。さて、ここでお前に問いかけよう」


 「……何でしょうか?」


 「この状況、お前だったらどうする?」


 「僕だったら……普通に取りますね」


 聖一はルークでカルド王のキングを取った。


 「成る程、だがそれが罠だとしたらどうする?王自身が(おとり)だとしたらお前は、殺されているぞ」


 カルド王の目は真剣そのものであった。それに対して聖一は淡々と答える


 「いえ、僕だったらそれすらも看破してみせるでしょう」


 「傲慢だな……その考えはいつか身を滅ぼす事になるぞ」


 「確かにそうかもしれませんが、一つ申し上げてもよろしいですか?」


 「……何だ?」


 「これは“チェス”です。実際の戦争で深く考えてはいけないと思いますよ」


 「…………ふふははははは!!」


 聖一の言葉に思わず笑ってしまったカルド王。


 「そうだな!その通りだ!いくら戦略的なデモンストレーションだとしても、あくまでもこれは娯楽道具!どうやら、勝負でもユーモアのセンスでも、私は負けてしまった様だな!!あっははははは!!」


 ツボに入ったのか、笑い続けるカルド王。


 「お前の勝ちだ。約束通り、討伐の許可と宝物殿から好きな武器を一つ進呈しよう」


 「ありがとうございます」


 カルド王は(しばら)く笑い続けた後と、聖一に魔王討伐許可と武器を一つ進呈することになった。

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