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精神年齢六十五歳のボク♂が悪女さんに転生したようです。  作者: Rin
第一章 突発的スタートダッシュ
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突発的スタートダッシュ


映画は恋愛ものらしい。

 当たり前のようにボクと寧々さんは隣同士で座る。お嬢様がこっちに来ようとしていたけど、会長に行く手を阻まれてそれは叶わないようだ。邪魔者がすっかりいなくなってご機嫌の寧々さんは、手をつなぎ指を絡ませにこにこしている。可愛い。

 大きなスクリーンでは映画の予告や注意が延々と流れている。ラブロマンス、アクション、ホラー、様々なジャンルが次々と流れては消え、それだけでも面白い。

「寧々さん」

「ん?なあに?」

「久しぶりですね。こうやって、二人で映画なんて」

 そういえば、にこにこしていた寧々さんの顔が少し翳る。

 映画なんて何十年ぶりだろう。最後に見たのはいつだったか。


 ――ああ、そうだ。あの日。彼女と二人で隠れるようにして見に行った、つまらない恋愛もの。題名は、確か…。

「「青空の果てで朽ちる」」

ボクと彼の声が重なる。寧々さんの顔を見れば、薄い笑顔で「あたった」と呟いた。

「なんで…」

「分かるよ。朔君のことなら、なんでも」

なんでも、分かる。その言葉の甘美さに顔が綻んだ。寧々さんは分かってくれる。世界が理解しないボクをわかってくれる、たった一人のボクの神様。

 『青空の果てで朽ちる』は陳腐な心中劇だった。小説が元になった、そこそこ売れている役者を使ったそこそこ売れた映画。身分が違いすぎる二人が世界を捨てて逃げ、最後は心中して終わる。そんな面白味の無いストーリー。

だけどボクは印象に残っているシーンがある。二人が目指した果て、それは青空と白い雲が鏡のように続く“ウユニ塩湖”。作中ではそこを桃源郷だと、理想郷だとそう言っていた。そうして二人は死んだあと、そのウユニ塩湖で再開するのだ。二人がキスをするシーンの後、雪の中で横たわる二人が映されてエンドロールが流れだす。彼らが幸せだったのかボクには分からない。でもまるでボクと寧々さんの行く末を案じするようなそのエンディングに、何か惹かれるものを感じた。


『天国はこんな風にきれいなのかな』

『…ええ、きっと。でもボクは天国にはいけない』

『……その時は、二人一緒に行こうね。地獄でも、天国でも』

『はい』

 そんな会話をした。天国とはまさにあの美しい世界を指すのだと信じて疑わなかった。ボクらにとっての天国は、あの場所だったのだ。



「朔君」

少し緊張をはらんだ彼女の声がボクを現実に引き戻す。

「私を見て」

「え?」

「今の、私を、見て」

じっと、見透かすような亜麻色の瞳がボクを貫く。ああ、本当に彼女はボクのことが何でもわかるんだなぁ。

「そうですね。ええ、今しかありません」

ボクらには今しかない。過去を振り返る必要はもうどこにもないのだ。ボクはもう柵越しに泣いて手を伸ばす愚かな男じゃないのだ。

「私たちには今がある。もう柵越しじゃなくていいんだよ。自由なの。だから手をつなごう。たくさん好きなことをして、沢山思い出を作ろう。できなかったことを、しよう?」

ボクの顔をのぞき込んで紡がれる言葉は、まるでどこかの夢物語のように感じた。

「――デートが、したいです」

「うん」

「遊園地に行ったり、美味しいものを食べに行ったり、ウユニ塩湖にも行きたいです」

「全部行こう」

「毎日貴方の声が聞きたい。伝言じゃなくて、自分の言葉であなたと喋りたい」

「うん。なんだってできるよ、二人でなら」

そっと手が握られる。暖かい。本当になんだってできるような気がした。

大きな音が鳴って、辺りの照明がすべて落とされる。

「始まりましたね」

「うん」

同時に、ボクらの二度目の青春の幕も上がったような気がした。



ありがとう、幸せです、と。

隣にいてくれる寧々さんに心の中で呟いた。





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