せんぱい、本気っす
「せんぱぁい、カーラさんとこには今度いつ行くんすかぁ?」
官舎にある曹長の個室には、居るべきはずでない一等兵の姿があった。
薄いガラスから差し込む朝日で、流れる金髪は白く透き通って見える。
「お前……、昨日の今日だろうが。まぁでも、あの子供の容体も気になるしな……」
でしょでしょと目を輝かせるフェイ。
「明日の夕刻にするか……」
今日は王都周辺の警備をしなければならない。
この国――シュタイラは遥か昔から戦争とともに歩んできた。国なんてものはどこでもそうだろうが、統治能力のない王と荒れた広大な国土は民を不幸にするだけだ。
それでも王都内で比較的安全が保障されるのは、王が絶対的存在だから。
男たちが武術を磨き王宮に仕えたがるのは、自らとその家族のためであり、決して正義を込めた剣を振り回したいからではない。そんな奴は日々繰り広げられる領土争いの最前線にでも立っていればいいのだ。
「せんぱーい? なに難しい顔してるんすかぁ? 怖い顔がますます怖いっすよ」
覗き込んできたフェイの顔はやたら血色がいい。
肌ツヤもいいな……。しかもいつも色々と臭いはずのこいつから、香水の匂いまでする。……いや、やはり臭いな。どんだけ吹きかけたんだこいつは。
「……お前、臭いぞ」
「うふふ、いい香りの間違いでしょ。せんぱいも付けてみたらどうっすか? モテるかもしれないすよ!」
「お前、まさか」
「オレは本気っすよ。昨日一晩考えてこれは本気だと悟ったっす」
一晩……。
開いた口がふさがらない。だがこれだけは再度言っておかなければ。
「何度も言うが、あいつは見た目は七歳の子供、中身は八十歳のババァだぞ!」
フェイの白い眉間にわずかに皺が寄る。
「せんぱい……せんぱいはカーラさんといつから知り合いか知りませんけど、気づいてないんすか?」
「なにがだ?」
「あの人……」
「なんだ?」
「……やっぱいいっす」
「はぁ?」
「それよりせんぱい、さっきはなんで怖い顔してたんすか? 考え事っすか?」
「よく分からん奴め。オレはお前と違っていつも色々と考えなければいけないことが多いんだ。一等兵のお前がなぜこうも簡単に下士官の官舎に入って、曹長である俺の部屋にいるかもまた悩みの一つになった」