第六話 《はぐれ》の末路と《鬼縛連隊》
本日最後の投稿です。
今回のお話で起承転結の「起」が終わった辺りかと思います。
一般的に言って吸血鬼は、自らが所属する《コミュニティ》の《血統》と《コミュニティ》の長たる《新始祖》の唱えた組織の決まり事、もっと言えば法律とでも言うべき《オメルタ》、それに連なる《神話群》を、何よりも大切にする排他的生物である。
《血統》は吸血鬼にとってのアイデンティティーそのものであり、《オメルタ》は《コミュニティ》に属する吸血鬼として『正しい生き方』を示してくれる羅針盤のような働きをしている。
が、世界にはこうした《血統》や《オメルタ》の枠から外れた『無法者』が存在している。
それが俗に《はぐれ》と呼ばれる吸血鬼だった。
《はぐれ》が発生する理由は様々だが、何らかの事情で《コミュニティ》の定める《オメルタ》を破り、組織から放逐された結果として出てくるケースが最も多い。このケースで誕生した《はぐれ》は俗に《名無し》という蔑称で呼ばれ、常に他の吸血鬼達から蔑まれ、接触を持とうとすれば酷い仕打ちを受ける事が、吸血鬼の世界では常識となっていた。それだけ、吸血鬼にとっての《オメルタ》は重要な位置を占めているのである。
《共栄圏》は、人間に友好的態度を取る《コミュニティ》、及びそこに属する吸血鬼達を住まわせる一方で、こうした行き場を無くし、放浪の身となった《はぐれ》達の受け皿としての側面も持っている。
受け皿と言えば聞こえはいいが、その本当の狙いは彼等の監視だ。
物事には必ずメリットとデメリットが存在する。組織の枠から外れた無法者達の動向を『保護』という名目の下で囲い、徹底的に監視するという意味では、《共栄圏》のとった選択は少なくとも、《共栄圏》以外の土地に住む人間達にはそれなりの安心感を与えた。
が、《共栄圏》に住む人間達や吸血鬼達からしてみればたまったものではない。
考えても見て欲しい。貴方がたの周辺に『住所不定、無職、年齢不詳』の看板をぶら下げた人間が大量に居て街を当てもなく徘徊していたとしたら。それで一体どうして安心した生活を送れるというのか!それと全く同じ事なのだ。
《名無し》達は吸血鬼の世界では穢れた存在として認識されており、関わり合いを持つ事は徹底して禁止されている。これだけは《血統》は違えど、どのコミュニティでも共通の概念だ。
それは《共栄圏》に住まう者、即ち剣一も同じだった。
実を言うと彼、神山剣一も《はぐれ》に属する吸血鬼なのだが、彼の場合は所属していた《コミュニティ》が消滅したという背景がある。こうしたケースの結果生まれた《はぐれ》は俗に《宿無し》と呼ばれ、《名無し》程ではないにしろ、『ほら、あの人は《宿無し》だから……変に関わるとアブナイヨ』等と陰でコソコソ陰口を叩かれるのが常だった。
そんな境遇だったからこそ、自身の身の上に関係なく親しく接触してきた長谷川愛に自然と好意を抱くのは、割と自然な為り行きであった。
剣一は迷った。この血まみれの男も、そして自分も同じ《はぐれ》だ。
だが、自分は《宿無し》でこの男は…………恐らくは《名無し》なのだろう。
男の全身から発せられる、例えようのない雰囲気から剣一はそう推測を立てた。もしそうだとしたら、例え《はぐれ》同士でも、助ける事は出来ない。《名無し》を匿ったという事実が周囲に露見したら、自分はもう、この街にはいられなくなるのだから。
それはつまり、剣一と愛の関係が、終わりを迎える時が来るのを意味していた。
「あ、あの」
「何だよ!さっさと俺を助けろよ!」
「あなた、自分の事を《はぐれ者》って言ってましたけど……もしかして《名無し》なんですか?」
「!?」
剣一の一言を受け、男は身じろぎした。フッと、剣一の肩を掴んでいた両手から力が抜け、落ち着き無く目線を動かす。ごまかすのが下手くそだなと、剣一は心の中でせせら笑った。
剣一の予感は的中した。この血塗れ男は《名無し》だったのだ。
ところが当の本人はというと、
「……だ、だったら何だってんだよ。えぇ?俺が仮に《名無し》だとして、あんたに何か迷惑かけたのかよ!偉そうな口聞きやがって!ふざけんじゃねーぞ!」
剣一を睨みつけ、開き直り、激しく当たり散らしてきた。これが、この男の態度が、剣一の非情な決断を促してしまった。
「あなた、《名無し》なんですね?《名無し》なんでしょ?だったら助けられません。他を当たってください」
「なっ……」
冷たく、それでいて心の奥に刺さるような剣一の物言いに、男は一瞬言葉を失った。
剣一は男の手を強引に払うと、身構えた。きっと、怒りに任せて拳が顔面に飛んでくるだろうと、そう予想した。
しかし、
「……へっ……へへへへ……」
意外にも、男は払いのけられた手を丁寧に摩り、不気味な声を上げるだけだった。てっきり殴れられるものとばかり思っていた剣一は、あっけに取られてしまう。
次に男の口からついて出たのは、恨み節に近いものだった。
「……何だよ。あんたまで俺を嫌うのかよ……《名無し》ってだけで……くそ!何でなんだよ!何で俺ばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ!俺は何も悪さをしてないのに、どうしてだ!くそっ!どうしてなんだよ!」
自分は悪くない。悪いのは全部周りの奴らだという何とも自分勝手な物言いを吐く血濡れの吸血鬼。自分が不遇な立場に立たされている原因は他人にあると言うその口ぶりが、剣一の怒りを加速させていく。
「な、何ですかその口ぶりは!貴方は《名無し》なんでしょ!?《オメルタ》を破って、自ら進んで放浪の身になったのは貴方の勝手じゃないか!それを環境のせいにするなんて……信じられない!何て自分勝手なんだあんたは!」
「じゃあお前はどうなんだよ!」
「僕は……確かに僕も《はぐれ者》ですよ!でも、僕は《宿無し》だ!少なくとも、《コミュニティ》の鉄の掟を破って堕ちた貴方とは違う!」
「違うだと?何言ってやがる。俺も、あんたも、同じだよ」
「……何?」
「この《共栄圏》という名の牢獄に囚われているっていう点で言えば、俺も、あんたも同じなんだよ!」
「……牢獄だと?それってどういう……」
「見つけたぞ!あそこだ!」
通りの向こうから何者かの怒号が轟いた。続いて、闇夜に紛れ、何かが飛んでくる。
メタルカラーで塗装された、五体のフライングプラットフォーム。それを意のままに駆るは全員が戦闘服に身を包んだ五人の人間達だ。操縦桿を手に取り、重心移動を駆使することで、決して広いとは言えない路地をすり抜けるように滑走しては、剣一達に接近してくる。
プラットフォームの両サイドから伸びた六枚のマイクロウィングが勢い良く風を斬る音が、剣一の鼓膜を刺激した。
「ひぃ!き、来たあああっ!?」
フライングプラットフォームの一団を確認した男が悲鳴を上げ、その場から離れようと両足に力を込めようとした。
ジャンプしようとしたのだろう。なるほど確かに吸血鬼の身体能力は人間のそれを遥に凌駕する。ちょっと力を込めて地面を蹴れば、軽く5メートルから10メートルは宙を飛べる。
が、男は足に力を込めようとして、その場に膝をついたまま動かない。脂汗を流し、苦悶の表情を浮かべるだけ。恐らく純水によるダメージがまだ体内に残っているのか、それとも逃げる途中で銀刀の一撃をアキレス腱にでも食らったのだろうか?
剣一は、苦しむ男の姿をただ黙って見ている事しか出来なかった。
助ける気は更々起きなかった。《名無し》を匿ったりでもしたら、世間から白眼を向けられるのは避けられない。
あっという間に、フライングプラットフォームの群れが二人に追いついてきた。先頭を行く指揮官らしき人物が何事かを叫び、銃を構える。
奇妙な銃だった。少なくとも、普通の拳銃には剣一には見えなかった。
それはテーザー銃だった。吸血鬼と比べて非力な人間が編み出した、対抗武器の一種である。
「テーザー銃……!」
それがいかに自分達吸血鬼にとって危険な代物であるのか、剣一は十分に理解していた。
攻撃の巻き添えを喰らわぬように剣一がその場を飛び退いたのと、戦闘員が銃のトリガーを引いたのはほぼ同時であった。空気圧によって勢い良く射出されたワイヤーが、その先端に取り付けられた有線電極が、男の首筋辺りに食らいついた。
「ギィェェエエアアアアア!?」
辺り一面が、まるで小規模の落雷が起こったかの如く青白く光り、男は目をひん剥いて雄叫びを上げた。それでも戦闘員は手を緩めなかった。諤々(がくがく)と震える吸血鬼の様子を、暫くじっと見守っている。
そうして一連の鎮圧行為が終わった後、戦闘員達は足を器用に使ってブレーキを踏み、フライングプラットフォームから順次降りると男の周りを取り囲みはじめた。テーザー銃の引き金は今だに引かれたままだ。
それまで暗闇に包まれていた戦闘員達の姿が、街灯の下に晒される。剣一は、彼らの出で立ちを見て思わず息を飲んだ。
遠目では良く分からなかったが、こうして近くで見ると、まるで人型のロボットそのものだ。いや、ロボットというよりはSF映画なんかに出てくるサイボーグ兵士と言った方が適当か。
全体的なデザインはシャープで、一切無駄な所がなく、機能面に優れた戦闘服と言えた。
上半身全面と背面、加えて腕部をカバーするような形状のボディ・アーマーは黒一色で統一されており、ナノテクノロジーの応用によって生み出された新素材を用いている事もあって、マグナム弾の威力ですら相殺出来るほどの優れた防弾性を備えている。
アーマーの下に着用している茜色の戦闘服は優れた防刃、耐火、対腐食性を備えているのは勿論、カメレオンのように自らの存在を周囲に溶け込ませる擬態機能も取り付けられている。
加えて、彼等の腰からブーツにかけて取り付けられているのは筋力増強用のサポーターで、着用者の筋力、脚力を一時的に上げる効果があった。
次に剣一の視線を釘付けにしたのは、彼等の腰に吊り下げたホルスターにしまわれた自動式拳銃と、背中から覗く軍刀の柄である。十中八九、自動式拳銃のマガジンには含水銀、あるいは含純水の弾丸がセットされ、そして軍刀の刀身には吸血鬼に対して有効な銀が塗布されていることだろう。
この五人の人物達がどういった表情を浮かべているのか、剣一には分からなかった。統合型ヘルメットにより頭部全体が保護されている為だ。しかし目の前で苦しんでいる吸血鬼を前にして、五人のうち誰一人として動揺した様子の者はいなかった。
その構図はまるで、残忍な犯罪者に厳格な裁きを下す裁判官のようにも見える。
ふと、剣一の目線が指揮官格と思しき人物のヘルメットに向けられる。街灯の頼りない照度でもはっきりとわかるくらいの大きな白文字で、そこにはこう刻まれている。
――ORGE‐SNIPS――
その文字を目にしたとき、剣一は心の中で納得した。確かにこれだけの超ハイテク装備を揃えられるのは、日本においてただ一つの組織しか考えられないからだ。
と同時に、冷や汗もかく。
「(こいつら……《鬼縛連隊》だったのか……)」
自分が何か面倒な事に巻き込まれてしまったのではないかという不安が、剣一の身体を支配した。
当然である。助けを求めてきたこの吸血鬼が、防衛庁お抱えの特殊部隊に追われている等という物騒な事実は知らなかったのだから。
《鬼縛連隊》――早い話が、吸血鬼関連の事案に対応する為に日本政府が編成した特殊部隊であり、その管轄は防衛庁が一任されている。
「(ってことはこの《名無し》は十中八九――何か人間に危害を加えたんだろうな)」
「ったく、散々手こずらせやがって」
「追いかけるこっちの身にもなってみろってんだよ」
「おらっ!ボサッとしてんじゃねぇ!とっとと立て!」
野太い男性達の罵声が周囲に響き渡る。
テーザー銃の高電流を浴び、全身の筋肉が硬直している吸血鬼に向かって、《鬼縛連隊》の隊員の一人が脅すような口調で男の腹を蹴った。が、男の反応は鈍い。何かを喋ろうとしているのか、口をパクパクさせている。いくら身体能力が人間より優れているとはいっても、先程の数万ボルトの電撃は流石に堪えたようだった。
仕方なく数人の隊員が男の肩に手を回し、無理やり立たせる。
「元・血統は《華琳の蒼玉》のアルカロイド、イヴァン。貴方を《共栄圏第四地区》で発生した暴動事件の重要参考人として拘束します」
五人の中でも一番背の小さい隊員が、イヴァンと呼ばれた虚ろな視線の男の眼前に逮捕状を叩きつけ、事務的に罪状を口にする。
ヘルメットから覗く栗色のロングヘアをヘアバンドで束ね、全体的に線は細く、華奢な印象を与える色白の女だった。声色からして、長谷川愛と同年代だろうか。
「よし、容疑者は無事確保した。太田、吉川、佐野はそいつを連れて庁舎まで送り届けてこい」
「ういっす」
「あと、三分おきにテーザー銃を浴びせる事を忘れるなよ。暴れだしたらひとたまりもねぇからな」
「そんなに浴びせて大丈夫っすかね隊長。こいつ、ショックで死んじまうかも」
「なわけないだろーが。吸血鬼はな、銀か純水で攻撃しない限り死なないんだぞ。電撃はあくまで動きを封じるだけだ」
「それもそうでしたね。じゃあ、本部までひとっぱしりしてきますわ」
部下の一人がそう答えると、まるで引越しの荷物を運ぶかのように男を脇に抱えてフライングプラットフォームに飛び移り、他の二名の隊員と共にその場を立ち去った。
その場に残ったのは、隊長と呼ばれた壮年の男と、逮捕状を男に突きつけていた背の低い隊員の二人だけである。
「さて、と……」
周囲の状況を把握すると、隊長はおもむろにヘルメットを外し、剣一に歩み寄ってきた。岩のようにごつごつした風貌の男だった。
「あんた、大変な目に遭ったなぁ」
「え、ええ」
「怪我とかないか?」
「え?あ、ああ、特には」
「ふぅん?」
隊長は無精髭の生えた顎に手をやり、しげしげと剣一の頭からつま先まで舐めるように観察した。
まるで、喋る岩に値踏みをされているようだと、剣一はそんな感想を抱いた。
「あんた、吸血鬼だな?」
「え?あ、そ、そうですけど……あの、貴方人間なのになんで分かるんですか?」
「この仕事を長くやってるとな、そういうのも何となくわかるようになるのさ。それよりあんた、こんな所で何やってたんだ?念のため、登録証を確認させて欲しいんだが……」
「ちょ、ちょっと!僕は何も……」
「わぁーってるって!こんなの只の職務質問だよ。そう焦りなさんな。それとも――何か調べてもらうと困ることでもあるのかな?ん?」
隊長の目が剃刀のように細く、鋭くなる。その異様な威圧感に圧されそうになる剣一だったが、ここで変な動きを見せれば怪しまれるのは確実だった。何もやましいことはしていないのに、面倒な事に巻き込まれるのはごめん被る。
剣一は溜息をつくと、素直に従うことにした。
「分かりましたよ。素直に応じればいいんでしょ?」
「お、話が分かるじゃねぇか。おい、白浜」
「はい」
白浜と呼ばれた隊員が、腰につけたホルダーから手のひらサイズのタブレットを取り出した。画面を軽くタップして起動させる。
「指紋認証をさせていただきます。画面に人差し指を載せてください」
「ああ」
剣一は言われた通りに指をタブレット画面に置いた。そのまま五秒ほど放置していると、画面上に新しい画面が表示された。そこには、剣一の名前、身長、体重等の個人情報が細かく記載されている。
今、タブレット上に映し出されている個人データの塊。これが『登録証』と呼ばれる物の正体だ。
登録証は、この街に住む者なら、それが人間であろうが吸血鬼であろうが、必ず発行しなければならない身分証の一種である。
現在、この《共栄圏》には人間と吸血鬼双方合わせて、延べ一万人が暮らしている。
その一万人分の個人情報が、《共栄圏》の治安維持を目的に活動している《鬼縛連隊第零番機構》が所属する《特別本庁舎》の地下五階に設置された《機密倉庫》に保存、管理されている。
《鬼縛連隊》の持つタブレットを使って指紋認証を行えば、瞬時に《機密倉庫》が該当する登録証を検索し、無線を飛ばしてタブレット上に表示するという仕掛けになっている。
《機密倉庫》に毎年かかる維持費やメンテナンス費用は相当なものだと巷では専らの噂だが、しかし《共栄圏》の治安を管理するには、このシステムはなくてはならないものなのだ。背に腹は変えられない。
白浜が、タブレットに表示された剣一の個人情報を、淀みなく読み上げていく。
「住民登録名:神山剣一。吸血鬼名:ドルテール。身長:175cm。体重:58kg。血統:厘の魁春。吸血種別:アルカロイド。吸血鬼年齢:五二歳。犯罪歴:なし。危険因子ランク:D。以上です。登録証を確認する限り、『善良な』吸血鬼であると思われます」
「そうか。いや、引き止めて悪かったな」
隊長はそう言って静かに笑った。その笑いが、どこか剣一には不気味だった。「気をつけて帰れよ」と言うと、男は部下を引き連れ、そのまま立ち去ろうとする。
「あ、あの!」
「ん~?どうした?何か聞きたい事でも?」
「さっきの男は?連れてかれたあの吸血鬼は一体何をやらかしたんですか?」
「ああ、あいつか。あんたもこの街に住んでるなら知っているだろ?三日前に起こった、例の第四地区での暴動事件」
「それって、ニュースで報道されてたあれですよね?人間と吸血鬼の殺し合いって……」
「そうだ。奴は……イヴァンはその暴動事件で吸血鬼の一団を扇動した首謀者と目されている男だ」
「え…………」
「ま、別にあんたが気にする事じゃないさ。ああして無事捕まったんだから、一応この事件は解決したってことだ」
それじゃ、と言って、隊長は白浜を連れてフライングプラットフォームに飛び乗ると、エンジンを入れ、瞬く間に何処かへ飛び去っていった。
剣一は闇の向こうを眺め、複雑な心境でいた。さっきの、イヴァンと呼ばれていた男性吸血鬼の事を思い出していた。ズタズタの服、滴る血、青ざめた顔、ずぶ濡れの体。恐らく、油断して街を徘徊していた所で《鬼縛連隊》の一方的な襲撃を受け、ああなってしまったのだろう。
彼は今後どうなってしまうのだろうか。それを考えると、剣一は少し気が重くなった。
確かに彼は悪人なのだろう。この街が吸血鬼と人間の共存繁栄を目的に設立されたという背景がある以上、それに反する行動は極刑に値する。
恐らくあのイヴァンとかいう男は、激しい拷問にかけられ、あらゆる情報を無理やり吐き出された後、粛清されるに違いない。
しかしだ、果たして非は彼だけにしかないのだろうか?
《共栄圏第四地区》に関する事件では、双方の被害状況や、この事件を主導した吸血鬼がいかに残虐無比な性格の持ち主なのかといったことばかりが報道され、『なぜ暴動が起こったのか』といった点は殆ど報道されていない。
もしかしたら、人間側に今回の暴動を作った原因があるかもしれないのに。
結局の所どうなのだろう。この街は、人間の味方なのだろうか?剣一の心の奥に、そんな疑念が小さな染みのように浮かんでくる。
「(いや……そんな事はあるまい)」
剣一は自身にそう言い聞かせた。今後、長谷川愛と共に暮らしていくためにも、人間とは上手くやっていかなければならないのだ。疑念を持ってはならないのだ。
人間を、彼等の善性を、信じなければならないのだ。
5/12
文章を一部訂正致しました。鬼縛連隊の隊長と部下の会話の部分です。