せんぱい、うぅ・・・
コガリオオグモはその名の通り、人間の子供を狩る。
それは食うためではない。育てるためだ。生殖器官を持たない彼らは、腹の中で人間の子供を自らと同じ姿に作り変える。
黒い体毛と血のように赤い背をしたおぞましい化物はそうして鼠算式に数を増やしていく。
いつ、どこで、どうしてこんなものが生まれたのかは誰にも分からない。それは卵が先か鶏が先かを机上で延々と論議するようなものだ。
争いが激化し、戦火から逃れようと森に入った子供たちが犠牲となった。
今日のはなかなかキツイな……。
五才くらいの男の子。そうと分かるのはまだ人間の形を留めいているせいだ。それでも手遅れと判断したのは、もうすでに粘膜の癒着が進行し、クモの細胞に侵されつつあるから。
現に、短剣の柄を男の子の脇腹に差し込むと真っ赤な筋状の繊維が破れた皮膚の奥まで入り込んでいた。それはぬらぬらと光る内臓や細く幼いろっ骨に幾重にも絡み付いている。
よく見ると、両腕で抱え込む形で折り畳まれた両足の先は黒く長い毛が生えはじめている。かなり変態が進行している証拠だ。
乾いた唇の端をぐっと噛む。男の子の下から柄を引き抜き、横向きの上半身を力加減しながら仰向きにさせた。が、それでもやわらかい皮膚の一部がめりりと剥がれてしまった。湿った、嫌な音だ。
今にも泣き出しそうなフェイの視線を手元に感じるがそれもいつものこと。
俺は立て膝をつき、小さく上下する男の子の左胸に短剣の先をあてがった。
脇を冷たい風がひとつ通り抜ける。それは向こうの木々を揺らしたが、ざわめきまでは鼓膜に届かなかった。
「俺を恨んでくれ」
ぼそりと呟くと、短剣に思い切り体重をかけた。




