常陸国 乱 その七
常陸国 小田城
「徳寿丸様に直接会って労って貰えるとは、誠にありがたく感激です。」
「此方こそ檄文に応えてくれて感謝している、この恩には必ず報いる故今は弱輩のこの身を支えて欲しい。」
「ハッ、ハハァー」
ほいほい、って来るんなら食料位持って来いよ、無料弁当付きのピクニックじゃねーんだよ。ハー……予想はしてたけど予想以上だよ脳筋共め街道整備と食料や物資の輸送計画を練り直さないとな、追い返す訳にもいかんから面倒くさいな。
◆◆◆
「軍師殿。」
「南部家と違って輸送用の大型馬車が無いからな北部で商人から食料を買ってもな、早めに常陸南部を押さえて水路を利用したいなぁ……」
「軍師殿!」
「ん?ああ、小貫殿かどうした、休息はキチンと取らないと疲労が蓄積してイザって時動けないぞ。」
「少しお聞きしたいことがありまして。」
「ん?片手間でいいのか?今輸送計画の練り直しで忙しいんだが。」
「今日の戦いの事での質問です、理解出来ない事が少しありまして。」
「んーなにかな?答えられる事なら答えるよ。」
「では、千の弱兵で二千の強兵に挑み勝ったカラクリを知りたいのですが。」
「オイオイ弱兵って、んーそうだなあまあ教えても良いんだが、他の戦いでは応用が利きにくいよ、見たまま真似すれば害にしかならないし。」
「何かの戦術の奥義なのですか?」
「いや違う違う、簡単な算術の積み重ねと短期決戦用に損害を無視した用兵をしただけだよ。」
短期決戦用の用兵だからなー損耗率も高いし一般的な用兵ではやらない悪手なんだが、裏技的なやり方で昔から非道兵法として存在するのよね。
「教えていただけますか。」
「伍と惨って知ってる?」
「伍は小隊などの一番小さな単位ですね、惨は知りません初めて聞きました。」
「伍は基本守り三人攻め一人指揮官一人で構成して基本一人か二人を相手にする訳だが惨は囮一人守り一人攻めと指揮官を一人で行うのね。」
「囮ですか。」
「そう、敵を釣るっていうか隙を見せて襲わせる役ね。勿論囮役にお前は囮だから隙をみせて殺られろとは言わないけどね、何となく分かるのよね命掛けだから。」
「あの戦場でそんなことが。」
「三列に隊列を組むんだがキモは戦場指揮官が多い事だな、しかも自身が攻撃しながらだから前方しか見なくていい陣形にしないといけない、見る範囲が広がるほど陣形が崩れるのも早い」
殷周時代太公望の陣形戦術が出てきた後は廃れたんだよね。広範囲に対応できる伍のほうが陣形戦術の関節に使い易いしね。
惨は殷以前の古代中国の戦法で攻撃力も高いが損耗率もハンパないからなあ、元々奴隷制度がある所の命の軽い最悪の戦法だからなあ。今回はそれを陣形戦術に組み込んで一戦のみの短期決戦向けにアレンジした損害無視の戦術だしね。
「最初に組んだ隊列がそれですか。」
「そう、百二十五人づつ八隊前列が囮、二列目が守り役、三列目以後が攻撃役と指揮官ね、本来の惨戦法との変更点は囮役に腕前の立つ奴を志願させて粘るように命令したこと位かな。守り役は所詮数合わせの素人、少数同士の戦いだから、攻撃役が先に三人仕留めたら今回の戦闘は終わってるからね。」
「……それだと千人しか倒せ無いのでは。」
「おっ流石に計算が早いね、そのための挟み込みさ、左右から攻めれば敵の数的有利を解消する頃には囮役は要らないからね、最初の地獄を凌げばなんとかなるように陣形を考えてたしね。」
「隘路に陣形を折ったのはその為ですか。」
「そう、敵さんはこの辺りの地形を把握しているからね、隘路詰まりに追い詰めてるつもりで包囲されちゃうくの字折りって不思議な陣形だよね、包囲すれば敵は真ん中に遊兵を作っちゃうし此方は前方だけ見て戦闘してれば良いしね。」
「折る所を二重に隊列を組んだのも。」
「あそこが要だからね、実際は一部隊がすり抜けて来ちゃったけどね惨を使うとどうしてもああいう動きの激しい関節部分がぎこちなくなるからね。」
「……」
「納得した?それとも失望させたかな。」
「生き残りは六百人以下、朝千人いた軍が四百人以上の死傷者ですか。」
耳が痛いね損耗率四十パーセント越え、壊滅状態ですな。
「失望させちゃったみたいだね、まあ俺の用兵の限界なんてそんなものなのさ、魔法使いじゃ無いからね俺は。」
矛盾しているなあ、勝たなくても一戦して引いてもいい戦いなのに絶対勝てる損耗率を無視した戦術を選択するんだからね。
「いえ失望したわけではありません、それ以外の方法で一戦してもどうなっていたか、私は朝壊滅寸前で逃げることになると思ってましたから、軍師殿の策は正しかったと考えます。」
「……今回の戦いの目的はなんだったと思う?」
「……徳寿丸様の名声を高める為勇敢に戦った……ですか。」
「……戦略戦術的には無意味な戦闘だったのよ、負けて逃げてもそれはそれで良しのね。」
「名誉をかけた戦いです、軍師殿も必要と割り切っていたのでしょう。」
「割り切っていても辛いものなのよ、人の命を名声に変えているようでね。」
「………」
「いや、悪かった最後に愚痴を聞かせちゃって。」
「いえ、疑問が解けてまあその納得しました。」
「じゃあ俺は仕事に戻るから、しっかり休めよ再編して土浦周辺でもう一、二戦あるからな。」
「わかりました失礼します。」
◆◆◆
「……と言うことでした、徳寿丸様。」
「………そうか、報告ごくろう。」
しかし甘い男だな兵士の犠牲など兵家の常だろうに、危険視していた分気が抜けてしまったわ。
勝とうが負けようが、既に全体の勝敗は決しているか……檄文から始まり夜襲で全て終わっていたとはな。
初陣で二倍の兵を粉砕するか……




