▼さわやか と 遭遇 した !
「んぅ…」
ピチチ、とどこかで鳥のさえずりが聞こえる。肌触りのいいシーツに顔を埋めて光から逃れる。
「サッちゃーん、あっさだよーん」
ゆさゆさ、とボクの体を揺らすのはごつごつとした掌。語尾に星でも付きそうな明るい声が、ボクの耳元ではじけた。…何だこのうざい声。老人をいたわりなさいな、まったく。
するりとした触り心地の布を頭まで上げ、もう一度うつらうつらとまぶたを閉じようとしたときに――。
「ほんっと、サッちゃん朝弱いよなー」
「あああああああ!」
ばさぁ、とボクの布(多分布団?)が剥ぎ取られ宙に舞い、身体がひんやりとした空気に触れる。明るい世界に思わず目をぎゅっとつぶった。
「ほれほれ、起きろ」
「ろ、老人に優しくしなさい!」
跳ね起きてそのまま布団を奪われたほうへ手を伸ばそうと、左手を地面に置こうとすると―――
「ドズンッ」
ボクは顔面から本来の、硬い地面へと転がり落ちた。
「ちょ、ちょちょちょ大丈夫、サッちゃん?!」
焦った風の男が、ボクの身体を支えて起こしてくれる。鼻がじんじんと痛い。鼻血が出ていないだけましかもしれない…。
ボクを抱き起したのは、襟足の長い黒髪、人懐っこそうな大き目の瞳、まさしくコミュニケーション上手!な、明るい雰囲気が周囲に爆散しているイケメンだった。…誰だこいつ?
ぐい、と腕を引っ張られて、そのままボクが先ほど落ちたベッドに座らせてくれた。…ベッド?
「どーしたのさ、寝ぼけるのは大概にしろよなー、まったく」
シャツにアップルグリーンのネクタイ、白いだぼだぼのセーター、目立つ空色のヘアバンド。全体的にチャラく見えそうだが、ころころ変わる表情と筋肉質な体系で、不思議と『少しお洒落なスポーツマン』に見える彼。
「…は?」
誰だこいつ?いや、まずここどこだ?
大丈夫?と首をかしげる彼――(爽やか君と呼ぶことにしよう)を見て、やっと覚醒した脳であたりを見回す。
クリーム色を基調にした家具はどれも繊細な装飾が施されている。今までボクが寝ていたベッドも、改めてみると高そうだ。天蓋つきベッドなんて久々に見た。
…よし、状況を整理しよう。
ボクは六十五歳で死んだおじいちゃん。死んだら幼馴染の寧々さんが待っていて、転生的な何かをお願いされる。快諾するボク。光に飲み込まれて、気がついたら此処に。
…うむ、さっぱり分からん。
自身の手を見てみると凄く白く細いので、多分身体は女子のままだろう。これなんてエロゲですか。
呆然とするボクに、不思議そうな顔をした爽やか君が小首をかしげる。
「本当に大丈夫…?熱でもあんじゃねぇの?」
「いえ、その…。あ、あの、手鏡あるでしょうか」
「あるけど?ほい」
シャツの胸ポケットから小さめの手鏡を取り出して渡してくれる彼。なにその無駄に高い女子力。見た目に反するギャップ萌えと言うのを狙おうという魂胆か。
「…うああ」
鏡に映るのは、幸薄そうでいかにも寝起きですって感じの、そこそこ美少女。ダークブラウンのボブカットに、真っ黒で切れ長な瞳、小さな唇、無機物のように白い肌。美少女より、なんか家にあるやたら視線が怖いフランス人形的なアレだ。綺麗と言う印象よりも怖いという感情のほうが込み上げてくる。
男だったころとはかけ離れた外見に思わずため息をつく。落ち着かない。これから一生この顔で生活するのか…と思うと、少し先が思いやられた。
「あ!寧々さんは!?」
そういえば超絶イケメンになった寧々さんはいずこに?!
「寧々はもう来てるよ?お嬢様に見つからないうちに早く行こうぜ~」
床においてあった黒と白のスクバを爽やか君が担ぐと、お姫様にするみたいに自然な動作で、ボクの手を取って口付けた。…口づけた?
跪いたまま上目遣いでボクをとらえると、いたずらっ子のような笑みで笑った。
「今日も頑張ってな。オレもサポート、すっからさ」
手の甲に残る柔らかい感覚。ぴしりと固まるボクに気づかないのか、「じゃ、着替えたら出てきてな」と爽やかな笑顔で出て行ってしまった。
「お、おおうふ」
結構前途多難なのですが、どうしてくれるんですか神様。