常陸国 乱 その三十二 谷田部の戦い
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戦は午(馬)の刻に達し正午を過ぎようとしていた。
佐竹本陣
陣幕の中では諸将が集められ作戦の細かな修正と最終確認が行われていた。
八戸政栄
(反撃の仕込みは全て整った、水谷殿には悪いが正面から正々堂々戦っては勝てる道理もないのでねハメに近い戦術を使わせてもらったよ。 十年後の徳寿丸様や小貫殿なら同兵数で水谷殿と渡り合えるだろうが今は経験の差で勝負にならないから任せられないしね、後方に関しては鬼怒川の渡りは押さえてあるから問題ないここの決着がつけば対岸の兵も引くだろうからそこは軽く追撃して渡しの両岸を押さえればいい、牛久に抜ける街道では既に車の勝利と報告が入ってる筑波山から南は完全に掌握した、唯一不確定要素なのは……爺さん上手くやってくれたのかね?こっちは前半戦で騎馬隊を一度使って消耗してるから追撃時予定通り行くか不安なんだよね)
小貫頼久
「……これで準備確認は以上です。」
八戸政栄
「では、徳寿丸様号令を!」
徳寿丸
「うむ、反撃の準備は整った!常陸から結城、小田を追い出し宿願の常陸統一を果たすのだ!!」
「「「オオオオオ!!!!!」」」
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《反撃用意》の命に太鼓の調子が変わる、ドッドン、ドッドン……と少し早めの鼓動ぐらいで一定のリズムを刻んでいく、このリズムは短期的に緊張感、集中を高める効果がある。
佐竹全軍が反撃に備え集中力を高めていく。
兵士達の緊張感から張り詰めた空気が生まれ戦場を満たしていく……そして緊張状態が最高に高まった時、一時の静寂が戦場全体に訪れた。
「焙烙玉、煙幕矢、爆竹矢、放て!!」
敵左翼、右翼の端に対峙している部隊長から指示が飛ぶ、ハンマー投げの要領で焙烙玉が、物見矢倉からは鏑矢に竹筒製の煙幕と爆竹をくくりつけた特製の矢が雨あられと飛んでいく。
八戸政栄
「そんなに、火薬の量がないから煙幕は右翼左翼だけ爆竹と焙烙玉は両端のみなんだけどね。」
小貫頼久
「十分でしょう目に見えて混乱していますよ、特に鬼怒川方向の小山家は。」
「では、ここまで残していた一手を指すとしますか。」
徳寿丸
「ウム!選抜隊突撃せよ!」
政栄はあらかじめ七万人から再編成時、主に武家出身者等から武芸、体の大きい者、力自慢の者を選抜編成していた。
こういった武芸者を集めた選抜部隊は時に戦局を変えるほど強力であり戦国時代では上杉謙信、景勝が武芸者、カブキ者を集めた部隊を持っていた、前田なんちゃらとか言うあれである。
現代では歩兵の火力が大きくなりすぎて武芸者を集めた部隊など素人相手でもない限り殆ど意味を成さないのだが、戦国時代ならばたとえ百人程の部隊でも一騎当千の強者(そこまでではないと思うが)を集めた部隊は短時間の局地的戦闘では無敵である。
選抜部隊は五十人づつ二隊に別れてあらかじめ両端にあたるように膠着状態を作り上げた時に本陣から移動配置されてあり、徳寿丸の号令を受け火薬による混乱に乗じて半包囲されている敵の両端へ突撃を開始した。
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鬼怒川側 小山家下野連合
「氏朝様、敵が柵まで引き始めました。」
「よし、前線を押し上げ後方に空いた隙間から更に部隊を敵陣の背後に回りこませよ。」
「氏朝様、敵の櫓からの矢にて被害が増大しています、それに陣形が薄くなりすぎてしまいませぬか。」
「それも含めてここは押しの一手だ、櫓に取りつくまでの辛抱、ここが堪え時だ。」
(敵も簡易柵で粘りおるがあと少し、囲んでしまえば……)
ドッドン、ドッドン、ドッドン……
「ム、敵の陣太鼓の調子が変わったか、なにか仕掛けてくるのか。」
ヒューーー!!
佐竹兵が柵まで引いたその時、物見矢倉から竹筒をくくりつけた鏑矢が音を立てて飛来する。
カン!……コトッ。
鏑矢が兜に当たり地面に落ちる、
「なんだこりゃ、今頃鏑矢で……なんかついてるな。」
バン!!
「おわわわわっ!!」
落ちた鏑矢に兵士が近寄り拾い上げようと手を伸ばした時、竹筒が破裂した、竹筒が爆ぜかなりの衝撃音が辺りに響く!
更に矢倉から雨あられと次々に竹筒をくくりつけた矢が降り注ぎ辺りは爆音と煙につつまれ、混乱のさなか視界が遮られていく。
「落ち着け!こんなもの単なる虚仮脅しだ、大した……」
チュドーーーン!!
「うわー!」「おい!しっかりしろ」「痛えええぇぇ!!」
煙が充満して視界が効かなくなった所に焙烙玉が投げ込まれ炸裂する、陶器屑や鉄片が爆発の勢いでばらまかれ視界が効かない中悲鳴や叫び声がこだまし阿鼻叫喚の地獄が現出する。
「おい、手を貸せ!」「大丈夫か、しっかりしろ!」
焙烙玉の火力は殺傷力低めにしてあり、浅い切り傷や火傷で見た目は酷いが命を脅かす程の怪我にはならないよう調整されていた。
負傷者を増やせばその対応に負われて集団の戦闘力は削られ士気がガタガタになるからである。
そうして焙烙玉や煙幕により混乱し軍としての動きが完全に止まった所に選抜隊による奇襲が入った。
「突撃!同士討ちせぬよう距離をとり手当たり次第に斬りつけよ!」
武芸自慢、力自慢の者達は各々散り散りに走りながら次々と雑草を刈るかのように斬り、潰し、打ちのめしていく。
煙幕で視界の効かない中でついには同士討ちも発生し始める。
「お味方混乱!収集がつきませぬ!」「敵の横槍が入っており端から壊滅してきております!」「正面の敵が動き出しました槍を構え迫ってきます!」
矢継ぎ早に報告が入り、小山氏朝は自軍が壊滅寸前にあると知らせられる。
「まだだ!踏みとどまれ!槍を持ち反撃せよ!」
「氏朝様それは…」
「無理は承知だ!踏みとどまれば水谷殿が中央から圧をかけてくれよう、踏ん張り所だ。」
「命令だ!踏みとどまれ!」
「「ハッ!」」
普段ならこの命令は全体に行き渡り組織的な反撃体制を取れただろうが、政栄の策で足軽頭、足軽組頭クラスとみられる者や声の大きい者等を集中的に間引きされていた為、この命令は混乱状態の末端の兵には半分も届かなかった。
「お味方崩れだしました、最早もちませぬ!」「逃げ出す兵を抑えきれません!」「陣の右手側から次々と鬼怒川に突き落とされております。」
煙幕が消え始めた時には既に小山隊の右手側は壊滅しており逃げ出した兵で中央も収拾がつかぬほど混乱していた。
「氏朝様、ここは危険です急ぎ脱出しませぬと逃げ出した兵に呑まれます、お早く!」
「おのれ!……わかったここは引く!」
「人垣をこじ開けろ氏朝様を脱出させる!近習は馬に乗り護衛につけ!残りの者は時間を稼ぐのだ!」
「「「「オオオオ!!!!」」」」
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谷田川側 多功家下野連合
こちら側も端から攻撃を加えられ半壊寸前の状態であったが、物見矢倉から距離をとり指揮者の交代を行っていた為小山隊よりは多少ましと言う状況にあった。
多功秀綱
「……父上如何なされますか。」
多功房朝
「逃げるべ。」
多功長朝
「逃げるのはわかっとる、策を言わんか!」
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