情報交換
学園に入っても皆様の睨みは軽減するどころか、二割、五割り増しになっている。お値段そのまま増量セールってやかましいわ。
これは胃がきつい。本来悪意は隠されてあるべきだ。むきだしは駄目だ。
「…すみません、ボクは少し用事がありまして…。寧々さん、一緒に来ていただいてよろしいですか?」
学園の正門前で、一応お嬢様と取り巻きたちに声をかけておく。赤キー君とでかい奴、王子さまは足を止めることなく歩いていく。だよな、じいちゃんもそう思ってた。
少し振り返ったお嬢様は何度か寧々をチラ見した後で、
「気をつけてね?」
と言い、王子様達と共に歩いていく。周囲は相変わらずお嬢様の集団にうっとりとしていた。
和樹君は「寧々と二人って大丈夫か?」と酷く心配してくれたけど、「大丈夫です」とあいまいに笑って回避しておいた。何度かこちらを振り返ったあと、門をくぐっていった和樹君がとても良い人に見える。
まだ「殺す…」とか物騒なことを呟く寧々さんをずるずる引きずって、無駄に広い中庭の隅のベンチに腰を下ろした。
嗚呼、スカートだからどっかり座ると見える…ってあ、そういえばスパッツ履いていた。じゃあ大丈夫だ、と脚をいつものようにおっぴろげて、突っ立つ寧々さんを手招きした。
「さ、朔君?!すすすすスカートなんだから足広げちゃ駄目だよ!!」
寧々さんに怒られて、しぶしぶ脚を閉じる。スカートというものはとても不便だ。機能性を疑う。
「と、隣失礼するねっ」
「はいどうぞ。気持ちの良い朝ですねぇ」
ベンチに並んで座る二人の頬を、ぬるい風がそっと撫でていく。ぽかぽかと暖かい日差しの元、二人並んで空を見上げる。こんな日が来るとは思わなかった。今まではずっと柵越しだった彼女がこうして隣にいる。改めて事の重大さが身に染みた。
それにしてもさすが御金持ち校、中庭と言えど広さが半端ない。ただの中庭であるのに、辺りにはバラが咲き誇り中心には清らな水を吐き出す噴水が設置されている。まるで、おとぎの国に来たようだ。なるほど、先ほどの王子さまもこの学園の中では浮かないかもなぁ。
学園の私有地にしては広すぎる。その半分くらいは農家の人に明け渡しなさい!といいたくなるくらいの広さだ。
空気も澄んでいるし、荒れた雰囲気は一切無い。むしろ、花壇に植えられた花々やざわめき揺れる木々はどれも手入れがいきわたっていて、上品な趣を感じる。聞こえるのは風の音と鳥の声。
静かで心落ち着くいい場所だ。
「はあ、はぁ…!や、やっぱり朔君素敵だよ!前世の紳士で真摯な朔君も気がおかしくなっちゃうくらいイケメンだったけど、スカートにカーディガン+ボブカットの朔君も撫で回したいくらい可愛い!あ、でも明日からはタイツ履いてきてね?その素敵で可憐な白くて細い脚が、他の野郎の目に留まるなんて許せないから。おっきなおめめも可愛いよ…!まつ毛長いなぁ。可愛い洋服着せたらもっと素敵になるんだろうなぁ~…。あぁ、でも俺のお姫様の魅力を全世界の男に伝えるってのも嫌だなぁ…。残念だけど、そのときは私と二人きりね?それから…」
隣に彼(中身♀)が居なければ。
ちなみにオプションとして右手にスマホ、左手に高性能そうな小型カメラを携えて、先ほどからフラッシュがたかれている。スマホは動画を取っているようだ。右手と左手で違う動きができるなんて器用だなぁ、と思いながらマシンガントークをそっと遮る。
「いえ、まあ。撮影は問題ないんですけど、ボクの話、聞いてもらえます?」
「うん、うん!ごめんね、朔君の話を聞かないなんて処刑者だよね、ごめんね今すぐちょっと逝ってくる!」
「いえそれは良いんですけど」
ずざっとすさまじい勢いで立ち上がる彼のブレザーを小さく引っ張れば、高速でボクの隣に腰掛ける。ドスン、と重そうな音がしてベンチが少し揺れた。全く、ボクを好いてくれるのは嬉しいけれど、話を聞かないのはいささかいただけない。
遠くで、ガラァァァンゴロォォォンと低く唸るような鐘の音が聞こえてきた。ということは、ホームルームか何かが始まるのだろう。
「キミまでサボらせてしまってすみません」
「ううん!朔君が居るのならどんなところだって着いてくよ!」
グ!と親指を立てていい笑顔で答えてくれる。その様子に苦笑して、本題を切り出した。
「情報があまり無くて。今持っているものだけでも、交換しましょうか」
「了解」
「……俺が知ってるのはこれくらいかな?」
「ありがとうございます」
さすが伊達にボクのストーカーをやっていない。情報のエキスパートは、今日の数時間で膨大な量の情報を得ていた。食堂でパンケーキを貪り食っていたボクとは大違いだ。
しかもこの世界の寧々さんもストーカー候補らしく。自室には、盗聴器盗撮器その他諸々が全て高性能でそろっていたらしい。仕掛けていたのはお嬢様に、らしいけれど。
「俺があんな女ストーキングしてたとか本当笑えない!」
彼――柚月寧々は、お嬢様――姫宮愛美というらしい――の従家であり、いつどんなときも守れるように、と同じ学園に通わされている護衛らしい。柚月家や氷雨家は姫宮家の分家なのだという。ちなみにボクと和樹君は、パーティーの警護や侵入者が来たとき家を護る、黒服みたいな役割なんだと。今世のボク凄いな。
でもなんでボクがあんなに嫌われているのかは分からない。淫乱女とかいわれてたな…。
「朔君、落ち込まないで?朔君に酷いこと言った奴らは制裁……ごほごほ、お灸をすえておくから」
どさくさに紛れて、逞しい腕でぎゅうっと身体を抱きしめられた。男の癖にいい香りがする。柑橘系の…オレンジ?のような香り。
……嗚呼、もう。そういうところが可愛いんだ。ボクが昔この香水が素敵だと言っていることを覚えているだなんて、そんな。ボクの思い上がりかもしれないけれど、それでも嬉しくて。
「そうですね、彼らの口ぶりからすると、ボクはかなりの悪女なのでしょう。ですが、愛美さんの」
「朔君」
「なんですか」
「むかつくからアイツのこと名前で呼ばないで。お願い」
「…ハイ」
といっても、どう呼べば良いのか…。普通にお嬢様で良いか。
「お嬢様の怯えっぷりはあからさますぎますねぇ。家の中では普通に悪態吐いて来たくせに、あの豹変には目を見張りました」
「多分、朔君は無実だと思うよ。あっち側が勝手に言いふらして、この世界でも多分朔君は自分の事ほど無関心だと思うから、放っておいたら学園中が敵になっちゃったんじゃないかなぁ。外っつらは家柄も顔も性格も成績もアイツのほうが上だから、信じろってのも無理だけどね。あ、でも今の朔君は顔も性格も成績もぜぇんぶ上だよ?」
慌ててフォローする寧々さんに上の空の返事を返すと、これからの学園生活に思いを馳せる。ガッツリ学園中に嫌われているこの現状から、どう青春を謳歌しろと言うのだろう。神様の脳みそはどうなっているんだ、ボケてんのか。
「きっとボクは苛められているのでしょうね。テンプレートすぎて笑えてきます。こんな転生ってありえます?マイナススタートって…」
「朔君」
ぎゅう、と。不意に、ボクの背中に回していた寧々さんの腕に入る力が一段と強くなった。自然と彼の胸板に頬を押し付けるような形になって、本当に彼女が男になってしまったことを思い知らされた。
少しだけ高い体温が、優しくボクの体を包む。ああ、触れられている。
「俺が絶対、守るから。何があっても、守るから。今度こそは…」
一言一言噛み締めるように、肩を震わせながら寧々さんは呟く。泣きそうだ。
嗚呼、そんな声でそんなこと言われたら、
「寧々さん、大好きですよ」
甘えたくなっちゃうに決まってるじゃないか。
ちょっと酸っぱい、オレンジの香りが鼻をついた。