せんぱいもどうっす?
埃っぽさとわずかなカビの臭いに包まれた書庫は、キンと冷えた空気が張り詰めていた。
蝋燭で辺りをすぅと照らしてみる。
広い――――。
連なる本棚はまるで巨大な迷路を思わせるようにその先が闇に溶け込んでいて、天井ははるか頭上だ。
「二階分をくり抜いていたのか。フェイ、お前は扉の外で見張っててくれ」
嫌がるフェイを強引に外へ押し出すと、すぐ手前の本棚へと近づく。
伸ばした指がわずかに震えてしまうのは、王室に対する後ろめたさのせいか、はたまた膨れ上がってくる好奇心のせいなのか。
手に取った本は茶褐色の表紙をしていて、ベルベットのようにしっとりと手触りがいい。
「シュタイラの植生……か。あのババァが欲しがりそうだな」
ここ最近、カーラは薬草茶にこだわっている。森から色々な植物を採ってきてはそれを乾燥させ、茶葉にして飲むのだが、この本があればわけの分からない草の茶を飲まされて何時間も便所にこもる羽目になることもなくなりそうだ。必要なのは俺かもしれないな。
分厚くて重いそれを元に戻すと、もう一段上の棚から青い表紙の本を取った。
「リューナとの交易……」
隣国リューナ。海を隔てた先の謎に包まれた小国だ。この国で採れるトゥル石という鉱石はシュタイラでも人気の装飾品だが、それ以外の目立つ交易品はない。つまり国交は良好とは言えず、互いに固く門を閉ざしてもう何十年も経つ。
この閉鎖的な性質こそが、物資不足で争いの絶えないシュタイラを作ってるんだがな……。
フンと自嘲気味に笑ってみる。
「せんぱーい、本見てなにいやらしく笑ってるんすかぁ」
「お……前! 外で見張ってろって言っただろうが!」
フェイは胸の前で両手を組むと肩をすぼめた。
「だってぇ、怖いっすもん。なんかいたっす! 青い目で尻尾の長いやつ! あれ絶対おばけっすよぉ」
「あれはネズミだろうが」
金がある家で育つとネズミも見たことないのか。フェイは割と名の知れた家の出だ。そんな所の坊ちゃんがなんでまた兵士に志願したんだか。
「とにかく、暗い所にひとりは嫌っす!」
怖い、落ち着かない、と言いながらフェイは白い布を鼻にあてがうと、スゥスゥと息を吸いはじめた。
「香水をかけた布まで持ってきてたのか……」
呆れたもんだ。
「はい、名付けるならアリュール・オブ・カーラってとこっすね! はあぁ、落ち着くっす」
「……なんだって? アリュール?」
「だ・か・ら、アリュール・オブ・カーラっすよ」
「お前……それ……まさか」
「あぁ、これっすか? これカーラさんの服っすよ。いいでしょ。せんぱいも嗅ぎます? 落ち着くっすよ」
アリュールは魅惑という意味デス。なぜかルビが上手くふれなかったので★




