常陸国 乱 その十四
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その日の土浦城の攻防は凄惨を極めた。
正門に梯子を架け三ノ丸に侵入するまでは包囲している味方からの矢の援護が有りスムーズに侵入を果たしたがそこからが本格的な戦闘の始まりだった。
「草の束を放りこみ、上に板を張れ!」
大掾貞国の指揮の下、泥沼を突破するために芝草や端板を中央に敷きつめ足場を作り二ノ丸に続く門へじわりじわりと近づいていく、矢の雨の中の作業の為門に取り付くまでに五十人以上の負傷者を出したが彼等とてただ耐えて居ただけでは無く反撃により敵に相応の出血を強いていた、半刻ほどの攻防で門に取り付くことに成功すると各所で勝ち時があがり、大掾軍の士気はウナギ上りに上がっていく。
「次は二ノ丸だ、行け!」
号令を受け取り付いた勢いのまま門に梯子を架け次々と乗り越えていく。
「また、泥沼か!だが同じ事だ!!」
門を乗り越え新たな泥沼を見たものの、まったく兵士達の士気は下がらずかえって新たな闘志を引き出し、瞬く間に後方から草束を運び積み上げていき二ノ丸の泥沼を攻略していった。
「……中々手際が良いですね、一刻で二ノ丸の泥沼を突破しましたか。」
「大掾貞国か大口叩くだけのことはあるか、だが……」
……だが問題はここからなんだよな、一ノ丸に続く門は霞ヶ浦側にあって此方からは見えない、水門の関係からか回廊が三つに別れてそれぞれに一ノ丸に続く門が有り、調べた限りではその回廊の三つとも床抜けのピット(落とし穴)になっている極悪仕様だ。
事前にピットがあると分かっていれば、橋を架けるなり穴に石を投げ込んで塞ぐなりするんだが、丸太橋を架けるなり石を投げ込んでいる間にも一ノ丸からは弓矢の雨が降るんだろうからな。
「軍師殿、我々も土浦城に入城しますか?」
返事代わりに無言で首を振った。
ピットで罠が終わりなら大掾軍に任せておけばいい、多少の犠牲者はでるが攻略は可能だろう、だが……これで終わりの訳ないよな、ピットはしょせんピット一見すれば攻略可能で必殺の武器にはなり得無いのだから。
しばらく動きが無いと言うか、此方からは本丸の影で動きが見えなかった訳だが、大掾貞国からかなりの犠牲をだしたが一ノ丸に突入したと報告が入った時、それは始まった。
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大掾軍が一ノ丸からの矢の雨の中それぞれ三つの回廊を攻略し一ノ丸に続く門にたどり着き、門を挟んでの激戦の末遂に門を乗り越え一ノ丸に突入、兵力差からすぐに一ノ丸の制圧に成功、本丸の門に兵が殺到した瞬間……
地獄の門が開いた。
本丸に続く門の下僅かに空いた隙間から大量の黒い水が流れでてきたのだ。
我々の居た陣地からは本丸の門は見えなかったが二ノ丸、三ノ丸にも黒い水が流れ出て来たのが見えた。
黒い水? なにが起こったのか一瞬理解出来なかったが、風がその臭いを運んで来たとき、全てを理解させられた。
「石油?いや原油か!いかん!逃げるんだ!!」
「軍師殿如何しました。」
「徳寿丸様火攻めです!すぐに大掾軍を撤退させてください。」
佐竹本陣から旗信号で撤退命令を迂回中継して届けたが、既に大掾軍が殺到していた本丸の門付近では鼻を突く刺激臭が充満しており兵達の足元は原油で黒く汚れていた。
「貞国様、本陣より撤退命令です!」
「何を馬鹿な、これだけ犠牲を出して後は本丸を落とすだけなのに何故今退かねばならんのだ。」
その時大掾貞国の目の前に本丸から一本の火矢が飛んできた。
原油や重油には簡単には火が着かない、火矢が飛んできたとしても原油が気化する温度に達せずに火が消えてしまうのだがその火矢には長めに布が巻きつけられ簡単には消えない様になっていた。
原油の海に落ちた火矢だが、巻きつけられた布がロウソクの芯の役目をして原油を気化させ僅かな種火を作りそこから回りの温度を上げながらゆっくりと火が広がり始める。
「お、おいこの黒い水燃えるのか。」
「まずいぞ火が広がりだした、撤退命令も出てるんだ、構わず逃ろ!!」
「急げ!撤退だ!!」
原油に浸かっていた兵士達が慌てて逃げだし始める、それを追う様にゆっくりと滑るように火が広がり兵士達を追いかけ始めた。
「逃げろ!撤退!!撤退だ!!!」
ここから命がけの鬼ごっこが始まった。
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一ノ丸の門付近から大きな火柱が上がると、一気に周りの建物に火が回り土浦城全体が燃え始める、走って逃げた大掾軍の兵士達の殆どはなんとか逃げ切り火に巻かれずにすんだのたが、一部の霞ヶ浦に飛び込んだ兵士が鎧を脱げずに溺死するという事態となった、大掾軍は半壊しながらも命カラガラ逃げだす事に成功しその中には大掾貞国の姿もあった。
「やられた、まさか最後の一手が自爆装置だとは……」
どこのマッドサイエンティストだよ泥や重油にかけてるつもりか!
「泰造、おそらく近くの井戸だ!暖かい空気が流れてきたら当たりだそこに天羽が逃げてくるだろう拘束してくれ。」
「井戸って、どれだけあるんだよ。」
「無理は承知だ奴をただ逃がす訳にはいかん、土浦城から半里以内だろう、高低差が少ない土地だから洞窟に逃げるとかは無いだろうし、煙に巻かれてしまう。枯れた古井戸も見落とすなよ手分けして当たってくれ奴を拘束でき無ければ……いや今はそれはいい掛かれ!」
「わ、分かったお前達行くぞ!」
「小貫殿聞いていましたね、既に地上にでて隠れているかもしれません手分けして一里以内の建物を虱潰しに探してください、全ての建物を壊しても構いません。」
「……近くには寺もありますよ、そこもですか?」
「床板までキッチリ剥がして下さい、要らぬ殺生は禁止ですが囲んで誰も逃がさないように。」
「……わかりました、すぐに手配します。」
「政栄よ土浦城は如何する、火は消さぬのか。」
「消火は難しいですな、あの火には水ではなく土をかけて火を消さねばなりませんから……土浦城はもはや使えませぬ燃えるに任せましょう。」
……これは負けたか、いやまだ勝ち逃げされた訳ではない拘束できたら情報操作は可能だが……撤退命令を聞かれているから誤魔化しは効かんかな、なまじ兵力が多いと鉗口令は逆効果だし。
クソ!やってくれたな天羽め。




