オーク絶滅
「あ……あなた、自分が何したかわかっているの?」
平然と焼け野原のあとでたたずんでいる王子に、私は驚いていた。
この人、オーク村焼き払ったんですけど?
「ああ、もちろん。『王子はピラミッドの鍵を手に入れた』チャンチャカチャッカチャーン、だ」
王子がにこっと笑う。
何自分でファンファーレ入れてんのよ。
「そういう問題じゃないでしょ、オーク村を焼き払ったことの方が問題でしょ?」
「え? なんで? お前たち、オークの侵入に悩んでいたんだろ?」
「そりゃ、そうだけど」
「だから、あんなデカい『壁』作ったんだろ?」
「まあ、……そう、ね」
王子はオークの焼死体に少しばかり残っていた衣服をはぎ取って、その布でロングソードの血を拭った。
残忍だけど絵になるわ……。
「こっちのオークはどうだか知らないが、少なくとも俺の世界のオークは残忍かつ冷酷だ。お前みたいな若い娘は穴という穴が使い物にならなくなるまでオークに犯され、身も心もズタボロになった頃、生きたまま料理される」
「こ、こっちのオークも似たようなものだけど」
犯されるっていうのは初耳だけどね……。
最初のオークも私にそんなエロいことしようとしていたのかしら。……怖い。「壁」の外って怖い。
いや、確かに怖いんだけど、だからって、オークの女子どもまで、あんな風に火だるまにしなくてもいいような気がするんだけど……。
「お前、今、オークに同情しているな?」
どき。
「ふ、図星だな。これだから、庶民は甘い。いいか、魔族は敵だ。絶対にわかり合えない。比較的友好的なエルフといえど、いつ敵対するかわからん。だから、我々人間は常に魔法を改良し、召喚魔獣を増やし、武術を鍛錬し、優れた武器を開発せねばならないのだ!」
王子はそう言って、ロングソードを太陽の光にかざした。
「これは『破滅を呼ぶ王のドラゴンソード』と言ってな。伝説では千年前に魔王とそのドラゴンを退治した剣だ。我が王家に伝わる家宝でな。こいつで切れないものはない」
へー。
「でも、石とか切れないでしょ? 堅いものね」
王子はふ、と笑って、石を拾い上げて、放り投げた。
「はっ!」
気合い一発、王子がロングソードで宙を斬る。
真っ二つになった石が地面に転がった。
「す、すごい!」
私は思わず、声が出た。
石が真っ二つ。本当に何でも切れるんだ。
「ということでだ、何も知らない庶民の娘フレイアよ。オークの村を殲滅した俺様に感謝しろ。ほれ。跪いて俺の靴にキスしろ」
「はあ? なにその王様プレイ?」
「俺は王子だ、文句あるか? 老若男女を問わず、王家に感謝するときは靴にキスするのがしきたりなんだ、俺の帝国ではな」
「やだ、水虫がうつる」
「俺は水虫などではない!」
王子がムキになった。きっと水虫だね、あれは。
「あ、お前、その目は何だ! 俺が水虫だと思っているな?」
「ええ。だって、妙にムキなんだもの」
「断じて水虫ではない。それにな、仮に水虫になっても魔法で治療できるわ!」
「へー便利ね。ていうか、王子さん、魔法強いのね」
「だーかーらー、俺はライバック帝国で一番強いってーの! 俺のあだ名はワンマンアーミーって言うの! 一人で一国の軍隊並みの戦力なの?」
「ふーん。そんなに強いんだ」
「お前、疑っているな」
王子は「賢者の眼」と呟いてから、しゃがみ込み、地面を触り出した。
「ふむ……北西二時三十四分の方向三十キロ先に、もう一個オークの村……いや、街か?」
「えーと、それはオークタウン。人口百万。この大陸のオークの、九十%がそこに住んでいるわ。ここからは見えないよ。地平線の向こうだから」
「なるほど……ほほう、あと、この近辺に人口数千から数万クラスのオークの村が合計三つあるな」
「そうだけど?」
王子が不敵な笑みを浮かべる。
「おい、ドラ太郎、お前は三つの村を焼き払え。俺はオークタウンをやる」
え? 何しようとしているのこいつ?
ドラ太郎は「ギャオウン」と言って、飛び立った。
「さてと、久しぶりにあれ、やるか!」
王子は目をつぶり、ゆっくり息を吸い出した。
「あの、何してるの?」
「気が散るなあ、だまっとけ」
王子が迷惑そうに言う。
じゃあ、だまっとこ。
「コオオオ。コオオオ」
王子が変な呼吸法をはじめた。へそのあたりに両手おいて、「コオオオ」ってうなっている。
「隕石招来!」
王子が空に向かって大声で叫んだ。同時に両手を天に向かって突き出した。
インセキショーライ? なにそれ?
五分くらい経った。
何も起きないんですけど。
王子はまだ両手を天に向かって突き出し、「はうう」「むがあ」とうなっている。
「ねえ、まだそれやんの?」
返事なし。シカトかよ。
「ねえったらあ」
「ぬはああ……」
全く、何やってんのかしらね……。変な声出して。
それに手を突き出しているけど、疲れないのかな。
私は王子の手の方を見た。
あれ? 空になんかあるよ?
赤い玉が三つ?
「ぐはあああ! ふんぬ! とや!」
王子の気合いの入れ方が強まった。
なになに?
「さ・ば・き・の・と・き・だ! ハウッ!」
王子が一気に手を振り下ろすと、空の赤い玉が一気に地平線の彼方、オークタウンの方角へ落ちていく。
しばらくして、太陽を半分にしたような光の玉が地平線で炸裂した。
さらにキノコ雲が見える。
何かが落ちたのかな?
「くるぞ」
え? 何が?
と思った瞬間、ものすごい爆音が地平線の向こうから聞こえてきた。
「……あの、王子さん、何が起こったの?」
「今、オークタウンに星のかけらを三つ落とした。オークタウンは巨大なクレーターとなっているはずだ。生存者はゼロだな」
「え?」
「だから、オークタウンを殲滅したんだ。喜べ」
どーゆーこと?
ドラ太郎が上空から降りてきた。ちょっと焦げ臭い。
「お、ドラ太郎お帰り。三つとも村は焼き払ったか?」
ドラ太郎がうんうん、とかわいく首を縦に振る。
「オークの丸焼き、美味しかったか?」
ドラ太郎がもう一度、首を縦に振る。
「そうか、それは良かった。おい、フレイア、これでこの世界のオークは絶滅したぞ。喜べ。そして俺の靴にキスしろ」
今なんて言った?
オークが……絶滅?
「あの、王子さん? オークが絶滅ってどういうこと?」
「お前、言葉しらんのか。絶滅すなわち生物の種が滅び絶えること、だ。わかったか。この世からオークという種族は消え去った、ということだ」
「はああ? ちょっと、それはひどくない? オークにだって生きる権利が」
「ない。あんな下等生物に生きる権利はない。あいつらが出した二酸化炭素で植物が光合成した酸素を吸っていると考えるだけで、俺は吐き気がするね」
王子は「ああ空気が美味い、オークがいないって素晴らしい」と変な歌を歌い出した。
「もしかして、あなたの世界でも、オークは絶滅したの?」
「まさか。俺の世界のオークは強いからな。俺の『隕石招来』で呼び寄せる隕石を跳ね返しただろう。この世界のオーク弱いな。念のため、三つ隕石落としたら、全部命中だ。わっはっは」
ひ、ひどい。この王子、極悪非道だわ。
あとドラ太郎も、村を三つ焼き払って、さらにオークを食べたですって?
どうしよう。私とんでもない人たち召喚しちゃった。
はやくエルフの宝見つけてもとの世界に返さないと。
でも、どうしてかしら。
この極悪非道さ、なぜか胸がドキドキする。
これって……。
いやいや、そんなわけない。こんなクズ王子のどこが……。
って、私クズ男に弱いのよね。パウエルもクズだし。
と、とりあえず、死霊の森へ行かないとね……。




