青闇ノ、カーラ
「星、きれいっすね」
天井の破れた布の間から、皮肉な程に美しい夜空が顔を覗かせている。いつの間にか太陽がその役目を終え、無数に瞬く星たちが月のない今宵を彩っていた。
ーーーー宇宙に浮かぶシュタイラの眼よ
ふと、カーラの呪文がどこからか聞こえた気がして思わず剣の柄に巻き付いている額飾りに視線を流すと、青闇の中で薄ぼんやり揺らめく赤い光がそこにはあった。
『なんじゃ? 辛気臭い顔をしとるのぉ。おぬし名は? ほーぉ……ホマン・エヴァット、か。名は立派じゃのぅ、うひひ』
……あ? これはいつの記憶だ? あぁ、初めてカーラの家を訪ねた時のだな。なんでまたこんな……。
『おぬし、占いなど胡散臭いと思っとるじゃろ? 実はわしもそうでな。ふはは、驚いたか? じゃがな、星はこの国の人間をまだ見捨ててはおらんようでな』
あー、懐かしいな……。この後、勝手に動く小石や風もないのに揺れ踊る炎に驚かされっぱなしだったんだよな。まあその前に、見た目と年齢にまず驚いたんだがな。しっかしカーラめ、この時からちっとも変わってない……な。
『ホマン、見えんのじゃよ……わしは』
ん? これはいつの時だ? なんの話だったかな……? 見えない? 一体何が。
『わしはな、他人はいくらでも導ける。じゃが自分だけは導けんのじゃ……』
フン、何言ってんだカーラ。お前はお前のままでいいだろうが。自分の未来まで見えたらつまらないだろ? 今までみたいにこれからも過ごしていけばーーーー
『怖いんじゃよ』
……なんだって?
『怖いんじゃ……わしは。なぁホマン、わしはこれからどうなるんじゃろう? この肉体はな、老いを忘れた七つのままじゃ。なぁ、わしに死はやってくるんじゃろうか? ほかの人間と同じように平等にやってくるんじゃろうか?』
なんだ? どうしたんだよ。いいじゃないか、ずっとこのまま長生きすれば。もっとずっと先の未来までお前は見渡すことができるかもしれないんだぞ。
『おぬしはそれを本気で言っておるのか……? わしはな、普通の人間の平凡な一生を送りたかった。ただそれだけなんじゃ』
カーラ……。
『生きたくても生きられない者がこの国にはたくさん居るのに、贅沢なのかもな。じゃがな、このまま死へと向かえないのならばわしは自分でーーーー』
お……い! バカなこと言うなよ。
『バカなこと? そうじゃろうか? このまま命が尽きなければ、わしは嫌になるほど数多の死を見届けねばならんのじゃ。もちろんおぬしのもな。そんなのは耐えられないんじゃ……辛いんじゃよ。自分だけ世界から置いてけぼりにされる。そう考えた時、恐怖に飲み込まれてしまうんじゃ』
……。
『……ホマン?』
なぁカーラ、お前、あの時俺に言ったよな? "目を背けたくなるような事がこれからどれ程降りかかっても、おぬしは多くの者を守り、救い、多くの者に守られ、救われる。だから兵士であれ。おぬしはおぬしの心に仕える兵士であれ。見失いそうになったらわしが導いてやる。"ってな。
『はて……そんなこと言ったかの?』
お、覚えてないのかよ。とにかくな、人間なんてもんは自分で自分が踏み固めた道を歩いてるつもりでいて、実の所、その道は自分以外の色んな人間の足跡で出来てるもんなんだよ。少なくとも俺の道にはお前の足跡がしっかりとついてる。だったらお前の道にも俺が足跡をつけてやるよ。俺がお前を導いてやる。
たとえ俺が死んでも、また別の誰かがお前の道を作ってくれるはずだ。
『……ホ……マン……』
いいか、世界はお前を置いてけぼりになんてしない。俺はお前を置いてけぼりになんてしない。だからお前も俺を置いていかないでくれ。頼む。
『……』
カーラ? おい、聞いてるのか? なあーーーー




