後悔
ボクが彼をじっと見つめていると、一度首を振ってから続きを話し始める。
「次。っつっても、こいつは敵でも味方でもないんやけど。
一年、真田律、庶務。後輩やな。会長の幼馴染で、ギリギリのところでいつもストッパー役を演じる、庶民派クール男や。
ただなぁ…。なんていうか、うん。
ほんま、自分以外のことに無関心でなぁ。と言うよりも、関心が持てないくらいに人間が嫌いで潔癖症なんやな。うん。
他人には普通に優しいで?ただし浅く広くの範囲で息をしていれば、やけど。
ひとたびでもアイツの懐、いや、心に触れでもすれば、全力で消されること間違い無しや。唯一昔から奴を知っている会長でさえも、深く踏み入ることは避けてるくらいや。
触らぬ神に祟りなし、こいつにはあんまり関わらんほうがええで」
おおこわ、とわざとらしく玖奈芽さんがぶるりとふるえる。
きもちわるっ。
「なんか朔、失礼ちゃう?」
「ニュー朔なんで」
「言い訳にならんと思うんやおじちゃん…」
遠い目をして玖奈目さんが言う。だんだんと彼の扱いが分かってきたぞ…。いじられ系ツッコミなんだな…。
「ええと、岩國日与太三年。副会長や。
…こいつはなぁ……。ほんっま、外面だけは厚いんや。所謂ええこちゃんっつーやつやな。どこいってもにこにこ、胡散臭い笑顔ぶら下げて、色んな奴をだまくらかして利用する。
何枚仮面剥いだって、何枚でも下から仮面が出てくる。決してぼろは出さない。
せやから、老若男女、フツーの奴らは気づかずに毒されていく。ゆっくりゆっくり、それは遅効性の毒のように体にまわっていく。よっぽど鋭い奴やないと、あいつの裏側に気づけないんやろな。裏に気づいとったんは、俺と、柚月と、真田と朔くらいちゃうん?
…岩國は朔に酷く執着している。いや、執着と言うよりは――憎んどる。
朔も気づいとったんちゃうかな、あいつが笑顔のまま朔を殺そうとしていたこと。
絶対にあいつに関わるな。お願いやから、今回こそは――逃げ切ってくれ…」
祈るような、縋るような先生の低い声が耳を揺らす。悔やむように呟く玖奈目さんも瞳は沈んでいる。ボクの目を決して見ようとはしなかった。
…多分今までの朔は、副会長に何かされ続けてきたのだろう。それも、粘着質で最悪な…例えば暴力や強姦などの、心を執拗に弄ぶそんな嫌がらせ。
そのせいで氷雨朔が笑わなくなったのかは分からない。玖奈目さんが氷雨朔を護れなかったことを悔いているのかは知らない。でも。
「先生」
「なんや」
「先生、ボクの顔を見てください」
「……無理や」
「…はぁ、アホですね、アナタ」
「なんやと?」
「ボク…少なくともニュー朔以前の朔は、アナタを嫌っていません。なんていうんですかね。この体に入ってから、前朔の影響か、会った人への感情がほんのりわきあがるんです。お嬢様への気持ちは恐怖でした。和樹?君へは安心、寧々さんへは怯えでしたが、それはどうでもいいです。今のボクは寧々さんが好きですからね。あとは、取り巻きたちへは恐怖と動揺とあきらめ。
じゃあ、アナタに初めて会ったとき、どう思ったと思いますか?…安心、信頼、親愛、……なんでしょうね、まるで親に対するようでしたよ。断言しましょう。前朔もそしてニュー朔も、アナタのことは嫌いではありませんよ。
だから、ねぇ。そんな顔、しないでくださいよ」
そう言って彼の伏せられた顔をのぞき込めば、子供が怒られるのに怯えるような顔をしていた。そんな泣きそうな、つらそうな顔。見ているこっちが息苦しくなってくる。
きっと彼は、自分が思っている以上に心配性で優しくて、責任感が強くて。誰よりも飄々としていながら、誰よりも深く考えてしまう性格なのだろう。
恐らく、朔が傷付いたのは玖奈目さんのせいではない。なのに、彼はその罪さえも自分で背負おうとしている。
「謝らないでください。氷雨朔が貴方に抱いた感情に、謝らないでください」
ボクの言葉に彼の狐のような瞳が見開かれる。
「は、はは……。…ほんま、嫌な奴やなニュー朔」
「よく言われますよ」
「…アホか」
今度はボクの顔をちゃんと見て、もう一度「アホか」と優しく言った。
今更なんですけれど、関西弁がおかしくても気にしないでください。エセ関西弁です。