せんぱい、早く!
湿った枝を踏んだ時のような骨の砕ける音とともに、その小さな体からは想像もつかない量の血が大きな血溜りを作ってゆく。赤みが差していた頬や唇からは次第に色が抜け、今の今まで生きていた小さな命はその幕を閉じた。他でもない、俺の手によって。
変態が進んでいた方がマシだな。
人間の原型を留めないくらいまで変態してくれていた方がまだいい。顔なんて特にそうだ。今回みたいにほぼ人間寄りだったり、顔の半分が毛に覆われた緑色の複眼に変態しかけている状態は最も気分が悪い。いっそのことおぞましいクモの姿になっていた方が……。
罪悪感から少しでも逃れるためだけの都合のいい考えでしかないことくらい、分かってはいるが。
「……クソ」
顔にまで飛んだ返り血を手の甲で拭っていると、フェイの高い声が降ってきた。
「せんぱーい! 一大事っす!」
「何事だ」
どうせまた泣き言かと思いきや、
「ほやほやっす!」
と弾むような声。
顔を拭う手を止め、フェイに駆け寄る。
「せんぱい! 今、剣差し込んだら超やわらかいっす! これほやほやっす、たぶん!」
喜ぶ乙女のようにピョンピョンと飛び跳ねる、ガタイのいい二十歳の男に俺はがっくりとうなだれた。
「まだ腹を開いてなかったのか……」
「えー、だってぇー、怖いじゃないっすかぁ。腹を開くのはせんぱいの仕事っす」
「……お前、いつから上司に仕事を割り当てる権利ができたんだ。大体そんなんだからいつまで経っても――――」
「はいはい、分かりましたから早く早く! あっ!」
「今度はなんだ」
「なんかオレ、おな、おなか痛いっす! ちょっと失礼するっす!」
「……は?」