死霊狩り
「面白いって……倒しようがないのよ?」
王子は無言で森を見ている。
「フレイア、一つ聞いていいか?」
「なに?」
王子は怨嗟の声で満ちている森を指さした。
「なんで、あの死霊達は森から出てきて俺たちを襲わないんだ?」
「ああ、そのことね。死霊は呪われた土地、すなわち死霊の森のなかでしか行動の自由がないのよ」
村の長老からの受け売りだけどね。
「ほほう……」
王子があごを右手でさすりだした。「……だよな」「てことは……」「ふ、そうか」等々、なにやら独り言言ってる。時々にやーっと笑う。
なんか気持ち悪いわー。この人、ときどき、変な笑い方するのよね。
あ、でも、それ、素敵かも。
は! だめよフレイア! あなたにはパウエルという元婚約者がいるの!
……婚約破棄されたけど。
「よし、試してみるか。『死神召喚』」
王子が召喚魔法を唱える。
「おー、久しぶりやんけ、グラハムはん」
いかにも死神といった真っ黒なフード付きローブを身にまとい、巨大なデスサイスを持った、髑髏フェイスの男が、私たちの目の前に現れた。
「久しぶりだな、死神」
王子が陽気に死神に話しかける。
死神はきょろきょろ周囲を見ている。
といっても髑髏だから眼球はないので、そう見えるってことだけど。
「なんや、ここライバックちゃうな。どこなん?」
「俺にもよくわからんが、異世界だ」
「異世界?」
「そうだ。この娘の住む世界に俺は異世界転移させられたんだ」
死神がじろじろ私を見る。
「この娘がグラハムはんを召喚? ほんまかいな?」
「違う。この世界の自称『神』が俺を召喚したぽい」
死神が大きく頷く。
「ああ、それならわかるわ。人間を召喚することは普通でけへんからな。神か。あいつらなんでもしよんな。チート過ぎやで、しかし」
死神はまだ私を見ている。な、なによ、私の魂刈りたいの?
「グラハムはん、よかったな」
「ん? なんのことだ?」
「この娘のおっぱい、かなりちっこいで。貧乳や。グラハムはん、貧乳好きやんか。よかったな。もう揉ませてもらったか?」
死神がデスサイスで私の胸のあたりを指し示す。
あ、危ないでしょ!
ていうか、貧乳ですって? 失礼ね!
あれ? そういえば王子さん、巨乳が好きなんじゃなかった?
「おい、馬鹿! な、何を言ってるんだ。お、俺はなあ、き、巨乳が好きなんだ! こ、こんな、こんな、まな板娘の胸を触るぐらいなら、自分の大胸筋を触る方がまだましだーっ!」
これまた、むかつく言い方ね。
ほんと、この王子クソだわ。
「無理しくさってぇ。ま、えーわ。で、今日は何の用事や」
「……今日はお前に聞きたいことがあってな」
王子は死霊の森の方を見た。死神も見る。
「あそこに死霊がいるのがわかるか?」
「ああ、ぎょーさんおんで」
「あいつら、俺を殺そうとしている」
「そら、難儀やな」
「で、お前のデスサイスだが、それって魂を刈ること出来るよな?」
「もちろんや。普段はこう、足下の影の薄いところをサクッと切って、魂をあの世に持ち帰るんや。影の薄いところやったら魂に傷はつかへんしな」
死神はまるで稲刈りをする農民のような仕草をしつつ、王子に説明した。
「もし、デスサイスで魂の足下以外を切りつけたらどうなる?」
死神は腕組みをして難しい顔をした。髑髏だから、あくまで雰囲気だけど。
「それなあ。デスサイスで足下以外、ていうか、影が薄いとこ以外斬ったら、魂怪我すんねんで。怪我させたら始末書もんや。当たり所悪かったら、魂消滅してまうんや。そうなったっら、死神免許取り消しやで。しゃれにならん」
その話を聞いて、王子が満面の笑みを浮かべた。
「そうか。魂消えるのか。なあ、死神。そのデスサイス、俺に貸してくれないか?」
「ええけど? 何に使うん?」
「ああ、あの死霊倒す」
死神がきょとん、とした。
「え? 本気?」
「本気」
私もきょとんとした。本気なの?
「うーん、ちょっと、待ってんか。貸してええのんかどうか、本部に聞かなわからへんわ」
そう言うと死神は闇の奥に消えていった。
「ねぇねぇ、王子さん、本当に死霊を倒すの?」
「ああ、死神からデスサイスを借りられたらな」
しばらくして、死神が帰ってきた。
「ああ、オッケーやで。異世界やから、何してもええらしい。ほれワイのスペアや」
死神がデスサイスを王子に渡した。
「スペア? なんでスペアなんだ? お前のじゃダメなのか?
「あー、ワイもな、やるんや。一度、魂切り刻んでみたかったんや」
そう言って、死神がデスサイスを構えた。
二人で死霊狩りやるわけね。
王子と死神はデスサイスを構えた。
「じゃあ、いくか」
「せやな」
二人は丸焦げになった死霊の森へ突入した。
死神は空中をひゅんひゅん飛び回り、デスサイスを振り回した。
王子は彼に群がってくる死霊を次々と切り刻む。
「ぎゃあ!」「痛てぇ!」「魂がちぎれる!」「うがああ」
死霊の断末魔が聞こえてきた。
「おらおらおら! どんだけでもかかってこい!」
「あーたまらん、魂斬るのって、気持ちええわー」
魂を斬るときの音って、初めて聞いたけど、シャリン、シャリンっていうのね。
もう、ずーっとシャリン、シャリンの音が鳴り響いているわ。
一時間くらいして、すべての死霊が倒されたみたい。
「あーさすがにしんどかったわ-」
「ああ、そうだな」
二人は満足げだ。
「しかし、今ひとつ魂を斬るのはつまらん。血も出なければ内蔵も飛び出ない。なんというか、こう、殺した感がないな」
「贅沢やなー。ワイは魂をザックザック切り刻めただけで満足やな。もとの世界やと違法行為やで、これ」
「そういやそうだ」
二人は顔を見合わせて笑い出した。
血も出なければ内蔵も飛び出ないからいまいちだって……。
この残虐王子。やっぱどこかおかしいよ。
でも、やっぱりそういうところに惹かれるかも……。
「ほな、王子、わし、帰るし」
「おう、手間かけたな」
「こちらこそ、えー経験させてもろたわ」
バイバーイと言って、死神は消えていった。
「おい、フレイア。ピラミッドに行くぞ」
「あ、はい」
なんでこいつが主導権握っているのよ、むかつく。




