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5.聖天童★貞王の『営業』 (後)


「2年は1年を見てやれ!いつも通り、筋トレして素引きだ!3年は、こっちへ来い」


 松永先生の支持で、高校生部員たちが学年ごとに別れる。

 ああ、そうか……幾ら何でも部員が全員並んで、一遍に的に向かって矢を放つのは無理だよな。

 アーチェリー部の専用練習場ったって、部員の数ほど的は無いし。

 1つの的は、1人が狙うんだろうな、やっぱり。

 同じ的を2人で同時に狙って射ったら、大混乱になる……それぐらいは、素人のオレでも判る。

 だから、的に向かうのは上級生が優先か。

 体育会だからな。上下関係はうるせぇんだろう。


「早くしろ!ほらっ!」


 3年生……男子が4人に女子が5人だけが、松永の前に集まって来る。


「聖天童さん。面倒ですからあなたの『特別コーチ』というのは……なるべく早く、チャッチャと終わらせてしまいたんのですが」


 松永先生が、オレにそう言う。


「そもそも、全部員の練習を見ていただくのも大変でしょう……ですから、見ていただくのは3年生の部員だけということでお願いします。ま、あなたが、うちの生徒たちの何を見るのかは判りませんが……『スポーツ・ウォッチャー』とやらの眼で、どうぞこいつらを見てやって下さい」


 皮肉たっぷりだな。

 ま、オレの挨拶で……『こいつはダメだ』って感じたんだろうけれど。


「それも、まあ……とりあえず、3年の男子だけ見ていただくということにして下さい。特に、そこにいる杉浦が、強化対象指定選手ですから。何でしたら、杉浦だけをジックリと、たっぷり見ていただくというのでは?」


 松永先生は、マッチョな体型のニキビ顔の男子部員を指差す。

 うん……ばくだん岩みたいな顔をしてやがるな。

 うーん、こんなイカツイ男子高校生だけを見ているなんていうのは……ちょっと嫌だ。


「あ、すいません。オレ、男は見ないんてずよ」


 オレは……ヘラヘラとした笑顔で、松永に言った。


「それは……どういうことですか?」


 ムッとする、松永先生。


「だから、オレは……女の子のスポーツ選手を『見る』のが専門なんですよ。男の方は対象外なんですわ」

「おっしゃっていることの意味が判りませんが?」


 ……えーと。


「身体が拒絶するんですよ。ブッチャケ、女の子しか見たくないんです。男を『見る』と眼がツブれるというか、鼻が曲がるというか、キンタマが腫れるというか。とにかく、とんでもない拒絶反応が出るんですわ」


 オレが、そうしたくて『女の子しか見ない』のではない。

 それが、オレの股間に埋め込まれている『ゴールデン・ボール《キンタマ》』の特性なのだから、どうしようもない。


「あ、松永先生。聖天童さんは、それはもう……どこの学校へ行っても、そういうことになっているんで……えー、他意は無いんです。確かに彼は、『女子生徒専門の特別コーチ』です」


 慌てて『全体主議連』の我孫子事務局長が、オレたちの間に入る。


「あ、ホント『見る』だけですから……オレは『見る』だけ、ゼッタイに触ったり、撫でたりはしないですから……『ノータッチ』厳守ですんで心配ご無用です!」


 オレも、松永先生にそう言う。


「……み、見られるだけでも、気持ち悪いわよねぇ」

「うん……このオジサン、サングラスしてて、どこ見ているんだか判らないし」

「……何かヤダよねぇ」


 女子部員たちが、小声でヒソヒソとそんなことを言っている。


「絶対に……問題は起きません。何かありましたら、『全体主議連』が全て責任を取ります!男、我孫子、嘘は申しません!」


 我孫子氏が、笑顔でドンと恰幅の良いお腹を叩く。


「我孫子さんが、ここまでおっしゃってるんですから……信用して下さいよぉ、松永センセーっ!」


 オレも猫撫で声で、松永にそう言った。


「そこまでおっしゃるのなら……とりあえずは、信用致しますが」


 松永はギロッとオレを見る。


「ほんの少しでも、問題行動を取られたとこちらが判断した場合には、即刻、退出していただきます。よろしいですね?!」

「はい、もちろんでーす!」


 明るくオレは、そう答える。


「ほんじゃあ……いつも通り、練習を始めてもらえますかね?何しろ、オレは、ホントにアーチェリーとか見るのも初めてなんで。どういうものなのか知っておきたいんで」


 オレは、松永にそう言う。


「一度も見たことのないスポーツを、コーチするんですね?」

「『特別コーチ』とかっていう肩書きは『全体主議連』が勝手に付けてるんですわ。オレは……ご存知の通り、ただの『スポーツ・ウォッチャー』ですから」

「ま、いいでしょう。3年女子、的に向かえ。このお方に、アーチェリーというものを教えてやれ」


 松永は5人の3年生女子部員に、そう命じる。


「あ、それとなんですけれど……」


 オレは……向こうの1、2年生たちの方を振り向く。


「あそこの……ポニーテールの子も、見せて欲しいんですけれど」


 さっき『ゴールデンボール《キンタマ》』が反応した子も……確認したい。


「ポーニーテール?三井が何か?あの子は、まだ2年生です……強化指定選手でも何でもない部員ですが?」

「いや、オレのキンタマにビビッと来たんですよ。だから、ちょっと見たいんです」


 オレは真顔で、松永に言う。


「……それは本当ですか、聖天童さん?」


 案の定、ゲンちゃんが食い付いてくる。


「まだ判んないけどね。キンタマが、ちょっとだけウズいたんだよ……!」

「我孫子さん、あの子も呼んでもらうようにお願いして下さい。これは文部科学省からの『お願い』です」


 文部科学省のエリート官僚のゲンちゃんが、『全日本体育教育主要問題連絡協議会連盟』の事務局長の我孫子さんに『お願い』する。

 今日の『特別コーチ』の主催は『全体主議連』だから……文部科学省のゲンちゃんが我孫子さんを無視して、直接、松永に要請するのは問題になってしまうのだ。


「仕方ありませんねえ……松永先生、お願いします。どうも、文科省さんにとっては、とても大事なことのようですから」


 我孫子事務局長が……笑ってそう言う。


「この男のキンタマがウズいたとかいうのが……そんなに大事な問題なんですか?」


 松永が、ムッとしてそう言うと……。


「……ソレは違うのネェ」


 ノラが……180センチの長身のスラッとしたモデル体型の黒人美女が……。

 しかも、なぜか軍服姿で……髪の毛と眼が鮮やかな紫色というワケの判んねー女が、ニタニタ笑って松永に言う。


「サダヲゥのキンタマは……ホントに金色なのネ。金属製ダカラ……キラキラ、光って綺麗ヨ。ソンジョソコラのキンタマとは比べ物にならないノネ。アンタ、見たことがないから判らないノネ。アタシはアルヨ。サダヲゥの『ゴールデンボール《キンタマ》』は虹色に光り輝くのネェ……!」


 「ぬふふふふーっ!」と、笑うノラ。


「えっと……こいつの言うことは気にしないで下さい。日本語がまだよく判っていない、ただのガイジンですから」


 オレは、そう言って誤魔化すことにした。


「ノラは日本語判ってるネ!和同開珎!大仏開眼!鳴くよウグイス平安京!墾田永年私財の法!ホラッ!」


 それは『日本語』じやなくて、『日本史』だろ?

 しかも、奈良時代に平安京が混じってる。


「とにかく……こうなってしまった以上は、私たちを信じて下さい。お願い致します、松永先生」


 我孫子さんが、そう言って……頭を下げてくれた。


「……まあ、いいでしょう。おい、三井!」


 松永が、ポニーテールの2年生の子に声を掛ける。


「何でだかよく判らんが……ご指名だ。こっちで、お前も練習しろ!」

「……わ、わたしですか?」


 甲高い声で、驚いている……三井ちゃん。


「そうだ、早くしろ!」

「は、はい!」


 ポニーテールの三井ちゃんが、慌てて走って来る。

 おっ、近くで近く見ると、なかなかの美少女だな。

 身長160センチぐらいか……細身の身体だ。胸はそんなに無いけれど、これはまあ成長中ってことだな。

 うん、なかなか磨けばキラリと光りそうな子だ。


「三井、あんたはこっちに入りなっ!」


 ショートヘアの女子のキャプテンらしい3年生が、三井ちゃんが矢を射る場所を指定する。

 ああ、センパイたちの中で下級生が1人というのは、ちょっと息苦しいか。

 何か、悪いことしたみたいだけど……しょうがない。

 『火星因子』のチェックも、オレの仕事の1つなんだから。


「じゃあ、いつも通り……適当に練習してて下さい。しばらく、見させてもらいますから!」


 オレは5人の3年生女子部員+2年生の三井ちゃんに言う。


「先に言っておきますが……部員たちの射型やフォームについてのアドバイスは、一切お断り致しますぞ!」


 松永が、オレに言う。


「素人に、適当なことを言われたら……この子たちが混乱するだけですから」

「いやいや、そういうのはオレはしませんから……オレは『見るだけ』の男ですから!」

「ほらっ、みんな……始めてっ!気合い入れてくよっ!!!」


 さっきのショートヘアのキャプテンらしい子が、部員たちに号令を掛ける。

 6人の少女たちが、一斉に弓を引き……的を狙う。


 ……ククッ……シュバッ!


 ビヨーンッと飛んでいく、金属の矢。

 シュバッと遠くのターゲットに当たる。

 思わず『お見事!』とか言ってやりたくなったが……松永教師の眼が怖いので止めておく。

 ていうか、どの部員もバンバン矢を放ちまくっているから……。

 一射だけに集中するのではなく、続けてどんどん射っていく競技みたいだな。どうやら。

 例の三井ちゃんは……何だ、そこそこ上手いんじゃねぇか。

 センパイたちに負けていない。

 ちゃんと矢が的に当たっている。

 ……うむ。

 5分ほど見ていたら……大体判った。

 いや、オレはアーチェリーというスポーツについては良く判らない。

 ただ、この6人の女の子たちが……どの程度の『補正』に耐えられるかの見当は付いた。


「一旦、中断して……こっちに集まって下さーい!」


 オレは……言う。


「松永先生、聖天童さんのおっしゃる通りにして下さい」


 我孫子事務局長が、満面の笑顔でそう言う。


「はぁーっ、何だかよく判りませんが。おい、みんな……集まれーっ!」


 6人の女子部員が、オレの前に集まる。


「えっと、そんじゃあ……キャプテンから始めようか。君、キャプテンだよね?」


 オレは、さっきのショートヘアの子に声を掛ける。


「……違うけど?」

「あの、キャプテンはわたしです」


 ロングヘアを幅広の白いヘアバンドで抑えている小柄な子が手を上げる。


「ああ、そうなんだ。ゴメンゴメン、オレの勘違いだったわ」


 見た目で勝手に判断しちゃいけねぇよな……反省反省。


「じゃあ、キャプテン……ちょっと、オレの前に立って」

「あ……はい?」


 小柄なキャプテンは、心配そうに松永先生の方を見る。


「問題ありません。いつものことですから」


 我孫子事務局長が、そう松永に言ってくれた。


「大丈夫だ。オレがちゃんと見ている!心配するなっ!」


 松永が胸を張って、キャプテンの女の子に言う。


「そんじゃあ……ちょっと、待ってね」


 『ゴールデンボール《キンタマ》』を『火星発火イグニッション』させるためには……。

 手でキンタマを触れて、『回転』させないといけない。

 しかし、女子高生たちの前で……オレみたいなオッサンが、いきなり股間をまさぐるのは余りにも怪しい。怪しすぎる。

 だから、ここは昔取ったキネヅカで……。


「……スタート、『火星発火イグニッション』!!!」


 オレは……特撮ヒーロードラマ『ゲンカイオウ』に出演していた時のように……。

 オレが演じていた『黒のゲンカイオウ』の変身ポーズを取る!!!

 大きく両脚で大地を踏みしめて……両腕をぐるんと回転させる!!!


「……???!!!」


 女子高生たちも松永も、「へ?」という顔をしているが……ここは無視して、押し切る!!!

 

「とりゃぁぁぁぁぁっ!!!」


 1回、ガクッと上半身を前に倒した時に……オレは、ささっと右手を股間に当てた!

 観客オーディエンスたちは、オレの左手の派手な動きの方に気を取られているはずだ。

 その隙に、オレのチンコをガードする『コードピース』の隠しボタンを押す!

 スカッと開いたコードピースの隙間に指を押し込み……。

 『ゴールデンボール《キンタマ》』をシュルルッと擦り上げ……回転させるッッ!!!


「ワオワオワーオ!!!キタキタキターッ!!!」


 神酒が飛び跳ねて、喜んでいる!!!


「静かになさい、神聖な瞬間よ!」


 リッちゃんが神酒を取り押さえる。

 ノラは周囲を警戒している。オレの『ゴールデンボール《キンタマ》』が起動すると、『火星猫人』の襲来の可能性が跳ね上がるからだ。

 ゲンちゃんは、そんなノラを監視していた。

 その間に……オレの股間の『ゴールデンボール《キンタマ》』の回転がギュワワワッと一気に加速する!!!


「……ファイヤッ!!!」


 ボワッと体内に炎が立ち上る!!!

 来た来た来た来た……ぬぬぬぬぬぬっ!!!

 身体が……熱い!!!


「オーケイ、キャプテン……オレの眼を見ろ!!!」


 オレはサングラスを……グイッとずらす。

 真っ直ぐに小柄なキャプテンの眼を見た。


「は、はい?!」


 キャプテンも勢いに負けて、オレの眼を見てしまう。

 ……今だっ!


「補正1.1……シュートッッ!!!」


 オレの眼から『火星の炎』の火花が……!!!

 キャプテンの眼の中にスドンッと撃ち込まれるッッ!!!


「きゃうっ!!!」


 ビクッと身体を震わせる……小柄な3年生女子。


「おい、お前……今、何をしたっ!!!」


 松永先生よりも先に、さっきりショートヘアの子がオレに怒鳴った。


「ああ、次はあんただ!補正1.1……シュートッッ!!」

「ぬぅぅぅっ??!」


 彼女の眼にも、オレの眼からの火花が飛び込む!!!


「な、何をやっているんだ?!おい!!!」


 ようやく、松永がオレに言う。


「大丈夫です。いつものことですから」


 我孫子事務局長が、ニコニコしてそう言う。


「聖天童さんに『見て』いただいただけですよ」


 そうだ……オレは、見ただけだ。


「取りあえず、まずは2人だけだ。えっとキャプテンさんとそっちのお姉さん……もう一度、弓を射ってみてくんねえかな?」


 オレは……眼に『火星の炎』を撃ち込んだ2人に言う。


「……え?」

「……な、何なんだ?」


 2人は……戸惑っている。


「別に身体に不調はないだろ?むしろ、調子良すぎるはずだ。それを、実際に弓を射ることで確認してみてくれ」


 オレは、はっきりとそう言う。


「聖天童さんのおっしゃる通りにして下さい」


 ゲンちゃんが笑顔で、そう言ってくれたから……。

 2人の女子高生は、再びターゲットに向かう。


「……あれ?」

「な、何だ?」


 スワッと軽く弓を引く……2人。

 シュバッと放った矢が、ビヨンッと的の真ん中に命中する。


「すっごい……身体が軽いよ?」

「何だ、この……感覚?」


 素人のオレが見ても、さっきよりも何もかもが良くなっている。

 フォームも体調も、集中力も。


「ほら、たまにすっげー身体のコンディションが良くて、頭もバッチリ冴えてて、集中力もサイコーって時があんだろ?何から何まで調子が良いって時が。今は、オレの『力』で、君たちの肉体と精神をそういう状態に保っている」


 正確には『補正1.1』だから……ちょっとだけゲタを履かせている。

 でもまあ、もの凄く調子の良い時は『普段以上の力』が出るもんだよな。

 成長期だし、+0.1ぐらいは足しておいた方がいい。

 これぐらいなら、肉体と精神も充分に耐えられるだろうし。


「今の君たちなら、本当はそこまで能力が発揮できるんだ。それが普段は、肉体や精神のバランスが微妙に崩れているから……本来持っている力が使えていないんだよ」


 オレの『仮性の炎』は……女が持っている能力を、正しい状態で最大限に発揮させることができる。

 いや……そうじゃないな。

 女の持っている能力を、何倍にも『増幅』することができる。極端な状態にまで。

 もちろん、肉体と精神の限界を超えて『増幅』すれば……その女は死ぬ。

 『補正1.1』なんて、可愛いものだ。


「今の感覚をよく覚えておくんだ。そして『今の自分は、本当はここまでできるんだ』ということを理解して欲しい」

「ええ、『精神と肉体の理想的な状態』が判らないままだと……間違った方向にトレーニングを重ねて、どんどん調子を落としてしまいますからね」


 ゲンちゃんが、オレの言葉を捕捉してくれる。


「オレは、『見る』ことしかできねぇから……後は、『最良の自分』を自分で感じて、自分で学んでくれ」


 オレは2人に、そう言う。

 あ、いつの間にか……他の練習をしていたはずの下級生たちまで、オレたちの方を見ている。


「……な、何なの、アレ?」

「……判んないけれど、あのオジさんに見つめられると、ベスト・コンディションになれるってこと?」

「おい、水谷、ホント具合が良くなっているのか?!」


 松永が、ショートヘアの方の女子部員に言う。


「は、はい、先生!見て下さい!」


 水谷ちゃんは、もう一度的に向かってクイイッと弓を引き……放つ!


 ……バミョーンッ、ズシュッ!


 的の真ん中に見事に突き刺さる。


「……フォームまで良くなっている?」

「それは当然です。聖天童さんに『見て』いただくと……頭の中にイメージしている理想の動作を、肉体が完璧にトレースしますから」


 ゲンちゃんが、解説してくれる。


「ほら、『頭では判っているけれど、身体が上手く動いてくれない』ということがよくあるでしょう?聖天童さんの『補正』は、そういうことも解消してしまいますから」


 肉体だけではない……精神の方も同時に『補正』しているのだから。

 心と身体が、完全にリンクするようになる。


「だが、これは……副作用みたいなものは無いのか?こいつらの身体にとって安全なことなのか?」


 松永は、ゲンちゃんに尋ねる。


「その辺は、聖天童さんが……ちゃんと調整して下さってますから」

「過去にこの『特別コーチ』で訪問した学校から、生徒の身体に問題が残ったという報告は一切受けていません」


 ゲンちゃんと我孫子さんが、松永先生に言う。


「聖天童さんの『力』の効果は……平均、3時間程度です。それ以上は、この状態が続くことはありませんし……」


 そのゲンちゃんの言葉は……ちょっとだけ嘘が混じっている。

 普通の人間は、体内にずっと『火星の炎』を燃やし続けることはできない。

 オレの眼から飛び出した『炎』は、その内に燃え尽きる。

 ただ、オレが放出する『炎』の量をもっと増やせば……話は別だ。

 3時間どころか12時間以上も、この『ベストコンディション状態』をキープすることができるだろう。

 でも、そのことは……日本国には話していない。

 長時間、『火星の炎』がキープできることを知れば……日本政府は、『聖天童★貞王の力』を軍事利用しようとするかもしれないからだ。


「でもさぁ、3時間だけでも『ベストコンディション』でいられるなら」

「うん……公式試合の前に、この人に今のをやってもらったら、確実に好成績が出せるよね!」


 アーチェリー部の部員たちが、そんなことを言い出す。


「それはダメです。だから、聖天童さんは『全体主議連』の預かりになっているんです!」


 我孫子事務局長が、高校生たちに言う。


「一部の選手だけが、聖天童さんの恩恵に預かるのは不公平ですし……スポーツの試合日というのは大体重なっているものです。聖天童さんの身体は1つなんですから、特定のスポーツの特定の試合会場にだけ行ってもらうというわけにもいきませんし」

「……オリンピックとかの方が優先てことですか?」


 女子部員の1人が……言う。


「いや、オレの存在は……国際機関も、もう知っているから。オレは世界大会とかの会場に近付くのも禁止。国の代表選手に接触するのも禁止。やっていいのは、こうやってまだ学生の選手に『ベストコンディション体験』をさせてあげることだけなんだよ」


 オレが、そう言った瞬間……。


「あー、この人……九里霧さんだぁ!」


 女子部員の1人が、リッちゃんを指差す。


「そうだ、どっかで見たことがあると思った!」

「フェンシングの日本代表だった九里霧六子さんですよねぇ?!」


 ああ、バレちゃったか。

 一時期は、テレビニュースとかで何度か取り上げられていたもんなぁ。

 フェンシング自体が、日本ではそんなに注目されていない競技だから……オリンピックの頃だけだったけど。

 当時は『美人女子高校生オリンピック代表選手』として、結構、取材されていた。

 オリンピックでの成績は、8位入賞だったと思う。

 もっとも、まだ若いから……リッちゃんは、次のオリンピックでの活躍を期待されていた。


「申し訳ありませんが、今のわたくしはミスターのアシスタントですから」


 リッちゃんは、高校生部員たちに冷たく言う。

 いや、別に……オレのアシスタントになるために、オリンピック代表選手を辞めたってわけじゃないんだろうけれど。

 世田谷翁と『世田谷童貞保存会』……リッちゃんの実家の『九里霧武神神社』。

 いろいろとシガラミがあった結果……こうなったわけで。

 オレが、どうにかしてあげられるような話ではない。


「おっ、とにかくっ!他の子もみんな……『ベストコンディション体験』をしてみなよっ!体験しておいて、悪いことは無いんだからよっ!」


 オレは、リッちゃんに向かっていた高校生たちの眼を……オレの方に向ける。


「別に3年生限定ってことはネーからよ。1年生まで全員、自分の本当の『ベストコンディション』てのを経験しておきなよっ!」


 オレは、部員たち全員に言う。

 女子部員は、全部で15人だ。

 こんなの……屁でもねぇ。


「よろしいですよね。松永先生」


 改めて、『全体主議連』の我孫子事務局長が許可を求めた。


「本当に副作用などがないのでしたら」

「それは保証すると申し上げたはずです」


 よし……やるか。



「まず、3年生の残りと……三井ちゃんからだな」


 オレは、女子高生たちに『火星の炎』を宿していく。


「うわっ、ホントに……身体が軽くなった!」

「うわぁぁ、頭もスッキリ冴えているぅぅ!」


 3年女子が、軽くピョンピョンと飛び跳ねる。


「矢を射ってみな。人生、変わるぜぇっ!」

「はい!」


 さっきまで胡散臭そうにオレを見ていたくせに……。

 まあ、これが女子高生ってもんだな。


「ほら、三井ちゃんの番だ。こっちへ来なよ」

「……は、はい」


 モジモジしている……三井ちゃん。


「大丈夫だ、獲って食ったりはしねえ。だいたい、他の女の子だって……オレは触ったりはしていないし、半径1メートル以内にも立ち入っちゃいない。ただ『見て』いるだけだ」

「……は、はい」


 それでも三井ちゃんは……怯えている。


「大丈夫だ、三井。あたしだって、体験したけれど……おかしなことにはなっていないから」


 例のショートヘアの3年生……水谷さんだっけ……彼女が、三井ちゃんに言う。

 ああ、そっか……。

 これは、この子が3年生で面倒見が良いとかじゃないな。

 このショートヘアの水谷さんと三井ちゃんは……ちょっと『百合』の入った関係なのかもしれない。


「お願いします」


 三井ちゃんが……オレの前に立つ。


「……あん?」

「な、何ですかっ?!」


 ああ……やっぱり。


「いや、ちょっと補正値を変えるから……」


 実際の話、『補正1.0』でも危うい子が居る。

 精神も肉体も、極端に歪んでいる状態で、日常生活を送っている子は……『バランスが取れていない状態』が通常だから。

 『補正1.0』で、全てのバランスが保たれた状態にすると……とんでもないパニックを起こす。

 心も身体も全てスッキリしていることが、『気持ち悪い』と感じるらしい。

 この三井ちゃんは……そういうのとは違うけれど。

 ……取りあえず。


「オレの眼を見て……『補正1.0』で……ファイアッ!!!」


 オレの眼から、火花が放たれる!!


「……あぅぅっ!!!」


 『火星の炎』が三井ちゃんの体内に……灯る!!!


「どう、三井?どんな感じ?」


 3根名生の水谷さんが、三井ちゃんに尋ねる。

 三井ちゃんは……とろーんとした、蕩けた眼をしていた。


「あうぅぅ、水谷せんぱぁぃ……!」


 何だ、この色気は……。


「ど、どうした?大丈夫か、三井?!」

「うふふ、大丈夫ですぅ……ほーら」


 三井ちゃんは、自分の弓を持って……さっきまで狙っていた、自分の的に向かう。

 スッと腰の入れ物から、矢を取り出し……。


「……へ?」


 全員が驚くぐらい……凛としたフォームで、弓を引く


 ……ビュルルンッ!シュバッ!!!


 矢は鮮やかな軌道を描いて、的の中心に突き刺さった。

 誰が見ても、ここにいる全ての部員よりも能力が向上している……!


「あ、済みません。彼女は、ちょっと『特異体質』みたいですわ」


 オレは……慌てて、みんなに言う。


「薬が効き過ぎる体質ってやつです。オレの『補正』以上に、能力が上がっちゃっているんですよ。彼女の本当のベストコンディションの1.5倍くらいに」

「そんな状態で大丈夫なのかッ?!」


 水谷さんが、真顔でオレに聞く。


「平気、平気、ほんの2~3時間で止まりますから。ちょっと、今晩は筋肉痛になるかもしれないですけれど……1.5倍くらいなら、ハードなトレーニングをしたのと同じくらいの疲労で済みますから」


 これは……嘘だ。

 実際の三井ちゃんは……『補正3.0』ぐらいの状態になっている。

 オレが『✕1.0』の補正をかけたのに、『✕3.0』になってしまうということは……。

 やっぱり、三井ちゃんの中に『火星因子』がある。

 『火星猫因子』なのか『火星鬼因子』なのか……それはまだ判断できないけれど。

 そこから先は、ゲンちゃんの日本国文部科学省とリッちゃんの『世田谷童貞保存会』が調査することになる。

 オレは注意深く三井ちゃんに放つ『火星の炎』の量を抑えたから……3時間後に鎮火することは間違いない。

 しかし……。


「九里霧さん、神酒さん以来、3人目の『因子保持者』ですね」


 ゲンちゃんが、オレの耳に囁く。

 神酒は、『火星猫人』が製作した人造人間なのだから……『火星猫因子』を持っているのは当然だ。

 しかし、純粋な日本人の中で『火星因子』を保持しているのは……。

 リッちゃんに続いて、2例目となる。

 やはり、古代にも『火星異次元人』たちは、日本に来ていたんだ。

 そして、当時の日本人と交配し……『火星因子』を現代にまで残していた。


「上司に連絡します。日本国としては、早急に対応しないといけませんし……九里霧さん」

「はい、世田谷翁にはわたくしから。『世田谷童貞保存会』も動きます。よろしいですね、ミスター」


 ゲンちゃんとリッちゃんが、携帯電話を取り出す。


「あはは、仲間、仲間、仲間ぁぁっ!」


 神酒は、嬉しそうだ。


「……殺すか、鍛えるか、早く決めて欲しいネ」


 ノラは、ヘラヘラ笑ってそう言う。

 『火星因子』を持つ少女を、このまま野放しにしておくわけにはいかない。

 いや、もし『火星猫人』たちに見つかったら……やつらの『戦力』に改造されるかもしれない。

 だから『世田谷童貞保存会』が『保護』という名目で……あの子を、監禁拘束することになるだろう。

 可哀相だけれど……。


「うふふふっ、水谷せんぱぁーい!すっごく、身体が軽いんですよぅ!それに、視力がすっごく良くなっているんですぅ!」


 楽しそうに、三井ちゃんは話している。

 実際は、視力がアップしたんじゃない……集中力が高まり、勘が鋭くなっているんだ。

 だから……よく当たる。


「あの……あたしたちも、いいんですよね?」



 ポケッと三井ちゃんを見ていたオレのところに、2年生以下の女子部員たちがやって来た。


「あ、ああ……そうそうそう。うん、君たちも……『ベストコンディション体験』するぅ?!」


 オレはまた、オチャラケた謎のオッサン・キャラに戻る。


「しますします、お願いします!」

「よっし、じゃあ並んで!」


 オレは、残りの女子部員たちにも『火星の炎』を分け与えた。


「うわっ、スゴイ。ホントに身体が良い感じになってるぅ!」

「これが、あたしのベストコンディションなんだぁっ?!」


 みんな……喜んでくれている。


「そうだよ。その状態を良く覚えておいて……公式試合の当日に、今のようなコンディションになれるように調整していくんだ」


 我孫子さんが、女子部員たちにそう言った。


「おい、下級生たちも実際に矢を射ってみな!そうしないと、本当の状態が判らないよ!」


 キャプテンでなく、水谷さんがそう言う。

 ああ、あの小柄な子をキャプテンにしたのは松永先生で、実際に統率力があるのは水谷さんなんだな。


「ちょと、そっち側は下級生たち用にしてあげなよ!3年生ばっかりで独占すんのは良くないよ!3時間しか効かないんだからねっ!」

「オッケー、ミズタニッチ!」


 水谷さんの指示通り、練習場の場所を空けてやる上級生たち。


「こんな経験、なかなかできないもんねぇ」

「ベストコンディションって、気っ持ち良いーっ!」

「思ったところに、矢がズバズバ当たるもんねぇ!」

「ちょっと30メートルだと近すぎるよねぇ。松永先生!もっと長距離で試してみていいですかぁ!」


 最良の状態で身体を動かすことほど、心地よいことはない。

 オレが『見た』学校は、みんなこんな風になる。

 全員が、この体験を有効に活かせることはないだろうが……。

 それでも、こういう体験をすることは有意義なはずだ。


「あの……せ、聖天童さん。ちょっと、いいですかな」


 松永先生が……もったいぶった態度で、やって来た。

 その後ろには……さっきの『ばくだん岩』をはじめ、男子部員たちが並んでいる。


「あの、できましたら……男子部員も『見て』やっていただけませんか?」

「……お願いしまっス!」


 ……えーと。


「さっきも言った通り、オレのキンタマは女の子専門なんで……」

「そこを何とか……こいつなんて、強化指定選手なんですから!」


 それは、さっき聞いた。


「うしししーっ、ダメなもんはダメなんだよねーっ!パパは、男の子はダーメなんだからぁっ!うっふっふー!」


 男子部員たちを蹴散らすようにして、神酒がオレに寄って来る。


「ねぇ、ねぇ、パパぁぁ、もう『お仕事』終わったでしょうっ!だからぁ……神酒も欲しいなぁ、パパのアッツいのぉぉ!!!」


 神酒も……『火星の炎』を欲しがっている。


「今はダメだ」

「えー、何でぇぇぇ、ケチケチケチぃぃ!!!」

「後でな」


 新しい『火星因子保持者』の発見は……『火星猫人』たちを動かすはずだ。

 今日は、確実に……『襲撃』があると思う。


「えー、後っていつぅ?!何年何月何日何時何分何十秒ぉぉっ?」

「……『ネコ』が来た時だ」


 神酒の顔が、ニヤッとほころぶ。


「ネコちゃん……来るかなぁ?」

「来るよ。多分な」


 オレは、真顔でそう答えた。


「うっしっしー、そんならそれまで待ってるぅぅぅ、くふふふ、楽しみぃぃぃ!!!」


 こいつも『火星猫人』の製作だから……基本は『戦闘脳』だ。

 闘うことを、何よりの娯楽と考えている。


「とにかく、無理ですから。ホントに男子に関しては、聖天童さんの『力』は効かないんです。これは、もう何度も実験して判っていることですから」


 松永先生に、ゲンちゃんが一生懸命説明していた。我孫子さんも、一緒に相手をしている。

 リッちやんは……まだ『世田谷童貞保存会』の本部と電話しているな。

 ええっと……ノラはどうした?


「ノラも……やってみたいネ。ソレを貸して欲しい」


 女子部員の1人に、ヘラヘラと話し掛けている。


「えっと……いいのかな?」


 話し掛けられた女の子は、困惑しているが……相談しようにも、松永先生はゲンちゃんや我孫子さんと話している最中だし……。


「あの、教頭先生……この人にわたしのアーチェリーを貸しちゃっても、いいんでしょうか?」


 ああ、そう言えば……。

 全然、影が薄かったけれど、この学校の教頭も……オレたちを監視しに来ていたんだっけ。


「えーと」

「ノラは、南ペカペカ島王国の少尉なのネ。ゴタゴタすると国際問題になるヨ」


 おい、ノラ……そんな脅し文句をどこで覚えた。

 しかし、謎の軍服と……褐色の肌。

 何より、180センチを越える長身のスラリとした美貌には説得力がある。


「あ、あの、弓も矢は生徒の私物ですから……」


 教頭は、そう言うが……。


「大丈夫、壊さないネ」


 ニタァと、ノラは笑う。


「……貸して」

「じ、じゃあ……どうぞ」


 女子高生が、ノラに弓を貸す。


「ソコから、アソコの的に向かって射ればイイノカ?」


 ノラは、女子高生の矢入れから勝手に矢を引き抜く。


「いや、あの……胸当てしていないから、そのまま弓を引くと……弦が胸に当たって痛いですよ!」


 女子部員は、慌ててそう言う。

 確かに、ノラのムニッとした立派な胸が……弓を射るには邪魔になりそうだ。


「平気ネ、ソウイウ風には引かないカラ……!」


 ……え?

 ノラの肉体が……ミニュッと歪んだ。

 背骨も肘も、関節がありえない方向に曲がっている。


「ひぇぇぇぇぇぇぇっ?!」


 腰を抜かす、女子高生たち。


「こうやって引いた方が……合理的なのネ」


 ……バミュン、スバッ!


 ノラの放った弓が、的の真ん中に突き刺さる。


「……ホラネ」

「『ホラネ』じゃねぇっ!そんな軟体生物なアーチェリーは、世界中探してもノラしかできねぇよっ!!!」


 オレは、ノラに怒鳴る!


「そんなことないヨ、ノラにできることは……クロにもできるネ」


 ノラは……自分の『天敵』の名を口にする。


「どっちにしたって、普通の人間じゃねぇだろっ!!!」


 あ、ヤバイ……。

 みんな、思いっきり引いている……。

 ノラの異常な身体の柔らかさに……。


「えーと、あの……みなさん、このノラ・ブラックというお姉さんはですね。『ビックリ人間大集合・世界大会トップ・オブ・ザ・ワールド』に3年連続で優勝した、『恐怖の軟体女』ですんで……そんなに驚かないで下さい」

「……ソウイウコトなのネ!」


 オレのテキトーなゴマカシに、ノラがウンウンうなずいている。


「……あ、そうなんですか」

「……そういう人なら、そうなんでしょうね」


 とにかく、今眼の前で起きたことを、どうにか納得しようと……みんな、オレのメチャクチャな説明を受け入れてくれる。


「アリガトネ、楽しかったヨ!」


 ノラは、いつも通りヘラヘラ笑って……弓を女子部員に返した。




 というわけで……。

 もう少し更新期間を縮めたいのですけれど……。

 毎日更新と平行して書いているので、ちょっと大変です。

 うーむ。何とかせなあかんのですが……。

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