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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

海の果てにある島

作者: 鴉城カホリ

 人を殺した、と車の中で囁いた声はひどく低くて、大人しいものだったのに、小暮翔太の耳にははいやというほどはっきりと聞こえた。どきどきと心臓がいやな音をたてるのに、ちらりと横を見れば、世間噺をした、という顔つきの今井がふわ、とした笑顔を浮かべていた。

 言い返せ。

 心臓が脈打つ。

 なんか、言い返せ。

 冗談だよな、バカ。とか、うそだろう、とか。なんでもいいから、言い返せ。言い返しちまえ。そう思うのに、出来ない。

 ふっと、空気が動いた。

「怖い?」

「なんでや」

 ようやく息が出来た。

「だよねぇ、おれが、こわいなんて、小暮らしくない。いじめっこの小暮らしくない」

 繰り返して、ふわふわっと笑う今井に小暮は過去の古傷を猫の爪でひっかかれたように顔をしかめた。

「忘れたなんて言わせないよ」

「なにを」

「アンタがおれにしたこと」

「なにした」

「忘れたの?」

 今井は少しだけ傷ついた顔をして、小暮を見た。それに本当にわからない小暮は眉間に皺を寄せた。

「なら、この島を一周するまでに思い出してよ」

「あのな」

「じゃなきゃ、あんたを殺す」

 物騒な冗談だろう、と言いたかった。けど、そんな反論を許さない、どこかになにか大切なものを落としてしまったような今井に小暮は黙った。

 こいつなら、本気でやる、そう思ったからだ。

 厄介な拾いもの、しちまった。ほんと、俺はついてない。

 心からそう思う。


 高校卒業とともに姿をふらりと消した今井の姿を見たのは十年ぶりだった。

 何もかも、放り投げたようにフェリー乗り場から少し離れた路上に立ち尽くす今井に、つい声をかけた。はじめは不慣れな観光客かと思ったのだ。そういうやつには親切にするに限る。

「小暮」

「へ」

「今井だよ、覚えてない?」

「……覚えてるよ」

 嘘だ。けっこう忘れてる。ただ、その顔つきから自分の高校時代の同級生だと、おぼろげに思い出した。苦味が胸の中に広がる。

「久しぶりに、故郷にきたんだけど、いろいろと変わってないね。ただ足がない」

「タクシーもないからなぁ。俺の車に乗るか」

「いいの? ありがとう」

誘ったのは物珍しいと思ったのもあるし、毎日が淡々と過ぎていくのに、刺激がほしかったというのもある。

 小暮は、生まれてから数回しか島を出たことはない。瀬戸内に大きな橋が立ったが、時折訪れる客人は自転車で島を一周して楽しんで帰ってしまう。そのなにが楽しいのかわからないが、見るものもないし、泊まるところもないのだから、足早に訪れて去っていくのは仕方ないと思う。

 なにもない島。それが小暮の感想だ。それも、小暮が実家のみかん畑を継いだのは、あれこれといった細かい問題がかかわってきたわけではなく、小暮自身がしたいことがなかったからだ。

 頭は良くもなく、悪くもなく。普通科と農業科が混ざったような高校では好きなスポーツであるバスケに精を出して土いじりをしていればよかった。

 高校で普通科と農業科があるそこに入ったのは、迷いからだった。――成績もそこそこで入れるし、島から出られる、ついでに農業にはそこまで本格的ではない。

農業がメインの高校に入らなかったのは、ささやかな迷いだった。島を出ようか、出ないでいようかという。

 適当に学び、適当に土をいじる。それだけの高校時代だった。



「みかんのにおいがする」

 今井はぽつりと呟いた。

「そりゃあ、みかん作ってるからな」

「すごい」

 今井は寝ぼけた猫みたいだ。眠たげで、のほほんとしている。頭を叩いたら起きるかな、とか思う。いや、みかんの皮をぷしゅーとふっかけてやりたい。

 実家の猫にもよくぷしゅーと皮から汁を飛ばしていじめていた。決まって悲鳴をあげて逃げていくのだ。

「あ、じゃあ、トラックの後ろ、みかんいっぱい」

「つんだばかりのな」

「食べたい」

「目の前にあるのは勝手に食え」

 小暮が顎でしゃくる。助手席にはいくつかのみかんが転がっていた。

 みかんは育てるのが難しい。見た目が悪いと売り物にならないと捨てられる。やってられない。

 摘んだときに、ある程度は売り物になる、ならないを判定する。出来が悪すぎるものは小暮のおやつになる。

 機械を導入しても、ある程度は人の手がいる。父はぎっくり腰だし、母はその介護で忙しい。周りはじじいばばあばかりだ。機械は周りの畑の持ち主たちと交代で使うという契約のもと買ったが欲しいときに使えないことがしょっちゅうだ。だから、小暮は動き回る。まだ二十九歳。いける、いける、と老人は無責任に口にするが。足も腰も、痛い。くそ。

 みかんはとりあえず水分が手に入る。だから、売り物になりそうにない汚いものを遠慮なく食べる。農業では虫も、獣も厄介だが、脱水が一番怖い。

「いただきまーす」

 遠慮のない猫がみかんの皮をむぐ。ぷしゃっと親指からへそを押して剥いていく。

「白い、これって、よく歯にひっかかるんだよね」

「栄養があるぞ」

「けど、苦い」

「体にいいもんは苦いんだよ」

「だよねー」

 文句を言うなら食べるな、と口にしようとしたらもきゅもきゅと食べている。おいしいと笑顔を浮かべる姿に、つい

「かわいーな」

 それに今井は驚いたように視線を向けてきた。

 ここから去ったあと、なにをして、どうやって生きてきたのか。今井は驚くほど白い肌と、淡い栗色の髪の毛をしている。開けた窓から、冷たい潮を含んだ風が押し寄せて、撫でていく。

「人殺しでもかわいい?」

 島を一周までに、思い出して。じゃなきゃ殺す。現実からかけ離れた言葉は恥ずかしげもない十代の子どもの戯言か、ドラマのなかでしか聞かないようなものだ。

 父から譲られたポンコツのトラックを走らせて、律儀に海沿いの道を走る。

「お前、それまじか?」

「まぢだよ」

 くすっ、と今井が笑う。またみかんを口に含んだ。そのぷるんとした唇から覗く歯は白くて、凶暴な牙のようだった。

 だから必死に記憶の糸を辿る。殺されるわけにはいかない。畑の収穫、両親の老後。――そんなものが本当に汗くせして守りたいもの、なのだろうか。

 ふと考えてなんだか笑いたくなった。

 違う。そんなものじゃない。

「思い出した」

「え」


 今井は島の出である小暮と同じだった。ただ今井の場合は、島を出て、寮生活をしていると聞いてなかなかにかっこいいと思った。

 その学校で島の出は、今井と小暮しかいなかった。だから、普通科と農業科という大きな溝も、やすやすと越えてしまった。

 早い話、物珍しいという理由で普通科の子が、どういうツテだったのかは不明だが小暮のことを聞いて、今井と引き合わせたのだ。

 強引な女子だった。彼女はにこりと笑って

 ――この子も、島の子なんだよね。仲良くしてよ

 高校は、なんでもいいから、小さな接点から友人を作っていく。面白いくらい人の繋がりなんてそんなものだ。

 島から毎日朝の六時起きで通っている小暮と、島を捨てた今井とでは大きな違いはいろいろとあるが、それでも、今井ははにかみながら

 島は元気

 と、囁いてきた。

 大きくない声だ。それでも、ちゃんと人に自分の気持ちを伝えられる男だった。

 だから、元気だよ、と答えた。



「車、いないねぇ」

「そらなぁ」

 あまり対向車に合わないのに、今井が囁くように呟いた。独り言だと思うが、つい拾い上げる。父から譲られたおんぼろの車はラジオもちゃんと動いていないので沈黙しかない。それでも、ときどき潮騒の、笑い声のような音は聞こえてくる。

「自転車はいっぱい通ってる」

「サイクリングには適したところだって言われてる。金、落とせちゅーの」

「あー、橋かー。そっか、あの橋の入り口さ、自転車とかレストランとか置いてあるんだよねー、それでかー」

「または高速やな。基本的に、高速にのって、島まできて、近くに車置いて、自転車でまわってる。カップルやら、じじいやら、多いぞ。もっと金おとせちゅーの」

「お金、お金って汚い大人だねぇ」

「金は大切だろう」

 きっぱりと言い捨てる。それに今井は確かに、と答えた。

「おれも、お金なくて大変だったもん」

「今も、か」

 つい尋ねる。

「人を殺すほど、お金、ないのか」

 彼がどんな生き方をしたのはか知らない。ふわふわふとした優しげなその顔が、声が、人を殺したと告げたのに恐怖心はなく、何かあったのだろうと思わせた。

 無い袖は振れない。どうしたとしか小暮には言えない。

 自分一人が食べていくのでいっぱい、いっぱいなのだから。

「……お金はあるよ、今は」

「そうか」

「昔は、なかったけどね。まぁ……父親がろくでなしだったからね」

 今井はちょっとだけはにかんで、肩を竦めた。

「今時珍しいよね、酒に飲まれてキャンブルざんまい、奥さん、子どもを殴る、蹴るって」

「ドラマかよ」

「ほんと、それ」

 けれど、それが今井の生い立ちなのだ。

 ドラマの家なき子のような、ろくでなしの漁師の父親とパートで生計をたてる母親。その父親のことで今井が口にしたのは一つ

「まぁ、海で死ねたからいいんじゃない。人に迷惑かけずに死んだから」

 冷たい、真冬の海みたいな言葉だった。


「かーちゃんも死んだから、島を出たんだ。親父、死んだら、もう、なにもなかったし」

 なかなかに勝気な母親だったそうだが、無理に無理してお金を稼いだのがたたったそうだ。

「まぁ、母親の残してくれたお金と父親の保険、そういうのあって高校と大学ぐらいは余裕で出れるんだ」

 今井は屈託のない顔で、初対面なのに、ものすごくシビアのことを口にした。

 小暮はドン引きした。本気で引いた。

 お前、なに話してんの。ばかなのかよ。と言いたかったが、いたって真面目な顔で言われるから何も言えなかった。

 島っ子同士の交流会などと周りが囃し立てて、その日、カラオケに行くことになった。お金はあるが、時間がない。船のことも考えて一時間のみ。それで友情を深めたというと、そうでもない。ただ歌って騒いで終わっただけだ。もうこれきりだと思ったら、翌日の昼を一緒に食べようと今井はやってきた。

 お前、どこまで周りの囃し立てにのるんだよ、と口にした。

 ううん、ちがうよ、小暮のこと、俺が気になったから来たんだ。

 屈託のない、明るく、爽やかな言葉が胸にじんときた。たぶん野良猫に懐かれたような気分になったのだ。だから、まぁ、昼くらいはいいぜと口にした。

 昼を食べたら移動――農業科の授業は基本、午後からは普通科と合同校舎から数分ほど自転車を飛ばしたところにある別校舎で行われる。そのため、昼休みの一時間は食事に移動と忙しい。それを口にすると、今井はすごいね、と素直に口にした。

 土をいじるだけ、豚を見るだけ、それだけのことなのに、すごいと口にした。

「今、なにしてるの」

「盆栽の菊、作ってる。菊花展で売る奴」

「すごいね」

「どこが」

「お金もらえることにかかわるなんて、すごいよ」

「そっか」

 今井の屈託のなさは、小暮にはちょうどよかった。押しすぎなくて、引きすぎない。それに寮暮らしである今井は床で寝るので構わないなら、泊まってもいいよと口にしてくれた。船がなくなることばかり考えて一生懸命急いで帰ると腹を空かせて食べて、寝て、の生活に飽き飽きしていた小暮には嬉しい申し出だった。



「もうすぐ、島を一周するぞ」

 ハンドルを握ったまま答える。この一周を終えたら、どうしようか。どうするべきなのか。警察はいても、死にかけの爺じゃあ役に立たないしなぁ。ため息が出てくる。いつも、困りごとがあると小暮が駆り出されるのは一番若くて使い勝手がいいからだ。

「一時間と少しだね」

 島をまわるのにかかった時間を今井は優しくなぞる。それだけの時間一緒にいたのに、息苦しは変わらない。それだけ、いや、それだけしか、なのか。この場合。

 積もる話に花咲いたわけではない。嬉しいとも、悲しいともいえない。ただ時間だけ、戻ったようだ。ひどく変わってしまったのに。二人とも。

「ちっせぇからなぁ」

「そこに、小暮の全部が入ってるんだね」

「全部じゃねぇよ」

 ささやかな反論のあと、そんなこともないか、と呟いていた。

「俺は、高校出て、ずっと、ここにいたからな」

「すごいね、ずっと働いていたの」

「親父が倒れたからな。病気はそんなたいしたものじゃないけど、倒れちまったら、もう仕方ねぇだろう」

 したいこともなかったし、金もなかった。だから、――いろんな言い訳と理由をつけて、ここにいることを選んだ。本当はもっともがいたり、あがいたりもできた。けれどしなかった。面倒だったし、本当にしたいことがわからなかったのだ。それでも両親に対して感謝や恩があると思ったからだ。

 なによりも、今井のことが気になっていたのもあるのだ。

「俺は、お前が死んでると思ってた」

「え、おれが? よしてよ、ゲイは強いんだよ」

 からからと今井は笑う。

「生き汚いんだから」

「見た目、儚いのにな」

「そう。わりと見た目いいのに、蛆虫みたいに生きるねぇって言われた」

 誰だよ、それ、と言いたいが、やめておいた。

 すがすがしく今井は笑う。

「待っててくれてるのかと思った」

「は」

「小暮は、ひどいことをして平気なタイプじゃないから、さ」

 まるで、責めているような口調だったのに、小暮は口籠る。

 泊まったり、ばか話をしたり、今井は小暮にとってはいい友人だった。頼りない外見の癖してひどく男前なのだ。なにもかも吹っ切ったようなところも好ましかった。

 三年になったとき、今井は小暮を呼び出して付けた。

 好きだ、よ。

 その一言がなにもかも壊した。

 小暮は戸惑い、逃げた。そしてわざと友人たちに今井はホモだと告げて、遠ざけた。はやしたてられ、噂にされて、気持ち悪がられて孤立する今井を見ていた。本当は毎日が泣きたいような罪悪感を帯びていた。それでも一年はあっという間で。気がついたとき、今井は消えていた。小暮はなにも作れなかった。蟠りだけ抱えて島に居続けた。

 十年.短くて、長い日々は、まどろむように小暮に過去を忘れさせた。この島に居続ける意味を誤魔化してくれた。

 本当は、何もできない己がいやで――今井のことを傷つけて、この世から消させてしまった罪悪感をどこにも沈めれなかったためだったが

「そのあと、どうした」

「東京にもうなにもかもいやになって、逃げた」

 思わず車を停めた。

「なにかされたのか! お前顔だけはきれいだからな、売られたとか、売ったとか、ものすげー馬鹿なことをさらっとやって、やられちゃったりとか、ドラマみたいなことになったのか」

 真剣に見つめると、ぷっと今井が噴出した。

「ないない、それはない」

「本当か?」

「うん。本当」

 にこり、と今井は笑った。

「もっとひどいことはあった」

「まぢか」

「まぢまぢ」

 さらりと告げられて、そのまま沈む。

「死にてえ」

「なんで、そこまで気にするの」

「俺が、原因だから」

 うぬぼれと罵ってほしいのに、今井はこういうときだけは意地悪く黙っている。

「俺、お前が美人すぎて困ったよ。だって、お前見て、その、むらっときた……告白されて、ホモなんて困るって、だって、俺の家貧乏で、みかんしかなくて、それで……それで」

「小暮は普通の人だもんねぇ」

 思わず呻いた。

「普通ってなんだよ」

「小暮」

「わかんねぇ。けど、わりとだめな俺をお前は忘れなかったんだな」

「初恋だもん」

 やはり笑うように、軽やかに。腹が立つくらいに告げられた言葉はひどく重たい。

「初恋だもん」

「……そっか」

 島では小暮しかいない。若者としてがむしゃらに働いて、女との出会いもなくて、ときどき島から出てパチンコして、競馬して、合コンして、女と遊んで。けど、こんなところに来てくれる相手なんていない。朽ち果てていくしかない。それが無性に寂しく感じた。だから、刺激がほしかった。それがまさかこんなことになるなんて思わなかった。

「小暮」

「なんだよ」

「おれ、いまでも小暮、好きだよ」

「そうかよ」

「会いたかったんだ。いろんな手を使って、小暮を探して、それでここにいるって聞いて、急いできた。東京は、楽しいよ。けど、怖いこともいっぱいで、さ。疲れたから、ここまできた」

「なら、帰らずここにいればいいだろう。みかんはあるぞ」

「小暮」

「なんだよ」

「ありがとう」

 肩を掴まれて、唇が濡れた。それに小暮は黙って手を伸ばした。今井は少しだけ驚いた顔をして、嬉しそうに笑った。

 高校時代、何度も見た。少しだけふんわりとした、わたあめみたいな優しさだ。 


 昼間だが気にするものか。

路上駐車しているが気にするものか。

対向車もない、人もいない。ないないずくし。二人きりの世界だ。


 車が一周した。どんなにいやがったところで、進めば、狭い島だ。あっという間に、ゴールについてしまった。

「あ、迎え」

 フェリー乗り場に、なんだか、大勢の人がいた。もしかして、今井が捕まるかと、びびった。

「今井、逃げるか」

「え」

「逃げるか」

 前だけ見て小暮は告げる。ハンドルを握る手に力がこもる。今井は驚いたように視線を向けてくる。さっさと、決めろ、ぼけ。

「どこに」

「わかんねえけど、けど」

「小暮、ありがとう。ねぇ、言って、告白の答え」

「いま、それどころじ」

「はやく、じゃないとおれも答えない」

 じれった。

「愛してるよ」

「はい、どっきりでしたー!」

 明るい声がして小暮は動きを止めた。世界の時間という時間が止まった気がした。いや、実際、止まったと思う。

 今井が嬉しそうに笑って車から出ていくと、大人数に手をあげた。

「すいませーん、こっちでーす」

 走り出す今井を小暮は途方に暮れて見つめるしかなかった。


「俺が俳優してるって、知らないの。どんだけテレビ見てないんだよ、小暮」

「しんじらんねえ、しんじらんねぇ」

 ぶつぶつと文句を口にする小暮に今井はにこにこと笑った。俳優じゃなくて、ただの詐欺師だろう。

 大人数が警察とかじゃなくて、スタッフさん――有名人さんの故郷に突撃! などとふざけたテレビ番組だった。たっぷり島の良さと田舎ぷりを撮影された。

 親友ということで自分も出る羽目になった。いやだと拒否をしても、出るしかない。なんといってもここにいる若者は小暮だけなのだから。

 撮影が終わったあと最終の六時出のフェリーに間に合わなかったスタッフを家の大きな居間で歓迎する羽目に陥った。なんせ、ホテルがないのだから仕方がない。

大人数の客に父と母は嬉しそうに笑って、酒と御馳走を振舞った。最悪だ。

 今井はにこにこと笑って、飯を食べて、ふてくされて、庭でみかんを食べる小暮にのしかかってきた。

 庭でヤンキー座りして、上には今井を載せて小暮は吐き捨てた。

「さいあくだ」

「おれの迫真の演技にめろめろになった」

「最悪だ」

「あははは。けど、嘘だけじゃないよ」

「なにがだよ」

「……人を殺した。おれは、自分を殺した。どうしようもなくて、殺してしまった。ひどい方法で、なにもかも捨てて、新しくやりなおして、いろんなことをして、今があるんだ。おれは過去の自分を殺した」

「今井」

「けど、そんなおれを待っていてくれてありがとう。好きだって、愛してるって、バカなドラマみたいなセリフをありがとう」

 汗ばんだ体でしなだれる今井に、不本意にも欲情して股間が痛む。セックスしたくなった。今井の手はなにもかもわかっているように顎にまわった。小暮は持ち前の馬鹿さを発揮して、このあとのことなんてもうかんがえねぇよと囁いて、キスした。


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