せんぱい、泣きそうっす
肩までかかる真っ直ぐな亜麻色の髪と滑らかで白い肌を持った幼女は、むくれた表情で立ちあがった。つり上がった太めの眉は彼女の気の強さを主張している。つるりとした広いその額に、赤い宝玉のついた飾りがちらりと揺れた。
「……いかにも。だがおぬしら、年寄りを指差すでない。ホマンよ、そっちの若僧に紹介をと言いたいところじゃが、どうやら急がねばならんようじゃな」
入口で石化しているフェイを放置して、俺はカーラの前まで進む。そして立膝をついて屈むと、腕の中の男の子をそっと見せた。
「あぁ。完全に未変態だが意識がない。助かりそうか?」
そう言いながらカーラの顔を覗きこむ。彼女の長い睫毛が一度上下したせいだろうか、空気が動いたように感じた。
「分からぬな……。わしの専門は占術じゃ。こればかりはその子の精神力を信じるしかなかろう。今のわしらにできることは必死で世話をするくらいじゃ。とにかくそこに寝かせよ。それから湯で体を拭くのを手伝え」
「わかった。おい、フェイ! 裏から薪を取ってくるぞ。突っ立ってないで手伝え」
「……はい、先輩」
一本一本が小さく割られた薪はよく乾燥していた。
あの幼い体で薪割りをするのは相当大変だろうなと、ごつごつした木の皮を指でなぞっているとフェイがおずおずと口を開いた。
「……せんぱい、一体何がどうなってこなってるんすか……?」
「カーラのことか」
「はい」
「あいつは今日助けた子供と同じだ。今から七十年位前に奇跡的にクモの腹から助けられたそうだ。だがな、そのせいで体の成長が止まった。今日の子供もそうなるかもしれん。断言はできんが」
「そんなことが……まさか」
「体は幼いままでも心は歳を重ねる。その辛さはあいつにしか分からんだろうな」
樹皮の逆立った薪が、手の水分を奪っていく。
「……ひどい話っすね。オレ、カーラさん見た時、なんというか、こう、背中がぞわってしました」
「……は?」
「せんぱい、オレ……オレ……、なんか新しい扉開きそうっす……!」
「……フェイ、その扉は今すぐ閉めろ。そして鍵をかけるんだ。頑丈にな」
眠る男児の額をカーラがやさしくなでる。
その光景はまるで仲の良い姉弟のようだった。
「皮肉なもんじゃな……」
視線を落としたカーラがぼそりと呟いた。
「もう何十年もこの体と付き合ってきたが、今になって初めて現実を突き付けられた気分じゃ」
「……もう一体は手遅れだった」
沸かした湯でカーラが淹れてくれた薬草茶を一口すする。苦くもあり甘くもあるその味は、いつ飲んでも不思議な気持ちになったが、今日は少しだけ苦く感じた。
「そうか。クモとなって人間に殺されるか、人間として死ぬか、はたまた首を絞められながらも生き続けるか……どれも残酷じゃ。この子は命を燃やして戦っておる。わしもそうじゃった」
「カーラ……。おい、フェイ、泣くんじゃない」
「戦争で家も家族も全て失ったじゃろう。死んだ方がマシと考えるのはごく自然なこと。クモとなって生きるのも楽かもしれん」
「なんてこと言うんだよ」
「ホマン、フェイとやらもこれだけは忘れてくれるな。あのおぞましいクモもおぬしらと同じ人間の血が流れておる。……ホマン、そう難しい顔をするな。おぬしらのしていることは間違ってはおらんよ。仕事じゃしな。だが殺すことが当然と思った時、おぬしらは人間ではなくなる」
「……」
手の甲に付着した返り血は赤黒く変色し、固まっていた。