第一章 せんぱい、無理っす
無理だ。
私にはできやしない。
できやしないんだ。
この頭蓋を割り、脳髄を引きずり出して、聡慧な者のそれと入れ替えることができたならどんなに幸せか、私が私でないならどんなに良かったか。
ああ……頼む。私の願いを叶えてくれ。
もう苦しまなくていいように……。
ひらり。かさり。木の葉が二枚、遠い地面に落ちた。
……いいぜ、来いよ……あぁ、そうだ。
目前に立ちはだかるは巨大蜘蛛。
緑の目。赤い背。黒い体毛。
そうだ……もっと俺の近くに来いよ。
いるんだろう? 腹の中に。
剣を持つ右腕を引く。
「いい子だ」
刹那、巨大蜘蛛の頭蓋の中心は長い刃をずぶずぶと飲み込んでいった。
膝の上に広がっていくシミを睨みつける。蜘蛛が最期に吐き出した白い唾液だ。
うっ、臭ぇな……。俺は臭いに敏感なんだ。
八本の脚をきゅうと丸めた巨大蜘蛛は岩が転がるように木から、堕ちた。
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「きゃあぁー!! ホマンせんぱいすごぉい! そんじゃオレ、やっぱ無理っすからいつもみたくお願いしますっす」
この無責任な台詞をここ一年で何十、何百回と耳にしてきたせいか、わざわざ説教を垂れる気にもなれない。
俺は腰から太い短剣を抜くと、それを巨大蜘蛛の脇腹に思い切り突き立てた。
あぁ、硬くなってる。こりゃもう駄目だな……。
目を向けずとも、隣の男が手で口を覆うのが分かる。
「ぐっ」
差し込んだ短剣を力任せに引くと、カニの腹に似た部位が、毛だらけの本体からめりめりっといって剥がれた。どろりと糸を引く体液の中に所々混じっている赤い点は凝固し始めた人間の血だろう。
「…………うオエェェェー…………!!」
剣を放り出し、込み上げてくる吐瀉物を両手で押さえながら木々の間に駆け込む部下を尻目に、次の作業へ取り掛かる。
本来なら腹を引き剥がす作業も二人がかりでやっとこなせるレベルなのだが、腰抜けな部下を持ったが為に、何の問題もなく一人でこなせるようになってしまった。
しかし今日は少しわけが違う。
「おい、フェイ! 早く戻れ! 二体あるんだ!」