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精神年齢六十五歳のボク♂が悪女さんに転生したようです。  作者: Rin
第零章 神様の手に掬われた恋
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もう一度、あなたと共に

「もう一回聞くんですけど」

「うむ」

「ボクが命を懸けてダンプカーから守った子猫は、子猫じゃなくてただのビニール袋だったんですね?」

「そうじゃよ」

「マジか…」


死後明かされる衝撃の事実。恥ずかしくて死ねる…ってもう死んでるんだっけ。

蒸し暑い八月の中旬にボクは死んだ。死因は前述のとおり子猫とビニール袋を間違えて轢かれたこと。まあね、もうね。六十五歳でしたから。六十過ぎてから老眼と腰痛と難聴が激しくなったことも原因のうちだと思う。

恥ずかしくはあるが、決して悔いの残るような人生ではなかった。間違いだらけの人生ではあったけど、恥ずべきことなど何一つない、客観的に見ても主観的に見てもいい人生だったと思う。


ボクの前には小さくデフォルメされたおじいちゃん。自称神である。

そしてボクが今立っているのは――…ウユニ塩湖?のようなところ。ボクと自称神様以外に人はいない。どこまでも続く空は目がさえるような青。空に浮かぶ雲は子供がクレヨンで書いたようにくっきりとしている。空と地面の境界線がわからない。

美しい。どうやらここは、死後の世界らしい。

「違う違う。お前さんが思う死後の世界じゃよ」

訂正。どうやらここはボクの想像する死後の世界らしい。じゃあ納得だ。ボクは生涯、死後の世界とは酷く美しいものだと信じてやまなかったのだから。

「まあそれはこっちによいしょってしておいて」

「置いておいて?」

「そうそう、置いていおいて。高貴なワシがお前さんの前にわざわざ姿を現したのはわけがある」

決して高貴さはないおもちゃみたいな顔をした自称神は、ボクをここに呼んだ本人は、一拍置いてからその名前を口にする。

「柚月寧々、を知っておるか?」

柚月寧々。

その名前に心臓が酷く跳ねた。

「知らぬ筈ないわな。忘れるはずないわな。お前さんが一時も忘れることの無かった彼女が――これじゃ」

 小さ指を鳴らすと、軽快な音と共に一人の少女がウユニ塩湖の中に現れる。ゆるくカーブした亜麻色の長い髪。ぱっちりとした瞳と白い肌。そして――圧倒的質量の胸。なんていうか…たゆんたゆんしている。他はほっそりしているのにたゆんたゆんしている。

「朔君!」

誰もが振り返る絶世の美女は、ボクを見るとぱっと笑顔になり飛びついてきた。

「おわっ、わっ?!」

当然爺の足腰が受け止められるはずもなく、そのままバシャンと倒れ込む。水面が揺れて、空が歪む。

「五年と七か月二十七日八時間三分四十一秒間も朔君に逢えなくて私、私死んじゃいそうだった…!」

いや、貴女もう死んでますがな。と言うツッコミは飲み込む。流石にちょっと不謹慎かなと思ったので。

そう、この彼女――柚月寧々は、五年前に大往生したはずの幼馴染だった。彼女は五年前に亡くなったはずだ。ボクも葬儀に出た。少ししわの刻まれた、それでも美しいままの彼女が眠る棺に、白いユリを差したのは記憶に新しい。

そんな彼女が、ボクの死後の世界に存在している。喋っている。しかも、四十年以上前の姿で。

これはどういうことなのだろうか。

「朔君、随分歳を取ったのね…。でも、とっても綺麗…」

上から覆いかぶさってきた少女は、ゆっくりと僕の頬の輪郭を細い指でなぞる。ちなみに朔、というのはボクの名前だ。氷雨朔、性別男。

「そうですか。淋しい思いをさせて、申し訳ないです」

「はいはい、とりあえずイチャイチャやめるんじゃな」

ぺちぺちと自称神様が可愛らしい手をたたいて声をかける。あ、完全に忘れていた。

寧々さんは若干ヤンデレ――いや、かなりのヤンデレ属性の持ち主だ。どうしてボクなんかにその愛情が向けられるのかはよくわからないが、ボクを対象にしてくれている。

「うふふ、あのね朔君」

握ったボクの手を愛おしそうに寧々さんが撫で回しながら、つらつら言葉を並べる。相変わらず馬乗りになったままどいてくれなかった。

「前世では、色々あって朔君とは結ばれなかったし、同時に逝けなかったし、散々な人生だったじゃない?」

うるうる。栗色の澄んだ瞳が、涙の膜によってゆらゆらと潤む。哀愁と哀しみに満ちたその瞳にどきり、と心臓が脈打った。

「はあ」

「だからね、お願いしたの、神様に。『私の全てをささげます、来世だって今回しか望みません。だから、もう一度私と朔君を、記憶を持ったまま、同じ時代にもう一度生かして』って」

ぎゅっと寧々さんの握る手が強くなる。目がマジだった。本気と書いてマジと読むタイプのマジだった。

そんな輪廻を歪ませるようなお願い事を、まさかこの自称神はかなえようと…いうのか?もしかして自称神もこのたゆんたゆんのおっぱ…いけない、紳士たるものがそんな言葉を口にしては。――胸部のふくらみに魅せられた…とでもいうのか…?!

「獣ね!やっぱり男はみんな獣なのね!」

「何言っとるんじゃ!?つうかお前さんも男じゃろ!」

神と言えどもやはり男!抗えない運命だったのか!

「ごほんっ、違う違う。単に五年間呪われるレベルでお願いされ続けてわしの胃と精神が限界だっただけじゃ」

胃薬が友達どころか親友になる日がくるとはな…と、自称神が遠い目をしながら自身の腹を摩る。

「ね、寧々さんなにしたんですか…?」

「ん~~?な・い・しょ♡」

にっこり。まろい頬を赤く染め、妖艶な色を瞳へ映して寧々さんは笑う。これは、くるものがある。彼女は昔から自身の言動が、どれだけ健全な男子諸君にダメージを食らわせているのか知らないだろう。現にボクもきまずくなり目を逸らした。許してくれ、男の性だ。

「そしたら、仕方ないからいいよ、って。だけど条件がある、って。その条件なんだけどね。

朔君が女の子になって、私が男になって、二人でお金持ち学園に入学することになっているの。

二年生の中ごろ五月から記憶は始まり、いきなり十七歳の身体となって。

乙女ゲームにありがちな少女が逆ハーを作ってキャッキャウフフしているのを邪魔しようとする悪女兼少女の家の使用人・『氷雨朔』と、その幼馴染の『柚月寧々』。

本当は悪女の立ち位置を私にして欲しかったんだけど、そうじゃないと認めないって神様が…」

「…ん……?」

「つまりはだな、お前さんは女の体になり、こやつも男になり、金持ち学園の生徒として青春を謳歌せい!ということじゃ」

えっへん、と自慢げに自称神は胸を張る。いやいや、まどろっこしすぎるだろう。そもそもボクらの性別を反転させる必要性はあったか?

「なんですかその条件…」

「わしの趣味じゃ!」

「趣味悪いな」

なんじゃと、ボクっこ転生物はぽぴゅらーなんじゃぞ!とぽこぽこ怒る神様をちらりと横目で見て、寧々さんは

「そう!ね、朔君、いいかなぁ?」

と小首をかしげた。

あとは貴方の許可だけなの、と言って視線を落とす寧々さんの姿は、とても胸が痛くなる。色々なことをしてくれた彼女に、すべてをかけてボクを愛してくれた彼女に、ボクは何一つとして恩返しが出来なかった。

ボクの傍にいつまでも寄り添ってくれたのも彼女だ。ボクを救い出してくれたのも彼女だ。ボクに愛し方を教えてくれたのも彼女だ。

そんな大事で大切な人の願い、心の底からの願いを、叶えなくてどうすんだ!


「分かりました。その提案、お受けします。今世もよろしくお願いしますね、寧々さん」

「………朔君…!!」

彼女の潤んだ声が響くと同時に、寧々さんの周囲にぶわっと風が巻き起こる。

まぶしっ!と目を細めた一瞬で、彼女、いや、彼は変貌を遂げた。あれほど長かった茶髪の髪は短く切られていて、白い肌も幾分か焼けている。パッチリと開いた瞳は栗色で愛嬌があって、通った鼻梁や薄い唇が気さくで優しげで、しかしどこか大人の雰囲気を持つ男性の風貌に変わってしまった。

喉仏も大きく出ていて、身体はムキムキとは行かずとも引き締まっている。身長もボクが見上げる風になってしまった。

いや、ボクが縮んだのか…?思わず掌を見ると、あれほどしわくちゃだった掌は、つるつるすべすべの女性のそれへと変わっていた。左の手の甲にあった刺し傷も消えている。あれは自分の罪でもあり戒めでもあったのだが…。なくなってどこかほっとする自分がいるのが、卑しいなぁと実感する。

「寧々さん、イケメンですね…」

「ううん、朔君だって小さくて可愛いよ?私好み…あ、違った、俺好みのお人形さん!」

にかり、と白い歯を出して笑う彼に、生理現象なのかどきりと心臓が高鳴る。いや待て、ボクは(心は)男だ。男に欲情してどうする。

「じゃあ、行こう」

寧々さんの差し出す節くれだった手を握ると、瞬時に辺りが閃光に巻き込まれ、まぶしくて目を瞑る他無かった。







「――今度こそ、お幸せになぁ」




神様のそんな声が響いたような気がした。







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