狂乱の王子ヴァルベルト(後編)
遂に、エルとヴァルベルトの過去編が完結!!
「吸血鬼だ!殺せー!!」
ジョッカーは、ヴァルベルトに向けて剣を突き立て、声を張り上げた。
「ふふふ……貴様らごときに殺られる我では無い。しかし、この村ではちと狭すぎる……場所を変えようではないか!」
そう言うとヴァルベルトは、蝙蝠の翼を広げ草原に向かって飛んで行った。
「逃がすな!追いかけるぞ!!」
「「はっ!!」」
飛んで行くヴァルベルトを逃がすまいと、ジョッカーは二人の聖騎士を連れて馬を走らせた。
「ヴァルベルト!!」
「…………」
エルが声を掛けるも、ヴァルベルトはそれを無視し飛び去ってしまう。
「どうして…………」
エルには理解が出来なかった。何故ヴァルベルトがわざわざこんな危険な真似を犯すのかが……。
「もしかして……俺達を守る為なんじゃ……?」
「どう言う事!?」
一人の村民がボソリと言った独り言に、エルは過剰に反応を示し詰め寄った。
「えっ、いや、その……こ、これはあくまで俺の予想なんですけど……もしかしてヴァルベルトさんは、聖騎士達が俺達に危害を加えない様にわざとあんな目立つ行為をしたんじゃないかなって…………」
「!!!」
充分に考えられる。村の皆の為に犠牲になる事は、ヴァルベルトの性格上あり得ない話では無い。
「そんな……駄目……駄目!!」
「エルさん!?」
「エル!!何処に行くんだ!?」
エルは村長の呼び止めを無視し、突如走り出した。
「(お願いヴァルベルト!死なないで!私は……私はあなたの事が……!!)」
秘めた思いを胸に、エルはヴァルベルトの後を追い掛けるのであった。
***
「ぐわぁあああ!!」
飛び散る流血。戦闘場所を草原に変えたヴァルベルトは、聖騎士の一人を持っていた剣で切り裂いた。
「どうしたその程度か?十字聖騎士軍というのも大した事無いな」
「く、くそ…………!!」
「お前達では部が悪そうだ……下がっていろ」
「ジョッカー様!!?」
ヴァルベルトに苦戦する聖騎士達を見かねて、ジョッカーが二人を後ろに下げ自分が前に歩み出た。
「お前……吸血鬼の中でもかなりの強者だな」
「それは光栄だ……」
「だがそれも私が前に出るまでの話だ」
「随分と強気な発言だが、すぐに泣きを見る事になるであろう!!」
強気なジョッカーに対して、ヴァルベルトは持っていた剣で自分の手首を切り裂いた。傷口から血が止めど無く流れ、その血液を空中へと撒き散らした。
「食らえ!“ブラッディーレイン”!!」
空中を舞う血液は、鋭く尖りまるで針の様に形を変えてジョッカーへと雨の如く降り注いだ。
「吸血鬼一族の固有魔法“血魔法”か……そんなもの見飽きたわ!スキル“サンクチュアリ”!!」
血の針が当たると思われた瞬間、ジョッカーは持っていた剣を地面に突き刺した。すると半透明でドーム状の膜が現れ、その身を守った。
「な、何だと!!?」
「“サンクチュアリ”神に仕える我らだからこそ、使う事の出来る防御魔法だ。使用者に害をなす攻撃を全て防ぐ」
言われた通り、ジョッカーの体は無傷であった。
「さて、次はこちらの攻撃かな?スキル“裁きの剣”」
地面から剣を抜きまっすぐ縦に構えると、まばゆい光が剣を包み込んだ。
「はぁあああ!!」
ジョッカーは、光に身を包んだ剣をヴァルベルトに向かって薙ぎ払う。すると、光に包まれた剣は刀身がひとりでに伸びて、ヴァルベルトの体を傷付けた。
「ぐっ……ぐわぁあああ!!!」
「どうだ?神によって清められた剣は良く効くだろう?」
「斬られた筈なのに……血が出ていないだと!?」
ヴァルベルトが傷口を確かめるが、血は一滴も出ておらず代わりに肉の焦げる臭いが漂っていた。
「“裁きの剣”は斬るのでは無く“滅する”のだ!お前達吸血鬼一族は血の魔法が戦闘の大部分を占めている。つまり、血を出させないこのスキルの効果は抜群という訳だ!!」
「こ、ここまでか…………」
徹底された吸血鬼対策。伊達に吸血鬼を根絶やしにしようと言っているだけの事はある。ヴァルベルトは手も足も出ない。
「最後に何か言い残す事はあるか?」
「それなら一つだけ…………あの村は、我が勝手に住み着いていただけだ。我とは一切関係を持っていない」
「つまり……あの村民は無害だと……そう、言いたいのか?」
「ああ、そうだ……」
これがヴァルベルトの考えていた最終手段。自身の命と引き換えに村の者達を守る事を選択した。ジョッカーはしばらく考え込み、そして口を開いた。
「……いいだろう、お前のその潔さに免じて“私”は手を下さないと約束しよう」
そう言うとジョッカーは、左手をあげて合図を送る。すると、何処から出てきたのか数十人の聖騎士が姿を現し、村の方へと走り出した。
「しかし、“私”以外の誰かが手を下してしまうがな……」
「貴様!!!」
「愚かだな吸血鬼よ!何故有利に立っている私が、貴様の様な汚れた者の言う事を、聞き入れねばならぬのだ!!」
「くっ…………!!」
「だが安心しろ。すぐにお前も村民達の後を追わせてやるからな!」
ジョッカーはヴァルベルトに止めを刺すべく、剣を振り上げる。
「(皆……頼む逃げて生き延びてくれ……エル……どうか君だけでも生き残って欲しい……)」
「さらばだ……吸血鬼よ!!」
振り上げた剣を、ヴァルベルトに向かって振り下ろした。
「さようなら……エル……」
最後の願いを思いながら、ヴァルベルトは深く目を瞑った。
「…………あれ、どうしたんだ?」
しかし、いつまで経っても肝心の痛みが来なかった。不思議に感じたヴァルベルトは、ゆっくりと目を開ける。すると目の前にはエルが庇う様に立っていた。
「あ……ああ……」
「エル!!」
酷い傷で倒れ込むエルを、ヴァルベルトが受け止める。
「そんな!エルどうして!?頼む死なないでくれ!!」
「ヴァル……ベル……ト……」
エルは震える声を必死に抑えながら、ヴァルベルトに語り掛ける。
「ヴァル……ベルト……私の最後の言葉……聞いてくれる?」
「そんな……最後だなんて……縁起でも無い事を言わないでくれよ!!」
ボロボロと涙を流すヴァルベルトに、エルは優しく頬を撫でた。
「私ね……実は……あなたの事が好きだったの……」
「えっ…………!?」
「子供の頃からずっと……あなたの事が好きだった……でも……私は人間であなたは吸血鬼……叶わぬ恋だと自分に言い聞かせていた……だけど我慢出来なかった……あなたが村の為に自らを犠牲にしようとする姿に……気持ちを抑える事が出来なくなってしまったの……」
「エル…………」
エルはヴァルベルトの顔を見つめながら、ニッコリと笑みを浮かべた。
「ヴァルベルト……大好きよ……」
「エル……俺も……俺もずっと前から君の事が大好きだったんだ!!」
「!!…………嬉しい……私達……両想いね…………ああ……あなたの腕の中で死ねるのなら本望だわ……」
するとエルの瞳は次第に光を失い始め、遂にはその輝きを失った。
「エル!?おい!エル!!嘘だろ!?死なないでくれ!やっと……やっと……想いを伝えられたのに……こんなこんな……うわぁああああああ!!!」
ヴァルベルトは、泣きながらエルの亡骸を強く抱き締める。
「吸血鬼に見初められた女か……哀れなものだな……」
「…………やる」
「何だ?」
「……してやる……殺してやる!貴様ら全員殺してやる!!」
その瞬間、エルから流れ出る血がヴァルベルトの身を包み込んだ。
「“深紅の鎧”」
「な、何だその姿は!?」
「貴様ら……簡単に死ねると思うなよ……」
「くそっ!吸血鬼の分際で!嘗めるんじゃ無い!!スキル“裁きの剣”!」
ジョッカーは光で包み込んだ剣を、深紅の鎧を着たヴァルベルト目掛けて薙ぎ払った。
カァン!!!
しかし剣は甲高い音を立てて、深紅の鎧に弾かれてしまった。
「そ、そんなバカな……神によって清められた剣で傷一つ付かないだと……!?」
「ジョッカー様!どうしましょう!?」
「う、狼狽えるでない!応援だ、応援を呼べ!!全軍を持ってすれば勝てる筈だ!!」
「はっ!!かしこまりました!!」
ジョッカーの命に従い、聖騎士の一人が角笛を鳴らして召集を呼び掛ける。数分後、約百人近くの聖騎士達が集まった。
「ふ、ふははは!!どうだ!?これが十字聖騎士軍の全兵力だ!!さすがの貴様でも、この数は対処出来ないだろう!!」
圧倒的な戦力を見せつけるジョッカーは、勝利を確信して高笑いをした。
「一分……」
「何?」
「一分で片付けてやる……」
「…………ふ、ふははは!!バカも休み休み言え!!この数を相手に勝つ事さえ難しいというのに、“一分”で片付けるだと…………我らも嘗められたものだな?」
あまりに突拍子も無い事を言い始めたヴァルベルトに、笑い飛ばすジョッカー。
「すぐに分かるさ……“深紅の斧”」
ヴァルベルトは、エルの流した血から今度は巨大な斧を生成した。
「ジョ、ジョッカー様……」
「あんなのは見かけ倒しに決まっている!!こちらは百人近くの戦力を有している!負ける筈が無い!構わん!殺せー!!」
「「「「うおおおお!!」」」」
ジョッカーの一声で、聖騎士達はヴァルベルトに一斉に襲い掛かる。
「…………ふん!!」
「ぐわぁあああ!!」
「な、何だと…………!?」
ヴァルベルトが深紅の斧を一振りすると、約二十人近くの聖騎士が吹き飛ばされた。
「貴様らは我を怒らせた……もはや貴様らに勝ち目は残されてはいない」
「こんなの……あり得ない……」
「後悔しながら死ぬがいい……」
こうして十字聖騎士軍は、ヴァルベルトによって全滅させられる事となった。
***
辺り一面が血の海だった。そこら中に死体が散乱しており、まさに地獄の様だった。
「エル…………」
ヴァルベルトは、全身返り血を浴びた状態で亡くなってしまったエルの亡骸を抱き抱えた。
「必ず……必ず君を蘇らせて見せる……」
エルの亡骸を強く抱き締めて、固く誓うヴァルベルトだった。それから約二百年後、魔王城に一人の吸血鬼が四天王となるのであった。
ヴァルベルトが去った後、聖騎士達の死体が散乱する草原で、たった一人動く人影があった。
「死にたくない……こんな所で死ぬ訳にはいかない……」
それはジョッカーであった。一人だけ助かっていたものの、既に虫の息だ。
「死にたくない……誰でもいい……誰か助けてくれ……誰か……助けて……」
這いつくばりながら必死に助けを求めるが、次第に意識が薄れていく。
「誰か…………助け…………て……」
「~~♪~~~~♪」
ジョッカーが最後に耳にしたのは、陽気な鼻歌だけであった。
次回、真緒達の視点に戻ります。
次回もお楽しみに!!
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