教えて、あの子のこと
「…さぁてと、あと十分もないし、気を取り直して残りに進むとするか。
三年生徒会長、月形藜。王子様みたいな風貌のやつやで。
こいつも天雪と違った仮面をつけとるな。なんちゅーか、八方美人の言葉が良く似合う。
成績優秀、運動神経良し、顔良し、性格良し、剣道部部長、おまけに生徒会会長。
しかも、これで男子に疎まれてないのが凄いところや。ほんま人望に厚いとはこのことやな。どこ行っても挨拶されて、歓迎される。そんな人間や。
ほんで、こいつが一番オジョーサマに依存している。最早束縛しそうと言っても過言ではないな。
仮面をつけない自分を受け入れてくれる、ただ一人の天使…とか思ってるんちゃうん?鎖で繋いで閉じ込めたいけど、そうすると嫌われるのが分かっとるから、「良い先輩」演じるんやろ。
まあ、こいつも厄介でヤバイ奴や。柚月と同じタイプやで」
寧々さんと同じタイプということは、世間一般的にいうとヤンデレの部類に入るのか。
今朝にこやかに毒を吐いていたあの風貌を思い浮かべる。確かに人間離れしたオーラが漂っていた。
「会長もヤンデレとは…。でも大丈夫ですよ、ボクヤンデレの対処うまいんで!」
「それは自慢してええの?」
「寧々さんとたくさんの時間を共有できたという誇りですから」
「のろけんなや」
ぺしん、と軽く頭をはたかれる。優しい手つきだった。
「まあ主な敵はこんくらいかなぁ。風紀とか委員会もあるんやけど、まあそっちは今度でええやろ。そんな接触ないやろうし」
「そうですね。ありがとうございました」
つーかまだ敵いんのか。委員会ってボクどんだけ敵作ってるんですか…。
「あ、そうだ。ついでに。朝見たんですけど、和樹君って知ってます?よろしければ教えて欲しいのですが」
「朝霧のことか?ええで、此処まで来たら何人でも一緒や。
朝霧和樹、二年。お前とは違うクラス、確か寧々と同じクラスやったな。数少ない朔の味方や。
幼少の頃宮下家に引き取ってもらって、そこで朔と二人でオジョーサマ守るための訓練受け取ったらしい。宮下家の細々したことは、流石に俺でも本気出さないと知れない情報やから、少ないんやけど。
まあ、なんちゅーの?運動神経良くてサッカー部のエース、放送委員会所属、男子にも女子にも分け隔てなく優しくて。しかもあの寧々も毒気抜かれて、なんやかんやで悪友やった。ほんま嫌味のないハイスペックやんなぁ、あいつ。
所謂朔の幼馴染、んで、まああいつ……頭良いアホなんや。
…自分のこと、男や思うてんねん」
非常に言いづらそうに、がりがりと頭を掻いて玖奈目さんが絞り出した。
「…は?」
思考がフリーズした。
「え、っと…。それってどういう、ことですか…?」
遠い目をして憂う玖奈目さんにもう一度確認する。このボクを男だと思ってる?嘘だろう、彼の目は節穴か。
目は大きくてぱっちりしてるし、線も細く胸もないわけじゃない。抱きしめたら女子特有の柔らかさがあるだろう。ましてや、今朝ボクの掌に口づけた彼なら、ごつさで理解できるはずだ。
彼は大丈夫なのか!?
「いや、俺も信じられん話なんやけどな…。
昔からずっと一緒に居て、しかも朔は『男』として生きることを条件に、宮下家に養ってもらってたんや。いざと言うときに、お嬢様を守れるようにな。
この学園入る前までは、髪も短く切って、口調も男にして、スカートなんか一度も履いたこと無いゆうてたわ。
鋭いところもあるのに変なところで鈍感な和樹は、そんなバレバレの嘘を信じてもうた。せやから今も和樹は、お嬢様のために女装して学園通っとる思うてるねんて。
俺にもそういって、『何か困ったことがあったら、助けてやってくれ』って頼まれたわ。俺は事実知っとったから、そりゃもう笑い堪えるのに必死やったわぁ」
ブークスクス、とその時のことを思い出しているのか、玖奈芽さんは酷く醜い顔で腹を抱えて笑う。大人って汚い…。
ん?男と思ってる……?…じゃあ、何で今朝は手の甲にチューなんて、王子様がやりそうなことしたんだ?
「ああ、それな。なんか、女の子らしくするため!ゆうて毎朝やってるんやと。『これでスイッチ入るだろ?』。もう朔も、爽やかすぎて反論すんのも疲れるから、諦めたゆうとったわ」
な に そ れ 。
どんだけアホの子なのあの子。ハイスペックなのにド天然なの?いや、天然の域を軽く飛び越してるレベルだよな。よくここまで生きてこれたなと逆に感心してしまう。
「凄く……不安です…。その子が味方って…」
「うーん、分からんでもないなー。でも、友達思いの奴やから、心配はいらないと思うで?」
脳裏に浮かぶあの爽やか笑顔。不安しか残らなかった。
「あ、それと」
思い出したかのように玖奈芽さんが声をあげ、ボクのブレザーの胸ポケットを指さす。そっと指を這わせると、金属の感触が布越しに伝わる。
「ここの鍵、前朔には渡しとったから、自由に使ってええで。せやけど、人にあげるのはナシや。まあ、なんにでも使い」
言われたとおりに胸ポケットに手を忍ばせれば、大切そうに銀色の鍵が仕舞われていた。アンティーク調のお洒落な鍵には青いリボンが巻かれている。
拠点ができた。これはありがたい。人通りの少ないここなら、人の目を気にすることなく寧々さんと話すことができるだろう。
「ありがとうございます。ありがたく使わせていただきますね」
「おー。それと、俺の携帯番号も登録されてるやろから、必要なときはいつでも連絡しいや。出来る範囲で協力したる。……ただし、俺が自分に興味を持っている間だけ、や」
「はぁ…」
『興味を持っている間』を殊更強調して、幼子に言い含めるようにゆっくり彼は言う。
しかし、そもそも彼に前朔でなくなったボクの必要性はあるのだろうか。彼が愛していたのはボクではない。愛する者の皮を被った他人にときめくのは、よくよく考えるととても酷なことではないか。
ちなみに、スカートのポケットにしまわれていたスマートフォンに登録されていたのは四つ。和樹くんと玖奈目さん、『ご当主様』と書かれているのはお嬢様のお父さんだろうか。それから『新宮さん』と言う全然知らない人の番号だった。さみしい!ボクの友人全然いない!!
飾り気の無いコバルトブルーのスマートフォンを見つめて、『お前も可哀想にな…』と思った。




