数学教師登場
「自分なぁ、やり返すにも限度があるっちゅー……聞いとんのか、自分」
「四分の三聞いてませんでしたが」
「まじでか」
ただいま説教(?)中です。
あのあと、あまりにも貴族の皆様がビビるので内心ほくそ笑んで虫の死骸盛りを振り回していたら、担任と思しきエロそうな関西弁に捕まってしまった。首根っこをつかまれそのまま他の空き教室へ連れていかれ、安いエロ漫画的な展開が始まるのかと思えば、ねちねちとした説教が始まった。
しかしこの関西弁ね、説教はねちねちして姑か!って感じなんですけれど、結構話が通じそうなんですよ。
「と言うかここはどこですか?」
「んあ?………自分、ほんま大丈夫か?」
えっ。部屋の質問したら頭の心配された?!
「…実はボク、今朝登校中に車に撥ねられそうになって、咄嗟に氷雨家最終奥義・氷鏡乱舞を発動しようと思ったら、ボクの落下地点に猫が居たので慌てて発動中止したのです。その影響で此処最近の記憶が飛んでしまったようで……。だからアナタのことも全然覚えてなくて…」
「なんやのその見え見えの嘘」
「ばれたか」
「認めんの早っ!」
くそっボクの渾身の嘘が…。やっぱり狐目関西弁は鋭い人が多いのか…。
「…ここは俺が学園長から脅し取っ……ごほん、譲ってもろうた元・空き教室や。俺が認めた奴にしか鍵は渡しとんから、あいつらが来る心配はないで」
「あいつら……、ああ、取り巻きーずですか」
あいつら、だなんていっているから、この先生はボクの味方だろう。確証はないけれど六十五年間生きてきたボクの勘がそう囁いている。
「ええと。うーん…」
「俺は玖奈目一輝、自分の担任やで?ちなみに教科は数学や。自分にはイッキさんって呼ばれてたで~」
「じゃあ、玖奈芽さんで」
「距離が遠ざかった?!」
「いや……初対面からあだ名呼びとか…ちょっと引くんで。重いんですよ、そういうの」
「初対面やないって!つかなんでそんな『うわぁ…』みたいな顔しとんの?!酷くない?なんか朔酷くない?!」
「朔は死んだんだ!ボクは……ボクはもうニュー朔なんだよ!」
「いいにくいニュー朔!」
おお……。面白いほどに突っ込んできやがる、この男…。今までに無い鋭いツッコミタイプだ。
さらさらと揺れる黒い髪に切れ長で濁った感じ(失礼)の黒い瞳がじっとこちらを見つめる。違和感に気づいたのだろうか。褐色に焼けた肌と泣きぼくろがなまめかしい。所作の端々にほとばしる色気には、女子はともかくうぶな男子も熱の篭った目でみるであろう。なんか……歩く十八禁というか服を着た卑猥物って感じがした。
「おい、今失礼なこと考えとったろ」
「いえいえ、別に」
あと、凄く勘がいい。先ほどボクが騒ぎを起こしていたけれど、とりあえずその場から非難させてくれた。こういうタイプは決め付けないで話を聞いてくれるだろう。
「えーっと」
とりあえず、寧々さんにも伝えておくか。情報は共有することが大事だ。
「?どしたん?」
「いえ、ちょっと盗聴器を探していて」
「盗聴器?!」
バサバサとスカートや制服の袖を探る。寧々さんなら一瞬で仕掛けてると思うんだけど。
「あ、あった」
「大丈夫なん?!」
「大丈夫です、ボク公認なんで」
「おかしくない?!それ!」
寧々さんが仕掛けたと思われる小さな盗聴器は、ボクのネクタイにピン止めされていた。本当、いつの間にこんなものつけたんでしょうね…。
一見するとネクタイのようなそれを取り、自身の口元に当てて語りかける。
『ジッ……ジジッ…』
「寧々さん、聞こえますね?今、玖奈芽先生と言う方と空き教室に居ます。彼は安全そうなので、色々と話を聞いて情報を聞き出すことにします。一時限目が終わったら来てください。えっと…」
「三階の資料室の隣や」
「らしいです。では、また後で。ああ、くれぐれも授業を抜け出してはいけませんよ。もしサボったりしたら一日無視します。いいですね」
『ブチッ』
きっとこれを聞いた寧々さんは盗聴器の前で呻いてるだろうけど、関係ない。この現状に馴染まなければ、動きづらくなるのは当然だ。それと、寧々さんを浮かせないためにも今まで通りの生活を続けてもらう必要がある。
「…なんで天敵みたいな柚月に連絡しとるん?」
玖奈芽さんが心底不思議そうに言う。
ああ、そっか。この世界では“柚月寧々”と“氷雨朔”は、天敵…みたいなものなのか。そりゃそうだろう、お嬢様のヤンデレストーカーとお嬢様のいじめっ子、天敵にしかならない関係だ。まずはそこから説明か…。
と言うか、そもそも。ボク――男の氷雨朔がこの身体に入る前の、女子としての、この身体で十七年間の人生を歩んだ“氷雨朔”はどうなったのだろう。強制的に、彼女は死んでしまったのだろうか。そんなことだったら、早急に神に講義をして取り消してもらうけど。
「ええと、このことは他言無用です。他の人に言ったら…、そうですね、その中心にある男のブツ、再起不能にします」
「こっわ?!」
元男のボクだからこそ分かる恐怖心。ブツ再起不能とか言われただけでも背筋が粟立って冷汗が出てくる。
「ごほん、では」
すすめられた椅子に腰掛け、今ボクが知っていることを全て吐露した。ボクと寧々さんは別の魂が体に入っているのだということ。二人で今度こそ幸せになりたいのだということ。ボクと前の朔は別人だということ。
玖奈芽さんはこのときだけしまりの無い顔を引き締め、とても真剣に話を聞いてくれた。