殺戮王子様を召喚してしまいました……
「観念するんだな」
目の前のオークが、下品に笑った。
「冗談じゃないわよ。まだ負けるわけにはいかないのよ」
と言ったものの、もう私には魔法力が残っていない。
レイピアも折れちゃった。
あーだめだわー。死ぬわー。ていうか、食べられるわー。
オークって、確か人間食べるわよね。
私はフレイア・ミリンダ十八歳。出身はメデスタル村。
よせばいいのに、「壁」の外にあると言う「エルフの宝」を求めて、旅に出たの。
まあ、剣術には自信あったし、魔法もマスターしたし。
村周辺のスライムとか楽勝で勝てたし。
「壁」の向こうでもなんとかなると思ったのよ。
間違いだったわ。
二時間前の私に言いたい。
「やめなさい、壁を出て二時間でオークに遭遇、死ぬから」と。
あー、こんなとき、白馬に乗った王子様が助けに来ないかな。
いや、白馬じゃダメね。ドラゴンに乗った王子様とかの方が強いんじゃない?
あと、王子は王子でも、黒魔法の達人すなわち魔導師で。
召喚魔法とか使えてさ。
剣も伝説のドラゴンスレイヤーとか持ってるといいなあ。
お願い、神様、助けて! ドラゴンに乗った王子様を連れてきて!
……って、そんなことないわよねぇ。わかってるわよ。
あ、オークが斧を振り下ろしてきた。
「死ねぇ!」
はいはい、死にます。
お母さん、お父さんごめんね。
「地獄の火焔!」
はいはい、地獄に行きます……。
あーでも火で死ぬのはやだなー。
熱いのやだな。はあ。
「ぐおわ、や、焼ける! 誰か水をくれ!」
そうそう、焼けるのよ。誰か水、って、え?
あれ、ちょっと、なんか目の前で人が燃えてるんだけど!
いや、人じゃない。だって肌が緑色だもの。
え? オークが燃えてるの?
うん、オークだよ、燃えてるの!
「んぎゃあああ!」「助けてくれぇ!」
オークの断末魔の叫びが響きわたる。
なーんだ、私のさっきの「ファイアLV2」が効いたのね。
やるじゃない、私。
「大丈夫か、娘」
はい、大丈夫……って、あんた、誰?
目の前に、とってもハンサムかつ屈強な男性がいるんですけど。
あと、後ろにはドラゴンもいるんですけど。
「大丈夫かって聞いているんだ」
「え、えーと、はい、大丈夫です」
男性は私を見て、ちっ、と舌打ちした。
なんで、私、そんな扱い受けるの?
「まったく、あの程度のオークくらい、自分で倒せよな」
え? それ、私に言ってる?
「あー、娘。俺の名前はグラハム・ターナー。二十歳だ」
だれそれ?
「ライバック帝国の王子にして帝国一の勇者だ」
「ライバック帝国?」
「異世界だ。こことは違う、異世界の帝国だ」
「異世界?」
「そう。俺は魔王との戦いに備えて、宮殿で鍛錬していた」
はあ。
「すると、自称『あっちの世界の神様』とかいう奴に捕まってな、強引にこの世界に連れてこられたんだ」
あ、さっき神様にお願いした件だ。
え? 神様聞いてくれたの? なんで?
もしかして……。
私はペンダントにしていたお守りを胸から引きずり出した。
「あれ? ブルーじゃない」
ペンダントは真っ黒になってた。
お母さんがくれた、先祖伝来のお守り。
透き通ったブルーの石で、夜中になると自分で光る不思議な石でできたペンダント。
「きっと、お前を守ってくれるよ。何も言わないで、持って行っておくれ」と言われたから、身につけていたんだけど。
「おう、この世界にもあるのか、契約の秘石」
「契約の秘石?」
「ああ、別名ブルーウォーターと言ってな。一度だけ、なんでも願いを叶える力を持つ。願いを叶えると、ただの石となり、効果はなくなる。お前、何かお願いしたんだろ」
「したした! ドラゴンに乗った王子様が来て欲しいって! 助けてって!」
王子がため息をついた。
「それで俺がこの世界に呼ばれたのか……」
王子が、ドラゴンに向かって「帰っていいぞ」と言うと、ドラゴンはすーっと透明になって消えた。
これって、召喚魔法? すごーい。
「……でだ、責任取ってくれんだよな?」
え?
「どういうこと?」
「どういうこともなにも、自称『あっちの世界の神様』が俺に言ったんだ。お前の願いが叶えば、俺は元の世界に帰れるそうなんだ。だからだ、娘よ。早く願いを叶えろ。手伝うから」
願い? 願いって……。
「あの、私、オークから助けて欲しいってお願いしただけなんだけど。で、あなたはオークを焼き払ったでしょ。だから、もう願いは叶ったわ。帰っていいわよ。冒険はもうこりごりだから、村に戻るし」
王子はイラっとした顔で私を見た。
「あー、頭悪い娘だな。俺がここにいるってことは、お前の願いは叶ってないんだよ。お前、村に帰るのが願いじゃないだろ? こんなとこでオークと戦っていたのには理由があるんだろ?」
「うん、まあ、一応。あることはあるよ」
そう、私エルフの宝探しやってたんだよね。
私はそのことを王子に説明した。
「よし、じゃあ、そのエルフの宝をさっさと探そう。そうすれば俺も元の世界に帰れる。安心しろ、俺はかなり強い。ライバック帝国武闘会で過去三年連続優勝だ」
へー。強いんだ。
「というわけで、お前を俺の召使に任命する。喜べ」
「は? 私があなたの召使? なんで?」
「俺は王子、お前は庶民だからだ。当たり前だろ」
はあ? なに? その理論。
「ちょっと、王子っていうけど、それは異世界でのことでしょ? この世界では王子じゃないし、そもそも、本当に異世界で王子かどうかわからないし」
「お前が王子がいいって言って呼んだんだ、王子に決まっている」
そりゃそうだけど。
ここで負けたら召使になってしまう。
なんとか抵抗しないとね。
「あのさ、私がエルフの宝探さないと、あなた元の世界に帰れないんだけど。どっちかといえば私の方が主人なんだけど」
「そ、それはそうだが」
王子がたじろいだ。
「私を召使にするのなら、宝探しやめるよ?」
「それは困る!」
「だったら、私の言うこと聞いてよ」
「く、くそう」
その時、オークが出て来た。
「ひやっはー! 人間だぜ! 久しぶりにご馳走だ!」
一匹じゃない。十数匹はいる。ちょっと、なんでこのタイミングなのよ!
怯えた私の顔を見て王子がニヤリと笑う。
「助けて欲しいか?」
「……」
「いいんだぞ、助けても。嫌なら、俺はドラゴンに乗ってどこかへ行くぞ」
「……助けて」
「は? 聞こえないな」
「……助けて」
「人に物を頼むときは敬語を使えよ」
なに、この王子。性格最悪ね。
「助けてください」
「俺の召使になるか?」
くそ、なんて外道なやつなのよ! むかつく!
「……ならないもん」
一匹のオークが飛びかかって来た。
「死ねええ!」
手斧を王子の頭上に振り下ろす。
「あ、危ない!」
「ふん、危なくなどないわ」
王子はさっと斧を避け、くるりと身を翻すと、ロングソードで飛びかかってきたオークを真っ二つにした。
すげー。まじつえー。
「なんだあいつ?」
「おい、油断するな、あいつやるぞ」
オーク達に動揺が走る。
王子、私を助けてくれたんだ。なんだかんだいっていい奴なのかも。
「強情だな。次は助けないぞ。ドラゴンに乗って去るからな」
「卑怯ね。王子のくせにレディを置いて逃げるんだ」
王子がまた「ちっ」って舌打ちした。
「ウゼー娘だ」
「兄貴の仇だ! ものども! やってしまえ!」
残りのオークがまとめて突進して来た。
どうしよう、殺される!
「あーほんとうぜー。オークとか、まじ雑魚。死ね」
王子が気だるそうに右手を挙げる。
「えーと、地獄の火焔」
王子が適当に呟くと、彼の手から炎が放射され、容赦なくオークを襲った。
「ぎゃああああ」
「た、助けてくれ!」
「熱い、熱い、死ぬう!」
オークの叫び。王子は「オークは消毒だあ! ファイアー!」と、上機嫌。
あっという間に全てのオークが灰になった。
いや、違う。まだいた。
こどものオークだ。黒焦げのオークの死体に駆け寄った。
「わあああん、父ちゃん、とうちゃーん」
オークといえど、親子の愛情は変わらないのね、
「よくも父ちゃんを!」
ああ、なんか罪悪感あるわあ。私が殺したわけじゃないけど……。
「うぜえな、下等動物」
王子はそう言って、こどもオークの胸に自分の手を突き刺した。
手首のところまで、しっかりと、めり込んでいる。
「ぐはう!」
「……ったく、なにが父ちゃんだ。オークのクセしやがって」
王子は手を抜いた。その手には……心臓?
「てめーのような下等動物でも、心臓があるとはお笑いだ。ふんぬ!」
ぐしゃーと嫌な音がして、オークの心臓が潰れた。
あの……ちょっと残酷なんだけど……。
王子は満足げに手を拭きながら、私の方を向いた。
「……ま、いいか。わかった、召使にならなくて良い。ギブアンドテイク、対等でいこう」
「というと?」
「お前は宝を探す。俺はお前が無事に村に帰るまで守る。身の回りの世話は自分でする。協力すべきことは協力して行う。これでどうだ?」
「い、いいけど……」
と、こうして、私と殺戮王子の旅が始まったのです。
恋愛ものを書いているつもりなんで、ジャンルは恋愛にしています。
感想とかありましたらよろしくです。




