常陸国 乱 その八
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佐竹軍は檄文を発してから半日とおかず出陣し神速と言える行軍で小田領に侵攻し夜襲にて街道沿いの諸城を次々と落とし明け方には敵の本城小田城に迫った、挑発文を受けて迎撃にでた小田氏治を小田城手前の街道で撃破し、佐竹軍は出陣から二日程で小田城付近を勢力下に置くことに成功していた。
そう、ここまでは予定通り侵攻していたのだが。
「予想以上に味方が多いんじゃー。」
補給路の整備が始まったばかりにも関わらず、次々と入城してくる味方が増えていき既に小田城内には入りきれずパンクしていた。
「どいつもこいつも、食料を持たずに参戦してきやがって、こちとら無料の炊き出しなんてやってねえっーの。」
「……軍師殿、そんな事を申されても、こちらは檄文をだして誘った身、追い返す訳にもいきますまい。」
こいつは算術ができるので徳寿丸様からドナドナしてきた小貫君、主に水と燃料の調達をやらしているこの人数で近くの村とかに買い出しとか里山を勝手に荒らされると大変なことになるからね。
「食料、水、燃料、何もかもが足りん、太田城から食料が送られてきているが、備蓄もふくめて一週間と保たーん。」
「ではどう解決なさるおつもりですか?」
「速攻で土浦城とその周辺を落とすしかあるまい、んで霞ヶ浦に通じる水路を確保する。」
「……まあそれしかありませんか。」
戦場の外で戦を勝利に導くのが軍師というものだが、味方の数が増えすぎて戦う前に敗北寸前であった。
小田城 大広間
「と言う訳で、このままモタモタしていたら自滅してしまうので速攻で土浦、筑波、牛久を攻め落とし水路を確保、補給路を確保します。」
軍を維持する為の補給路を確保する為の戦となり既に戦争の目的と手段が入れ替わってしまっていた。正に泥縄である。
予想より味方が増えた原因は二倍の敵を撃破したと宣伝したことだろうか、だとしたらなんか悪いサイクルに嵌まっていってる気がするんだが……
「霞ヶ浦につながる水路を使い食料の輸送をおこなうのだな。」
「そうです、城を落とす必要性はありませんが、水路を確保するため邪魔物は排除していきます。」
上手くいけば、塚原の爺さんに頼んでいた事が役に立つかもしれない霞ヶ浦を根城にしている皆さんの協力はできればあった方が良いからな。
「して、策はあるのか?」
「味方の数が(補給が追いつかないほど)多いので位攻めを行い、降伏勧告を行い開城を狙って侵攻していきます。」
決して食料や軍事物資が足りないからではありませんよ。
「位攻め?」
「十数倍の兵で包囲し戦わず降伏を狙う戦術です。」
攻め落とすより行軍速度も速いし土地も荒れないしね、接収してすぐに統治がはじまるから後始末はえらい大変だが……アレ?おかしいな俺の負担だけが増加していっているような?
「それは、楽で良いのう我らは何もしなくて良いのか?」
「流石に小田氏治の逃げ込んだ土浦城とその支城は開城しますまい、皆様の出番はその時までお待ちいただく事になりそうです。」
脳筋共はヒマだとロクな事をしないからな、急いで侵攻するとしよう。
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小田城 座敷牢
「敗軍の将の私になんの用だ、寝返りはせんぞ。」
「菅谷政貞殿ですね、寝返りを勧めにきたのではありませんよ。」
「ならばなんの用だ。」
「取引しませんか?」
「取引だと?」
「小田郡の統治に関してです、住民に表向きで良いので従ってくれるよう説得してくれませんか?」
「表向き?どう言う事だ!」
「住民が小田家の統治に不満を持っておりませんからね、新しい統治者を受け入れさせるには、年貢を下げるとかしなければならないかと考えていたんですが、周辺の地域やこれからの常陸の統治をかんがえると小田郡だけを特別扱いする事はいろいろと将来的に火種を抱える事になりますからね。」
「それで……」
「それでですね、菅谷殿の一族で統治の手伝いというか、佐竹家の代官をして欲しいんですがね。」
「……本気か?」
「協力してくれれば菅谷家の所領はそのままで、小田郡の代官をして貰うことになりますね。」
「小田家は、氏治殿はどうなる。」
「戦で戦死さえしなければ常陸を追放、おそらくは他家に居候となりますかな、仕送りもあると生活も楽でしょうな。」
「どういうつもりだ、反乱の芽を蒔く積もりか。」
「表立つて反抗されるより大人しく統治されてる方が周りとの軋轢も生みませんしね、いま一揆などを起こされて鎮圧で村を焼くとかになれば折角作った“佐竹家で常陸を一つに纏めよう”の空気が台無しですからね。とは言っても勿論監視の目はありますからね仕送り位は見逃すように取り計らう予定ですがね。」
「………」
「悪い話ではないと思いますよ、とりあえず今回の騒動が終わるまでに答えを聞かせて下さいね。」
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「本当に良いんですか?あんな好条件でもう少し厳しくしてあげた方が彼等にとっても逆に安心なんですがね。」
「反乱の芽の有る領など誰も欲しがらんからな小田家の元家臣に監視付きで統治をさせる案を出したのは御主だぞ。」
まあ、朝倉が統治していた越前とか武田が統治していた甲斐とか次の為政者に素直に従わなかった結果は歴史の知るとおり、善政をしていた所を滅ぼす時は気を付けないと何代も祟るからね。
河尻秀隆の一揆の一件は教訓にしておかんとね。
個人的な楽しみ?勿論はいってますとも。
「そうですね小田領……小田城付近は特にしばらくの間は佐竹家では治められないでしょうからね、ですが徳寿丸様寛容と甘さは違いますから気を付けないといけませんよ。」
「御主がそれを言うか贔屓目に見ても甘いのは御主の方だぞ。」
「そ、そうですか?そうかなあ?まあ気を付けるとしましょう。」
俺ってそんなに甘いかな?結構厳しくしてるつもりなんだが。
「あ、そうでした私も小姓と同じ様に呼び捨てで良いですよ、殿や様づけをされて格上に呼ばせるのは一寸違和感がありましたから。」
「それは、礼儀的に如何なんだ、まあ御主がいいなら正式な場以外では政栄と呼ぶことにしよう。」
「それでお願いします、徳寿丸様。」
「わかった、改めて宜しく頼むぞ政栄。」
宜しくか、息子の名前が出てきたな、特に意味はないんだが。




