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精神年齢六十五歳のボク♂が悪女さんに転生したようです。  作者: Rin
第一章 突発的スタートダッシュ
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食堂事変(前)




あれ……おかしいな……。

食卓の場は、皆が優しい気持ちになれる場所ってばっちゃが言ってた筈なのに…。

「ねぇ、いい加減出て行ってくれるかな?この二酸化炭素大量放出器が。地球のために息を止めてよ」

「おーう、何か今日寧々怖いぜ?つーか、またサッちゃんに意地悪しようとしてんだろ、そうはいかねぇぞ?」

ボクを挟んで、明らかに温度差の違う二人が言い合っている。一方は口から氷でも吐きそうなほどブリザードに、もう一方は陽だまりの様な雰囲気で口をとがらせて。

「……おうどんおいしーい」

 そんな二人に挟まれたボクの胃はもう荒れに荒れまくっている。無心でうどんを啜っている。やっぱり蕎麦よりうどんですよねー…なんて。

 先ほどから食堂の皆さんの視線が刺さる刺さる。どうやら寧々さんが食堂を利用するのは珍しいらしく、入った途端生徒たちの好奇の視線が突き刺さった。視線の種類的に言うと、和樹君・ボク・寧々さんの順で、好意・殺意・好意って感じだ。

「きゃあああああああ!!」

「寧々様と和樹君が一緒にいらっしゃるわぁああああああぁぁあぁぁ!」

「和樹ーーーー!大会格好良かったぞーーーー!!!」

「次も頑張れ!!」

 黄色い悲鳴がすごい。食堂中から(だだっ広くて天井も高く、机や照明とかも高級そう)歓声や叫び声やらが飛んでくる。

「あー、ありがとー。頑張るよー♪」

「ッチ……うざ…」

 友好的に手を振る和樹君とは反対的に、鋭い視線で舌打ちを連発する寧々さん。それでも。

「きゃあああああああ和樹君あぁぁぁあぁぁああ!」

「寧々様の舌打ちよぉおおおぉぉぉおおぉ!!」

「イケメンだああぁぁぁああぁぁぁああぁ!」

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 こんな感じで好意しか持たれていない。畜生、やっぱり世の中顔か。

どうやら和樹君は男子にも好かれるタイプの、接しやすいイケメンらしい。全員からの好感度が高く中心的な存在だ。前寧々さんは遠巻きにきゃあきゃあ言われる狼タイプのようだ。

イケメンは将来禿げるべきだと思う、世の男子諸君のためにも。

ちなみに、ボクが頼んだのは月見うどん、寧々さんはオムライス、和樹君はから揚げ定食である。

べ、別に愛すべきハンバーグ定食が高くてビビッたわけじゃないんだからね!月見うどんが好きなだけなんだからね!!

まあ、流石金持ち、たかが月見うどんでもめっちゃ美味いけれども。

「お、このから揚げうめぇー…」

「そう言えば和樹君、カツ丼食べるとかなんとか言ってませんでした?」

「人気で完売だってさ。毎回毎回俺はカツ丼にありつけない!何故だ!」

「運命じゃないですか?」

しょんぼりとから揚げを口に運ぶ和樹君。そんなにカツ丼は人気なんだ…。金持ちのくせになんだか庶民的な味覚をしているんだな、皆。

「から揚げ、おいしそうでいいじゃないですか」

「ん、食う?」

「あ、はい」

くれるものはもらう、ボクのポリシーである。

「あーん」

ナチュラルに箸を使ってから揚げを持ってくる。あれ?急にそんなぶっこんでくるものなのか?

「「「「「「ぎゃあああああああああああああ!!!!」」」」」」

周囲からこの世の終わりの様な悲鳴があがる。ボクも流石に怒られるかなーと思ったが、このまま和樹君に腕を持ち上げさせたままなのもかわいそうなので、

「え、あ、はい。いただきます」

ばくり、となるべく箸に口をつけないようにから揚げを口に頬張った。

「なっ……!」

「「「「「「あああああああああああああ!!!」」」」」」

驚いた顔の寧々さんの声と、ギャラリーの方々の絶叫がこだまする。和樹君は特に気にした風でもなく、「どう?うまい?」と聞いてくる。


う、うまい…!

 外はカリッとしていて、中はジューシーでアツアツ。少し上品なレモンの味がきいてるのもさっぱりしていてとても美味。流石庶民が回れ右しそうな値段のから揚げ定食だ!

「寧々さん寧々さん。から揚げ、とってもおいしいですよ!」

「………朔君っ…!ホラ、あーん!」

凄まじい顔をした寧々さんが、凄まじい勢いでボクの口へオムライスを突っ込んできた。ドゴッとでも音が鳴りそうな勢いで喉の奥にインした。ぐえ、と潰れた蛙の様な声を漏らしてしまう。

「「「「「「いやああああああああああああああああ」」」」」」

女性陣からまたもや上がる悲鳴、絶叫、泣き声。もうこれ先生たちに怒られるんじゃないかってくらい五月蝿い。頭がガンガンする。

「もごっ……、お、おいひいれす…」

「そうでしょ?ね?だから朔君、もう絶対他のヤツからご飯貰っちゃ駄目だよ。特にあーんは駄目だよ、絶対絶対絶対。ね??」

あれ……おかしいな、『あーん』イベントは否応無しに「ドキドキしちゃう!気になるあの子と間接キッスはぁと(棒)」なイベントなはずなのに……。あれ?何でボクめっちゃ恐怖覚えてんの?何で寧々さん目が据わってんの?なんで口の中が鉄の味するの?

周りでは、一人二人どころじゃない数の女性達がふらふらと倒れていった。やっぱりこの学園おかしいよ。普通の日常の中で失神するなんてありえないよ。

「か、和樹君が穢れてしまった……!」

「寧々様、きっとあの悪女に脅されていらっしゃるのね……!」

「なんてお可哀想なの!」

「愛美様への思いを押し込めていらっしゃるのね?!」

「和樹様、そんなヤツ放っておいてこちらでお食事しましょう!」

「そーだぞ、和樹!そんなクズの最低女なんかとつるむなって!」

「お前は優しすぎるんだよ!」

 まさしく罵詈雑言がボクに向かって投げつけられる。明確な敵意を持ったそれは嫌でもじじいの心を抉った。

 いや、慣れてるけれど。と言うかむしろ言葉だけで済んでいるだけましなのだけれど。それでもやはり、人の心というものは他人からの拒絶には酷く傷つくものなのだ。

「ぐにゃり」

………ん?

俯いて白いうどんをつつくボク視界の端で、寧々さんが握っていたスプーンが変形したような気がする。ちらり、と顔を見上げると、まるで底無し沼のように真っ黒い瞳が、ボクらを取り囲むすべてを射抜いていた。全て殺す、そう物語っている。

あ、まずい。ボクは直感で分かった。





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