常陸国 乱 その十三
土浦城を囲む佐竹軍の一角、深夜の闇の中で煌煌とした篝火に照らされたコンロの上でジュウジュウとウナギの油が赤々とした炭火に滴り落ち、周囲に脂の焦げる暴力的なほど胃袋に襲いかかる馨しい香りをあたりに振りまいていた。
「ふこ、ふらでふかふたなふたなてよ。」
「あーわかったから食ってから喋れ、五人とも無事で何よりだお代わりも焼くからたっぷり食べていいぞ。」
「「殿ありがとうございます、まふ。」」
「おい!なんだよこんな夜中に美味そうな匂いをさせやがって。」
「匂いで虎がつれたか、斯忠も食うか?」
「なんだコレ魚か?どれ飯のうえに焼き魚が直に乗ってるのか下品だな。」
「まあな下品な食べものだよ嫌なら食べ無くてもいいぞ、うちの連中ならこれ全部食いつくせるからな。」
「クンクン、うーん良い匂いだどれ……」
「柔らかい!甘辛くて美味い!なんだこんな魚霞ヶ浦にいたのか?」
「ウナギだぞそれ。」
「ウナギ?味噌で煮るあれか、嘘つけこんな皮がパリっとして脂がホンワカして甘辛くて飯が美味いお代わりくれ。」
「本当にウナギなんだがな、さっき全部捌いて串を打ったから残ってないか、まあいいやまだ身は蒸し上がってないから一寸待て、その間にコッチの肝焼きも食うか?肝吸いは水が足りないからな肝焼きにしたんだ、あと縁側巻もあるぞ。」
「おう!全部くれ、ってなんで夜中に飯くってるんだ?」
「さっき土浦城から斎藤衆が帰ってきて、報告を受けたところだ、褒美にウナギが食いたいと言うんでな、ウナギが無いと言ったら、忍び込む前に霞ヶ浦に仕掛けを沈めておいて調達してきたって言うからな三十匹もだぞお陰で腕がパンパンだ。」
「本当にウナギなのかよ?あの骨っぽい奴がこんなのになるのか、って軍師殿が捌いたのか。」
「回りに偉い人がいないときは政栄でいいぞ、俺は生まれは武家だが忍び頭の家に預けられて育ったからなある程度自由にさせて貰っている料理もその一つだ、そういえばお前は城が落ちた後三年ほど農家に匿われてたんだろ時々地がでてるぞ気をつけろよ。」
「おう、生まれは良いとこだったらしいが迎えがくるまで完全に村に溶け込んでたからな、車城の御曹子とか言われてもな。」
「応仁の乱以降、まあ関東でも公方の争いが長引いたからな。御落胤とかその辺の村々にたくさんいるらしいぞ。」
「違いねえ、俺の出自も怪しいもんだからな、俺の親父はまだ生きてるらしいが会ったことないし家を潰されて岩城家じゃあ立場が無いとは聞いている、俺も農家からすぐ佐竹家の小姓だからな、とはいえ佐竹家に拾われなかったら弟と一緒にいまでも農民だな。」
「ガキのくせにそんなにデカイ農民がいるか、一目で武家の家系だとわかるだろ。」
「まあ猪とか捕って喰ってたからな、その体のお陰で拾われたんだ体に感謝だなカッカッカ。」
コイツも仙石久秀みたいに失敗がデカイ為全く評価されない武将だが、前線指揮官としては損害を省みない(ダメじゃん)猛攻で敵に喰い付いたら離れない虎とよばれる猛将になるんだよな。正直前線で粘り強い奴とかうらやましい。佐竹家は見る目があるぜ農家からコイツを拾って次期当主の小姓に据えるんだからな。馬鹿だけど。あとうるさい。
◆◆◆
「んで、どうよ土浦城は落とせそうか。」
「そうだな、焦がし麦茶だ飲むか?土浦城はかなり面倒だな今準備なしに無理に攻めれば損害が増すだけだ、封鎖して後回しにしておく、今は霞ヶ浦の水路の確保に動くべきと朝の軍議で言うつもりだ。」
「飲む飲む、俺は手柄が立てられればどっちでもいい、早めに戦場に出れたんだ活躍して旧臣を集める野望をな。」
「徳寿丸様の直衛だからな、戦場で手柄って既に殺ってるか。」
「雑兵じゃなくて手柄首が欲しいんだがな、なんとかしてくれ。」
「徳寿丸様の直衛はもう前線にでない感じで終戦まで持っていくつもりだから出番はないぞ、だが周囲に気を付けろよ檄文で合流した兵は完全には信用できんのだし、佐竹家の直参兵は二千といないんだからな。」
「わかってるさ、俺は手柄を立ててのし上がるんだ。」
うん、わかってないようだね!
◆◆◆
「土浦城は攻めるにあまりにも固く、小田氏治も他の城に移っているもよう、入口を塞ぎ守備兵を置き封鎖するべきと考えます。」
「そうか、それならば……」
「お待ち下さい、私共は参加してから一度も出番がありません、是非とも土浦城攻略をお任せ下さいますよう。」
(小貫殿、誰あれ?)
(大掾家の一族ですな五千程で参加してますし無碍にもできません。)
「軍師殿どうする、任せてみるか。」
兵力五千の発言力か……ちっ、しょうが無いか。
「……土浦城は中に二千人ほどで籠城しており、守将は天羽源鉄斎、老将で智者であると評判です。後ここに昨日調べた城図の写しがありますので攻める参考にして貰えればありがたく、全てお任せしましょう。」
「おおでは早速、徳寿丸様我らの活躍ぶりを督戦していただきますようお願いします。」
ふん督戦とかおべっか使いやがって、そんなに目立ちたいなら存分にやれ、俺は知らん。
◆◆◆
「いいのかあの地図、縦穴書いて無いだろ。」
「一ノ丸の門の前に落とし穴とか、設計者は三国志マニアだな悪党め。」
「黙ってるのね、タチ悪いな。」
「完璧な城図などあるはずないでしよあくまで参考資料さ。」
「まあ、俺らは褒美もらったから別にいいけど。」
「わかってるってお前達の仕事は評価してる、大掾家が攻めたいなら止めるだけ無駄さ、彼処も分裂してるけどその勢力は中々なモノだからな無理して対立する必要はない……せいぜい痛い目にあえばいいんだ。」
……怒ってるじゃないか、作戦にケチつけられたからかな。
「別に怒っていない!損害がでるが後々やりやすくなるからだ!」
……なんだ、自分に怒ってたのか。
「読心を覚えたのか?やるなあ。」
「なんとなくだ、うむこんな感じか覚えておこう。」
……うん覚えてないね。
しかし、凄い設計だな、西洋の城によくある水路と中華系によくある通路割の落とし穴の設置、日本の天然泥田の罠とか趣味全開じゃねえか、一日では分からなかったけどたぶん本丸から霞ヶ浦に脱出路も存在するだろ、攻めても天羽の首は手に入らないだろうな。




