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男は美人に弱いのぅ!

 ばっと振り返ったフェイがうっと声を漏らす。


 そこには黒いドレスを身に纏った女が一人、細い腕を組んで立っていた。


 女の必要以上に開いた胸元は窮屈そうなのに対し、腰の部分は生地が余るのかそれを隠すために薄紫色の布が巻きつけられ、横で軽く結ばれている。


 青白い肌を一層強調してしまう深紅の唇は、酒場の灯を受けててらてらと濡れ光りながら微笑んでいる。


「うううううつくしいーー!! ぜひ! ぜひあなた様のお宿に泊まらせてください!」


 頬を真っ赤に染めたフェイが大声を上げて万歳した。


 こいつ、根っからの女好きなだけだったのか。


「ふふ。かわいい坊やね。褒め言葉としては悪くないわ。そちらの怖い顔をしたお兄さんはどうかしら?」


 切れ長だが決して小さくはない目が誘うようにこちらを見つめてくる。長い睫毛は白い肌に黒い影を落とし込み、女をより妖艶に見せてしまう。


「……怪しい宿じゃないだろうな?」


 そう言った途端、よく手入れされた女の細い眉が少しだけつり上がったのが見て取れた。


「それは私を侮辱してるのかしら? だとしたらあなたはあまり褒め上手ではないようね」


 はぁ、と盛大なため息でもついてやりたい気分。この手の女は扱いが面倒で苦手なんだ。だが40ルラは、安い。


「そりゃどうも。値段は気に入ったぜ」


 仕方がない、下手にでるとしよう。

 フェイがハラハラした様子でこっちを見てくるのも気になり始めたところだ。


「まぁいいわ。だったらウチの宿を見てから決めてちょうだい」


 俺の言葉を聞き流しながら女は歌うようにそう言うと、ついて来てと言わんばかりに歩き出した。

 長いドレスの裾から覗く華奢な足が、音も立てず地面を這うように進む。



「せんぱいのバカ! あんな美人、滅多にお目にかかれないっすよ。この際怪しい宿でもいいじゃないすか」


 すぐ横でフェイが小声でまくしたてる。

 さっきまで安いと云々言っていた奴はどこのどいつだ。


「ここの連中はすぐ信用するわけにいかないこと位、知ってるだろ?」


 ましてや呼び込みにああいう女を使う宿はろくな所じゃない場合が多い。


 どうせ下品で安っぽい宿なんだろうと女の後について角を曲がったそこには、白い壁が印象的な木造の建物がひっそりと佇んでいた。


 宿と言うよりやや大きめの屋敷といった雰囲気で、繊細な装飾が施された入口のランプは、支配人の趣味の良さを物語っている。


「……」


「せんぱーい、怪しい宿はどこっすかねぇ?」


「うるさいな、中を見てみないとまだ分からないぞ」


 それに朝、宿を出る時にぼったくられ――――


「代金は前払いよ。朝は鍵を置いてそのまま出て行ってもらって結構。ふふ」


 無造作に結い上げられた黒髪の後れ毛を指でくるくると弄びながら、女が言った。

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