せんぱ…お母さぁぁぁん!!
黒い壺を抱きかかえたカーラは、まるで大切なおもちゃを離そうとしない子供を彷彿とさせたが、振り向いた彼女を見た途端、フェイが座ったままずるずると後ずさりをはじめたのが分かった。
「フェイ、どうした?」
彼の顔は蒼白だ。
「いいい嫌あぁぁぁ!! カーラさん近寄らないでえぇぇぇ!!」
「なんだ一体? どうしたんだよ」
フェイはイヤイヤをするように顔をブンブンと左右に振る。その度に美しい金髪が波打つように揺れた。
「嫌っす! ダメっす! 無理っす! オレそん中見たくないっす! 怖いよぉぉぉお母さあぁぁん!」
「何をそんなにびびってるんだ。べつに毒蛇が飛び出してくるわけでもないんだろう? カーラ」
俺の問いに、どこか意地の悪い笑みをたたえたカーラがうやうやしく口を開く。
「そうじゃなぁ。フェイとやらは妙に勘が鋭いな。蛇か……蛇よりもタチが悪いかもな」
そう言うやいなや、ぴったりと閉まっている壺の蓋をカーラは勢いよく引き抜いた。その途端、部屋中に広がったのは鼻がもげるようなひどい悪臭。
「うっ!」
思わず手で鼻と口を覆う。
なんだこの臭いは……! フェイの比じゃねえ。鼻がもげるどころか腐り落ちてしまいそうだ!
頬の上を冷たいものが一筋伝い落ちた。
驚いたな、臭くて涙が出るなんざはじめてのことだ。
「カーラ! なんだそれは!」
「ふおぉ! 臭いのお! 臭い臭い! ひゃはは! 臭いのお!」
……当の本人も臭いでおかしくなってるじゃねぇかよ。
「ひゃはは! ほれ、ホマン、こっちに来て中を覗くんじゃ!」
大きな目に涙を溜め、カーラが手招きをする。臭くて涙を流しているのは俺だけではなさそうだ。
鼻と口を覆う手にさらに力を入れながら、仕方なく壺の中を恐る恐る覗く。するとそこには、全く想像だにしていなかったものが入っていた。
「これは……!」
赤黒くドロドロとした液体。その中では白っぽい固形物が浮遊している。目にした瞬間、それがなんなのかすぐに分かった。
「北の腐人沼の泥だな! どうしてこんなもん持ってるんだ!」
「ふはは。気になるか? 森の奥で占術をしてるとな、わしの所にはそりゃあ色んな輩がやってくる……お前も例外じゃないがな。これはある者から預かったんじゃよ」
シュタイラの北の端には、それはそれは大きな沼がある。
沼と言っても普通の泥と水で出来たものではない。その沼を形作っているのは腐敗した人間の血肉だ。
血肉……、なぜそんなものが沼になっているのかは分からない。遥か昔からあったようにも昨日できたようにも感じるが、そこに近づいた人間は吸い寄せられるように取り込まれ、やがてじわじわと溶かされて沼の一部になるそうだ。
罪人の処刑に使われているとも聞いたことがある。
「……カーラ、なぜこんなもんを俺に見せた?」
腐人沼……もうちょいマシなネーミングはなかろうか。。
イメージ的に沼はドロっとしたアサイーみたいな感じ。色もアサイー!




