あーもーむかつく、この王子!
「おい、娘、ところでお前の荷物はどこにあるんだ」
「え? そんなの馬に……って、いなーい!」
私の愛馬、シルバーがいないわっ! どこよ! あれに全荷物積んでいるんだけどっ!
「もしかして、あの壁に向かって走っているあれがお前の馬か?」
王子が指さした方向を見ると……。
いた。シルバーが壁に向かって、全力失踪中。
ちょっと、シルバー、あんた私を置いて逃げたわけ?
しかも、荷物、全部落としてるし!
「追いかけるのか?」
「……いいわ、もう」
私は荷物を拾い集めることにした。
「手伝うぞ、娘よ」
あら、親切ね。私に気があるのかしら。
いや。
もしかして、私の身体が目当て?
ちょっと、いやらしいわね、このエロ王子!
「いいわ、自分でやるから」
「なんだ、人が親切で言ってるのに」
ふん、どうせ下心あるくせに。
といったものの、荷物は広範囲に散らばっている。
どうしよう。
うーん、結構遠くにもあるなあ。
と、そのとき、王子が「働き者の小人」と呟いた。
何言ってんのこいつ?
と、いきなり、変な帽子をかぶった身長三十センチくらいの小人がわんさか出てきた、
小人たちは「ほほーい」と言いながら、草原に散らばっていく。
そして、私の荷物を集め出した。
王子の「働き者の小人」って意味不明のつぶやき、呪文だったのね。
召喚魔法かしら?
小人たちはあっという間に私の荷物を集めてくれた。
「あ、ありがと」
私は王子に礼を言った。
「礼を言う必要は無い。俺は早くエルフの宝を見つけ、もとの世界に帰りたいだけだ。いくぞ、娘」
せっかくお礼言ったのに、感じ悪いわね。
王子は荷物をじーっと見ている。
「ところで、これだけの荷物、どうやって持っていくつもりだ?」
もともと馬に積んでいたので、結構な量の荷物なのよね。
どうしよう。
「そ、そんなの、手で持っていくわよ」
と言ったものの、やはり無理だよね。
「無理だな、娘よ」
王子が鼻で笑う。無理なの私もわかってるし。
「グラハム殿下のお力をお貸し下さい、と言え。言わなくても助けるが、言え。娘よ」
なに、この性格の悪さ?
「ふん。別にいいし。あと、私『娘』じゃないし。名前あるし」
「庶民の名前など、王子である俺には興味が無いのだが。どうせ聞いても覚えられないと思うぞ。どうでもいい庶民の名前など。だから娘でいいだろう?」
あーもーむかつく、この王子!
「フレイア! フレイア・ミリンダ十八歳! それが私! 覚えて! 娘って呼んだら、村に帰る!」
「……ったく、めんどくさいな。わかった。フランソワだな」
「ちーがーうー! フレイア!」
「すまん、すまん、フレンダ」
「……あんた、わざと間違えているでしょう?」
王子がふん、と嫌らしい笑みを浮かべた。
「バレたか」
最悪、この王子。
とりあえず、実際にこれだけの荷物が持てないのは事実。
くやしいけど、王子に頼もう。
「ハムハム王子だったかしら、私の荷物運びを手伝って下さいな」
王子が腕組みをして仁王立ちになる。
「仕返しのつもりか?」
「あーら、庶民の娘にとって、王子様の名前はとてもとても神々しくて、なかなか覚えられませんことよ、オホホホ」
王子は指をパチンと鳴らした。
ポン、と花束が出てきた。
見たことのない、綺麗な、ピンク色の花。とてもいい香りがする。
「マドモワゼル・フレイア。俺が悪かった。ちょっと調子に乗りすぎたようだ。これで許してくれないか?」
王子が私に花束を差し出した。
ちょっと、なに、いきなり優しいんだけど?
「ゆ、許すって、何をよ……」
「君の名前を間違えたり、意地悪したことさ」
もともとはイケメン王子だから、そういうキザな台詞が全然嫌みじゃなく聞こえる。
どうしよう、ちょっとだけ、かっこいいと思っちゃった。
「べ、別に怒ってないし……」
私は花束を受け取った。
あ、本当にいい香りだ。
「……この花、なんて花?」
「バラの一種だ。この世界には存在しない種類かもしれないな」
「綺麗ね」
「だろ?」
あ、なんかいいムードね。
よく見たら、この王子、イケメンだし、喧嘩することなんか無いかも。
私がこの世界に呼んでしまったのよね。
彼は、私のせいで、ここにいるのよね。
そっか。
私が神様にお願いしなければ、彼はもとの世界で王子様として悠々自適の生活だったんだわ。
私、悪い子ね。
王子様の言うこと何でも聞かないと。
王子様、私はあなたの召使になります!
なんでも言うこと聞きます。
……。
ンン?
なんかおかしいわ?
「そろそろ、俺の言うこと何でも聞きたくなったろ?」
もしかして……。
この花? この花に何か秘密がある?
私は花束を地面に叩きつけた。
「この花、いったい、何? 私をマインドコントロールしようとした?」
「くそ、もう一歩だったのに。お前、毒への耐性高いな」
「毒?」
「ああ、これは魔毒バラの一種でな、このバラの毒花粉を吸ったものは、術者の言うことを何でも聞くようになるんだ」
魔毒バラ? 毒を私に吸引させたの?
「普通は一本で大丈夫なところ、五十本用意したのにな。お前、なかなかやるな」
はっはっは、と王子が笑い出した。
笑い事じゃ無いわよ! なによ、何でも言うこと聞くって!
は!
きっと、えっちなことするつもりだったのよ!
「ちょっと、あなたね、私に何するつもりだったのよ!」
「何って?」
王子はきょとんとしている。
「な、何って、その……つまり……、えっちなことよ! その魔法の花で、私を思い通りにして、えっちなことしようとしたんでしょ!」
数秒王子が沈黙したあと、爆笑しだした。
「はああ? 村娘とえっち? 王子の俺が? 笑わせんな。もし、お前が妊娠したらどうするんだ? お前を側室にして、赤ん坊は落胤として王家が面倒見なくてはいけなくなるんだぞ? そんなリスク冒してまで、お前にそんなことするわけねー!」
なんか失礼ね。
「俺は王子なんだ。女なんかよりどりみどりさ。もとの世界に帰れば王妃の他に何人も巨乳の側室がいる。お前みたいな貧乳、おれは好みじゃねーんだ。うぬぼれんなよ、フルーラ」
「フレイア! だれよ、フルーラって」
「ああ、すまん、素で間違えた。フルーラは巨乳で金髪の側室だ。お前とは似ても似つかぬな、ワッハッハ」
くそー、マジむかつく。
「ふん、まあいいさ。とにかく、先を急ごう。そのエルフの宝ってのはどこにあるんだ?」
王子が私に聞いた。
「それなのよね、問題は」
私はため息を吐いた。
そう、問題はそこなのよ。
私は「エルフの宝の地図」と書かれた紙を取り出した。
村の長老が書いてくれた地図だ。
「これが地図なんだけど……」
「えーと、ずいぶんアバウトな地図だな。なになに? 草原を越えて……オークの村を越えて……死霊の森を越えて……ダンジョンを抜けた山のどこかにある? おい、ダンジョンの地図はどこだ?」
「ないよ」
「……山のどこかって、山のどの辺だ?」
「さあ?」
「……山の地図は?」
「ないよ」
「……ない?」
「うん」
「はああああああ? ふざけんな! こんなんでどうやって宝発見するんだ! お前、何考えてんだ!」
「そう、そこ。そこなんだよね。だから、今まで誰も探しに行かなかったのよ」
「じゃあ、なんでお前は探そうと思ったんだ?」
「逆にチャンスじゃない?」
「意味わからん! お前は馬鹿か!」
「馬鹿じゃ無いもん」
重ね重ね失礼な男ね。この王子。
「あーもー、むかつく。だいたいエルフの宝って何だ? お前は何でそれが欲しいんだ? 場合によっては俺の魔法で実現できるかもしれん。そっちのが早いぞ。ほれ、言え。何が欲しい、あるいはしたいんだ?」
王子はロングソードをぶんぶん振り回しながら私に聞いてきた。
かなりいらいらしているみたい。
いいわ、教えてあげる。私の願い。
「エルフの宝はね、なんでも願いを叶えてくれるの。私、婚約者を取り返したいのよ」
「は?」
「私、村長の息子のパウエルと婚約していたの。なのに、パウエルったら、チチョリーヌなんかと……」
そう、あれは一ヶ月前の村祭りの日のこと。パウエルはいきなり、私との婚約を破棄したのよ!




