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1.聖天童★貞王の朝 (前)

あの頃と同じ……14番の出口から、地上に出る。

見上げれば、8月のドビューンと青く澄み渡った快晴の空。

目映い陽光に……ムアッとすえた熱気が、ジットリと身体にまとわりついて来る。

あっという間に、肌から汗がジワッと噴き出す。

……クーラーの効いた地下街と真夏の地上じゃ、空気の重さと熱気が段違いだ。

 今日も1日、酷く暑い日になるだろう。


JR・渋谷駅東口前……午前6時33分。


オレはスポーツバッグから100均で買ったタオルを取り出し、額の汗をグイッと拭う。ついでに安物の水筒に入れてきた麦茶を、一口ゴクリと飲んだ。

真夏の東京は……朝の6時半を過ぎると、太陽がギラついてきて、ググッと一気に気温が上昇する。

ほんの40分ほど前、オレが地元の駅で客もまばらな私鉄に乗り込んだ頃は……まだ、早朝の涼しい空気が何となく残ってたのに。

……はぁぁぁ。

 オレは、基本的に夏が好きだけど……ここ数日の猛暑は、さすがに身体に堪える。

 地球温暖化とか言うけれど、やっぱり20年前の夏よりも今年の方が蒸し暑くなっているんだろうか?

 そんなことを考えながら……オレは、眼の前に拡がる渋谷駅東口の喧噪を眺める。

 朝でも、さすが渋谷だ。駅前を歩く人がたくさんいる。車もバンバン走っている。子供もいる。平日ったって、夏休みだしな。

 駅を背にしたオレの正面は……巨大なバス・ロータリーと明治通り。

 昔は、このロータリーの先に『東急文化会館』のビルが、ドデーンとダルマみたいに鎮座していた。最上階にプラネタリウムの銀色のドームを乗せて。あれは山手線の電車の中からもハッキリ見えたんだよな。

だが、今は同じ場所に……何て言うか……信じられないぐらいバカッ高い超高層ビルが、ズドドドドドーンッと天を衝くようにそびえ立っている。

……うん。

 こんなモノを見せられると……しみじみ、思う。

いつの間にか、21世紀になったんだなあ。

……いや、ホント、マジに。

 オレが毎朝、渋谷に通っていた頃から20年も経ったんだ……そりゃ、駅前の様子だって大きく変化している。

 オレはまた、肌触りの悪い安タオルでグイッと額の汗を拭く。


 ……よし。

 『時の経過』をしみじみと感じたところで……。

……そろそろ、行くか。


 オレは……覚悟を決めた。これは、毎日の儀式だ。

 『日常』から……『特異な世界』へ。『闘いの現場』に向かうための。

 オレは、20年前と同じ様に……。

地下鉄の14番出口から、朝の渋谷駅前の地上に降り立ち……。

あの頃、毎日歩いた道を、当時の記憶を手繰りながらに歩くことにしている。

自分を取り巻く『過去』と『現在』を、全身全霊で噛みしめながら……。

……では。

まずは、渋谷の駅前を恵比寿方向へ歩く。

それから、駅前から明治通りと青山通りの交差点の上を『井』の字の形に繋いでいる大きな陸橋へ。

 うむ。この陸橋は……昔のまんまだな。トカトカと陸橋を上がる。

 周囲の建物や店は変わっていても、道そのものは……まあ、そうは変わりようがない。

 明治通りも青山通りも、道幅も、向きも……あの頃と同じだ。

 オレは昔も、この橋の上から下を走る車の群れを毎朝見下ろしていたはずだ。

 走っている車種は、昔とは全然違うけど。

 あの頃は、ハイブリッド車なんて1台も無かった。まだ、小型車よりセダン車が多かったと思う。

 昔と変わっていないモノ……変わっているモノ。色々とある。

 そういう変化の有無を一つ一つ確認することで……オレは少しずつ『過去の自分』を取り戻していく。

あの頃の自分を……呼び起こすんだ。


……どんな細かいことでも思い出せ。

 ……あの頃の『勘』を取り戻すんだ。

 それが、あの頃のオレを……『演じる』ために必要なんだ。

あの頃のオレの『記憶』と『感覚』が。


 そうしないと、オレは今の『ゲンジツ』に食い殺される。

 正気を保っていられなくなる。

 ただの人間には……オレが今直面している、この『ゲンジツ』は受けとめられない。

昔のオレ……あの頃のオレじゃなければ……。

そうだ。20年前の……まだ、テレビに名前が出ただけで大喜びしていたペーペーの新人俳優……。

アクション・バカだった……若き日の酒手祥二サカテ・ショウジに。

『怖い物知らず』だった頃の……20歳のオレに戻らなければ……。


 ……あれ?


 オレのクタクタのGパンの下で……右のキンタマの位置が、ちょいと具合が悪いな。

 ……このままではマズい。

キンタマが……『火星発火イグニッション』してしまう危険がある。

オレは右手で……注意深く、クククッとキンタマを正しい位置を直して……。

うむ……これでよし。危険は回避された。。

再び顔を上げて、オレが『あいつら』に指定した『朝の集合地点』へと向かう。


 昔のように陸橋をトトトッと降りて、今度は『246』こと青山通りを進む。

 ちょっと坂道になっている道を、テクテクと……1分ほど。

 うん……ここは、丁度、昔の『東急文化会館』の裏手側……。

 ああ……商工中金のビルの前……。

『金王坂下』って白字で書いてある歩道橋の下……。

 ……ここだ。

 20年前なら……毎日、ここに『馬堀プロ』のロケバスが停まっていた。

 オレたちを、その日の撮影現場へ運ぶ芸能プロダクションのマイクロ・バスが。

 だけど、今朝は……。


 青山通りの歩道橋の路肩に、ドカンベタンッと停車していたのは……。

 20年前の中古のボロっちぃバスじゃない。

マイクロバスどころかサロンバスよりも、さらにさらにデカいサイズの……大型キャンピング・トレーラーだ。

馬堀プロのロケバスの……長さで3倍、容積なら優に5倍はあるだろう。

 いつ見ても、デカい、ゴツい、立派過ぎる。

 この車体の中に……ダブル・ベッドが2つ。会議室が1つ。キッチン、トイレとシャワー完備。大型冷蔵庫にラウンジ・スペース、ミニ・バーまであるんだから。

キャンピングカーというより、F1とかのチームが使っている移動オフィス……モーター・ホームに近い造りだと思う。

 しかも、このトレーラーは、中2階式の構造になっていて……下のカーゴルームには、現地活動用の大型バイクが2台も収納されている。

さらにさらに……この車は、完全な防弾・対爆仕様になっているそうだ。地雷を踏んでも、中に乗っている人間は平気らしい。

 そのせいなのかは知らないが……ちょっと戦闘車両っぽい、カクカクとしたマッシブでカッコの良いデザインに仕上がっている。

 ……しかし。


 ……うむ。

『あいつら』……今朝も、ちゃんと時間通りに来ているんだな。

 まあ、運転担当のゲンちゃんは『お役人様』だから、時間はちゃんと守るんだよな。

 つーか、ゲンちゃんみたいな真面目な子なら、芸能プロのスタッフになっても出世すると思う。ゲーノーカイは時間厳守がゼッタイだからな。はふぅ。


 一瞬、わざとそんなことを考えて……頭の中の思考を停止させたのは。

 このキャンピング・トレーラーが、アンマリにもマヌケ過ぎるカラーリングで塗りたくられているからだ。

 ホント……トレーラーそのものの見た目の形は良いんだよ。形だけなら。

 それなのに、車体全体が……クリーム色と、あずき色と、抹茶色の訳の判らないダンダラの縞々模様に塗り分けられている。

まるで、アイスクリーム屋の冷凍ケースの中みたいな甘ったるそうな色ばかりだ。

……くぁぁぁぁーっ!

 このおかしなカラーリングは……この色使いが、『火星猫人』にとって『戦闘禁止地帯』を示すらしいからなんだそうだ。

どこの『組織』からの情報なのかは、知らないけれど。

 だから、このトレーラーの中にいる限りは……オレたちのとりあえずの『敵』である『火星猫人』から襲撃を受けることは無いと考えられている。

 ていうか……マジな話。

トレーラーを防弾仕様にしようが、『戦闘禁止カラーリング』を施そうが……『火星猫人』相手には、まったく無意味なんだけれどな。

 あの連中は……オレたちとは、物の考え方が全く異なっている。

 『理屈』や『論理』が通用しない。地球人類じゃないんだから。

 『火星猫人』たちがその気になったら……どんな重装甲も、どんな『非戦闘地域』も『火星猫ビーム』と『火星猫カッター』でズタボロにされる。徹底的に壊滅させられる。

 オレはそのことを……よく知っている。

 それなのに『戦闘禁止カラーリング』みたいなことが言い出されて、実際に、その通りに塗っちまっているのは……。

 『火星猫人』に対抗している地球人類の方が、自分たちの『理屈』に囚われているからだと思う。

 ていうか、こういう特殊なカラーリングを施すことで、予算をガメているやつがいるんだろうな。コスッカライ人間は、どこにでもいる。

 実際のところ、オレたちと『火星猫人』が全面対決に陥っていないのは……『協定』のおかげだ。

 『火星猫人』は……『協定』だけは絶対に守る。

 なぜなら『協定の厳守』は、あいつらの信仰する『宇宙美学』の根幹に関わることだからだ。

 どうしてそうなのかは、オレには判らないが……。

 20年前に、『火星猫人』たちから何度も説明されたけれど……高校中退のオレには、ついにやつらの『宇宙美学』は理解できなかった。

 『難解』なんじゃない。そもそもの『理屈』が違うんだから。

 まあ、カラーリングの方はまだいいんだ。

 それより、さらにさらに大きな問題なのは……。

 ……うーむ。

 この車体にでっかく書かれた……この『団体名』は何とかならないんだろうが?

 ……はぁ。暑ぃな。

陽射しが……ますます強くなってきたな。ホント暑い。

いつまでも、トレーラーの外観を見てブータレても仕方ねえか。

 そろそろ諦めて、トレーラーの中へ入ろう。

 もう『集合時間』になるし……。

 オレが、ついにそう決心したところで……。


 ……プシュウッ!


キャンピング・トレーラーの前の側のドアが、突然開く。

そして車内から、ゲンちゃんが笑顔で降りて来てくれた。


「――お早うございます。酒手さん」


……ありゃりゃりゃぁ。

外でボサッとキャンピング・トレーラーを眺めていたオレに……気付いてたんだ。

 って……気付くよな。普通。

 このトレーラーが、街中に停車している時は……ゲンちゃんは、いつだって運転席の監視モニターでこの車に近付いて来る人間をチェックしているんだし。

 むしろ、オレの『気持ち』が落ち着くまで……様子を伺いつつ、待っててくれたんだな。

ゲンちゃん、気が利くから。


「本日もよろしくお願いします!」


 ゲンちゃんは、ペコッと笑ってオレに頭を下げる。

 この青年の本名は……頼光源太郎ヨリミツ・ゲンタロウ

なかなかシブい名前だけれど、20代後半の二枚目の好青年だ。

今日も、相変わらずのお堅い紺色のスーツ姿だけど……。

短く刈った髪に、日焼けした肌。

爽やかなスポーツマン・タイプ……顔も良い。背も、172センチのオレよりも高い。

オレなんかより、よっぽど芸能人っぽい雰囲気がある。


「お早う、ゲンちゃん。暑い中、毎日悪いね……色々とさ」


 オレも……もう仕方ないから、普通に挨拶する。


「いいえ。気にしないで下さい」


ゲンちゃんは、ニコニコと笑っている。

しかし……。

 一流国立大学を卒業して、国家試験を突破したエリート官僚様が、毎日、オレの『世話係』として来てくれるという現状は、なかなか申し訳ないと思っている。


「これは我が国の国益に関する……重大な任務ですから」


 ゲンちゃんは、そう言ってくれるけれど……。

 オレはただの日本国民で、有権者で、1人の納税者でしかない。

一方、オレの中の『聖天童★貞王』は……。

 まあ、何ていうか……色々と、取り扱いが難しい『存在』だ。

 そもそも国家官僚と言っても……『防衛省』でも『警察庁』でも『内閣情報調査室』でも『公安調査庁』でも『外務省』でもない『文部科学省』のお役人であるゲンちゃんが、オレの担当者になっているってのが、この『聖天童★貞王』という存在が引き起こしている面倒な状況を示している。

 確か……ゲンちゃんの正式な肩書きは『文部科学省・特殊環境教育基盤整備事業推進室・室長』だったと思う。

 前に名刺をもらった。アパートのどこかにあるはずだ。

 ただし……この『推進室』には、ゲンちゃん1人しかスタッフがいないらしい。


「それで……酒手さん。さっきから、一体何をご覧になっていらしたんです?」


 ゲンちゃんが、笑顔でオレに尋ねる。


「え?」


 あー。やっぱり、監視カメラで観ていたんだよな。


「いえ、あの……車の側面を、ずーっと眺めてらっしゃいましたから……もし、この車について何か不具合を感じられるんでしょうか?ご不満な点がありましたら、何でもおっしゃって下さい」


 ゲンちゃんは、役所の苦情係のように言う。


「もちろん、このトレーラーは我が国の財産ではありませんから、我々がすぐに対応することができませんが。でも、日本国の方から……『世田谷童貞保存会』や他の団体に要望書を提出することはできますから。酒手さんが直接、あの人たちに話すよりも……日本国が間に入った方が、要望が通りやすくなると思うんです」


 確かに……日本国の担当者のゲンちゃんは、なかなか気が利く子だけれど……。

 他の『組織』から来ているやつらはな……。

 オレの話とか、マトモに聞いていないし……『組織』の上司に、ちゃんと報告しているとは思えない。

 ゲンちゃん経由で、日本国から申し入れしてもらった方が……色々とはかどるとは思う。


「そしたらさ……このトレーラーにデッカク書かれているコレなんだけれど……」


 せっかくの機会だから、さっき考えていた不満をブチまけてしまうことにした。


「ここの……この『世田谷童貞保存会』の団体名のロゴなんだけど……これは、何とかならないのかねぇ?せめて、もうちょっと目立たなくするとか、いっそ消すとかはできないのかねぇ?」


 そう……このキャンピング・トレーラーのアホくさいクリーム色とあずき色と抹茶色の縞々模様のボディの上には……。

さらに、大きく金色の飾り文字で……とある『組織』の団体名が書かれている。

 すなわち、『(財)世田谷童貞保存会』……と。ブッ太いゴシック体で。


「はぁ……それですか」


 ゲンちゃんも、トレーラーの車体を見て苦笑する。


「いや、でも、これは……このキャンピング・トレーラーの法的な所有者は、本当に『(財)世田谷童貞保存会』さんですからねえ。こればかりは、日本国としても……ちょっと『消せ』とは提案しにくいですよ。ちゃんと公益財団法人として認可されている団体の……正式名称なんですから」


 やっぱ、無理か……。

 というか誰なんだ……こんな名前を組織に付けたのは?

そして、そんな名称の団体を認可したやつもどうかしている。


「しかし……しかしだぜ。ちょっと、想像してみてくれ。オレみたいなさ……いい年齢をした図体のデカいオトコが、こんな人の多い街中で……『童貞保存会』なんて団体名がデッカク書かれた車に乗り降りするっていうのは、いかがなものだろうか……?!」


 オレは、溜息を吐く。

 キャンピング・トレーラーの形状がカッコ良いのと、それなのに変なカラーリングだから……余計に目立つんだよ。

 『世田谷童貞保存会』の金文字が。


「そうですよねえ……やっぱり、恥ずかしいですよねぇ」

「そりゃ、恥ずかしいよ。いや、かなり気恥ずかしい。うん、マジで恥ずかしい……つーか、ゲンちゃんは恥ずかしくねぇの?」

「ボクは……仕事だと割り切ってますから」

「……ホントに?」

「あの、ボク……前の部署だと『わんぱく・ぷりぷり広場』の『お花と天使のメルヘン・ホール』に付属する『ぴちゃぴちゃちゃっぽん、ぽっぷりま池』の予算申請とか、普通にありましたから」


 ああ、文部科学省だと……そんな『大人にはちょっと恥ずかしい名称の施設』の仕事も普通にあるのか。


「名前関係では、恥ずかしがっていられません。慣れるしかないですよ」


 ゲンちゃんは、そう言う。


「この『世田谷童貞保存会』という名称は……そちらの財団を創設した方たちの意志が名前に強く表れているわけですし……」


 ……そうだな。

メチャクチャ気恥ずかしくても、こればかりは諦めるしかないのか。



「しゃあないか。実際……オレが本当に『童貞』なのが元凶なんだもんな」


 ゲンちゃんも知っていることだから、オレは少し自嘲的に言う。

つまり……『(財)世田谷童貞保存会』などと称する、この変な組織は……。

オレを『童貞のまま』保存することを目的としている。

いや……正確には、オレじゃなくて……。

 すなわち……売れなかった元アクション俳優の『酒手祥二』でなく……。

 オレの中の……『聖天童★貞王セイテンドウ・サダヲ』の。

『聖天童★貞王の童貞』を、全力で死守している特殊公益財団法人なのだ。


「仕方ないですよ……聖天童★貞王さんの『童貞』が失われたら……日本だけじゃなく、人類全体が滅びますからね。地球だって、どうなるか判りませんし」


 これが……ゲンちゃんの言う通りなのだから、始末が悪い。

いや、マジで。マジで。マジで。

オレの『童貞』に……世界の命運が掛かっている。

……くぅあぁぁぁぁぁっ!

何で、こんなことになったんだか。

全ては20年前のあの『番組』に……原因がある。


「でもなあ……せめて、もう少し小さな文字にならないのかね。この下のさ……他の2つの団体とロゴと同じぐらいの大きさに」


 そう、このトレーラーの車体に大きく書かれた『(財)世田谷童貞保存会』の文字の下には、その20分の1ぐらいの小さな字で……さらに……。

……『(社)白銀家族計画協会』。

……『南ペカペカ島王国・亡命東京政府』。

と……これまた頭の悪そうな団体名が、2つ書かれている。


「どうですかねえ。『世田谷童貞保存会』さんはバックに付いている企業が大きいですから、資金が潤沢ですけれど……『白銀家族計画協会』さんも『南ペカペカ島王国・亡命東京政府』さんも、予算的に厳しいみたいですからね。だから、このトレーラーの建造も運行も……『世田谷童貞保存会』さんがやっているわけですし……」

「金出している分だけ、大きく名前を出させろってことか」

「そういうことになります。『世田谷童貞保存会』さんと他の2つの団体さんは……決して良好な関係ではないですし……」


 むしろ、このトレーラーに関する金は全部『世田谷童貞保存会』が出しているのに、他の2つの団体名も車体に書かなくてはいけないのは……。

 現在のオレ……いや『聖天童★貞王』は、この3つのアホな名称の『組織』が共同管理しているということを示すためだ。

 この3団体の共通の『敵』である……『火星猫人』たちに。

 日本国は、あくまでもオブザーバーとして『聖天童★貞王』を『監視』しているだけで……国家はオレの『管理』には正式に加わっていない。

 直接『敵対』していないからこそ、日本国は『火星猫人』と『協定』を結ぶことができたわけで……。

 というか『日本国・文部科学省』は……『火星猫人』だけでなく、他の3つの『組織』についても、おかしな暴走をしないように、常に見張っている。

 結局のところ……オレたちは全員、日本の国土の上に居るわけだから……。

 オレらと『火星猫人』との戦いで、国土や国民の財産に被害を出すわけにはいかない。

日本政府のオブザーバーという立ち位置は、なかなか微妙なのだ。

どちらかといえば、『火星猫人』よりは、3団体寄りだが……。

日本国は、オレたちの……完全なる味方ではない。


「そんで……あいつらは?ちゃんと、みんな揃っているのか?」


 3団体のことを考えたら……トレーラーの中にいるはずの、それぞれの『組織』から派遣されたエージェントたちのことを思い出した。

 あいつらの『存在』こそが……オレが、この炎天下で、なかなかキャンピング・トレーラーに乗り込む気力が湧かない理由そのものだ。


「まあ……いつも通りです」


 ゲンちゃんは、苦笑して答えた。

 はぁ……そりゃ、そうだよな。

 このキャンピング・トレーラーは、あいつらの住処から来ているんだから。

 ゲンちゃんも、同じマンションに住んでいる。


「はぁぁ……そっか」


 そら、来ているよな。あいつら若いし、異常に元気だし。

 病気とかにかかったりしたのを見たことがないし。

 でも、あいつら……ほぼ24時間、ずっと一緒に共同生活をしているはずなのに……。

ホント、救いようがねぇくらい……仲が悪いんだよなあ。

 まぁ……所属組織が違うんだから、しょうがねぇんだけど。

 3つの団体は、全て『火星猫人』と敵対視してはいるけれど……それぞれの『組織』の目的は、微妙に異なっているから。

でも、あいつらと行動しなくちゃいけないオレからしたら……あのケンケンガクガクとした騒ぎには、心底参ってしまう。

……だからだ。

こんなに暑いのに……オレが、あいつらの居るキャンピング・トレーラーに乗り込むのに躊躇するのは。


「酒手さんは、本当にご苦労様なさってますよね……あの子たち、みんな個性的ですから」


 個性的というか……何というか。


「でも、酒手さん。そろそろお願いします。外は暑いですけど、車内はクーラーを効かせてありますから。酒手さんのお好みに合わせて、あんまり冷やしすぎにならないように調節してあります……あの、もうそろそろ、彼らと日本政府で取り決めた『協定』の『開戦時間』になりますし……お願いします」


 ゲンちゃんは、オレに頭を下げてくれた。

 ゲンちゃんに、ここまでお願いされたら……もう、覚悟するしかない。

 だって……。

 オレみたいなテレビ俳優崩れのワーキング・プアが……15歳も年下のエリート国家官僚と親しく会話するなんてのは、ホントなら有り得ないことなんだよな。

 ゲンちゃんには明るい未来がある。

 だけど、オレの方は……とっくに『終わっている』人間だ。

 それなのに、ゲンちゃんが、こんなにもオレに気を遣ってくれるのは……。

オレが何を成し遂げた……『立派なオトコ』だからではなく……。

オレの中に……『聖天童★貞王』がいるからだ。

 オレは、自分がマトモな大人じゃないってことは……自覚している。

 本当は、こんなにゲンちゃんに気遣ってもらえるような人間ではないって。

 ……でも、だからといって。

気を遣ってもらっているオレの方が、変に気を起こして……。

遥かに年下のゲンちゃんのことを……『おい、源太郎くん』とか『なあ、頼光くん』とかエラソーな態度に出る……ちょっと違うと感じた。

だから、申し訳ないけれど……思い切って『ゲンちゃん』と親しげに呼ばせてもらっている。

もちろん、オレの立場では……つまり、『聖天童★貞王』としては……。

日本政府のお役人さんを、全面的に信頼するわけにはいかないんだけれど……。

でも、オレは……酒手祥二は、日本で生まれた日本国民だからな。

他の妙ちきりんな3つの『団体』の連中と違って……日本政府に関しては『狙い』とか『目的』とか、『火星猫人』の何を危惧しているかは、まだ良く理解できる。

 利害関係が『理屈』で理解できるだけ……まだ、信用はできると思っている。


「判った。しゃーねーな。まぁ……今日もよろしく頼むよ。ゲンちゃん」


 オレは、また……首元の汗を、タオルでゴシゴシと拭いて……。

 これ以上の時間伸ばしは無意味だ。

 もうすぐ、『協定』の時間になる……それまでには、『聖天童★貞王』になっていないといけないし。

 とりあえず『戦闘禁止カラーリング』のキャンピング・トレーラーの中に居る方が安全だ。


「……うっし!」


 オレは、自分の顔を両手でピシャリと叩いて……気合いを入れる。

決意する。覚悟する。腹を括る。

ここからは……『演技の時間』だ。

すなわち『俳優・酒手祥二』としての『現場』……戦場に突入する。


「……じゃ、いってみようかッ!」


オレは……やつらの乗っているキャンピング・トレーラーの中に、エイヤッと乗り込んだ……。




 とりあえず、スタートです。

 よろしくお願い致します。

 完結を目指して、突き進みます。

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