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デッドアライズ・イリュージョン  作者: 浦切三語
Chapter.1 Knight of the Living Dead
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第五話 接触

本日一回目の投稿です。


お楽しみ頂ければ幸いです。

 季節は春先だというのに、《共栄圏(きょうえいけん)》の街々を吹き抜ける風は異様な程に冷たかった。


 厚手のコートが必要だったなと、一人寂しく自宅への帰路(きろ)につく剣一は、心の中で舌打ちをする。せめてもの対抗策として、両手をズボンのポケットに突っ込み、首をカメのように(ちぢ)こまらせる。焼け石に水だと分かっていても、思わずそんな仕草をしてしまう。


 人間がそうするように、彼もまた、人間の真似事(まねごと)をしてしまう。


 時刻は夜の七時を回っていた。剣一の自宅がある《共栄圏第二地区(きょうえいけんだいにちく)》はこの時間帯になると外を出歩く者は(ほとん)どいない。

 故に、若気(わかげ)(いたり)から夜遊びをするような者もおらず、治安は良好だ。


 反対に《共栄圏第四地区(きょうえいけんだいよんちく)》では三日程前、武装した一般住民と吸血鬼達の間でちょっとした暴動が起きたという。一体何が原因かは不明だが、報道によるとこの暴動により、双方合わせて二十人程度の死者が出ているとの事だ。


《共栄圏第四地区》で発生した暴動の様子は、ニュースを通じて剣一も見聞きしていた。打ち捨てれた車。火柱渦巻く街路地(がいろじ)。無残に割られたビルというビルの窓ガラス。身体から鮮血を()き散らし、何事かを叫んでは逃げ(まど)う地区の住人達。それを武力で制圧する《鬼縛連隊(オーガ・スナイプス)》の面々。


 あの惨状(さんじょう)から(さっ)すれば、恐らく、吸血鬼側も何人か死亡したのに違いない。


 おいちょっと待て、不老不死性を有する吸血鬼がそんな簡単に死ぬのか?諸君らの頭には一瞬そんな疑問が浮かんだことだろう。


 確かに吸血鬼は《D細胞》と呼ばれる、優れた自己修復機能を持つ未知の細胞を有してはいるが、当然生物である以上、弱点は存在する。





 それが、銀と純水。なお、銀と称する物の中には水銀も含まれている。





 この二種類が吸血鬼に有効なダメージを与える事が出来るという情報は、以前から事実として人々の間で受け取られている。これを知っていたおかげで、百年前の《血盟大戦(クリムゾン・ウォーズ)》で人間側は勝利を収めることができたと言っても過言(かごん)ではない。


 最も、勝利することができたのはそれだけが理由ではないのだが、それはまた別の話だ。


 吸血鬼と人間の生物学的関係性は、動物に例えるならばライオンとシマウマのそれによく似ている。

 

 好物であるシマウマを狩る為にライオンは己の牙を研ぎ澄ますが、しかしシマウマには強力な後ろ足蹴りという武器が存在する。いかに百獣の王たるライオンといえど、これをしの)いでシマウマを喰らうのは至難(しなん)の業であろう。


 吸血鬼も、例え優れた身体機能を有していようと、銀と純水を利用した兵器で武装した人間を(たお)すのは、決して容易な事ではなかった。


 ライオンとシマウマがそういう関係になったという話は聞いた事がないが、少なくともここ最近は人間に対して友好的態度を取る吸血鬼の数が増えてきてはいる。


しかし所詮、人間と吸血鬼の相互理解、共存繁栄(きょうぞんはんえい)(かか)げているこの街でさえ、一部の区画では両者のパワーバランスは戦前の頃と依然(いぜん)変わらぬままである。《第四地区》で発生した暴動がその良い証拠だ。


 すなわち、人間が餌で、吸血鬼が捕食者であるという図式が『正しい』と信じきっている(やから)が一定数存在しているということだ。


 恐らく今回の暴動が収まれば、直に《鬼縛連隊(オーガ・スナイプス)》の隊員達による《共栄圏第四地区》の洗い出しが一斉に行われ、人間に対して過激な思想を持つ吸血鬼達は(あぶ)りだされ、投獄、あるいは粛清(しゅくせい)されるのだという事は日の目を見るより明らかであった。


 もっとも、捜査の手が入る前にさっさと東京へと続く鉄橋を渡り、《共栄圏》から行方(ゆくえ)を暗ます吸血鬼もいるのだろうが。











 《共栄圏》――それは、人間と吸血鬼の共存を目的に、東京湾の埋立地に建造された人工島である。


 その設立に(いた)るきっかけは、今からおよそ二十五年前まで(さかのぼ)る。


当時、人間に対し、非常に友好的な《コミュニティ》に《光の洞窟(ゲイル・ケイヴ)》と呼ばれるものがあった。そこの長である女吸血鬼・トネリコ=イズバーンが、スイスのローザンヌ地方において主要先進国の首脳達との間に『人間と吸血鬼の相互関係に関する条約』を結んだのがそもそもの始まりであった。現在、この条約はその締結(ていけつ)()された地名にちなんで、ローザンヌ条約と呼ばれている。


 これが、今から二十五年前の事。


 ローザンヌ条約は、人間と吸血鬼が共に歩みを(そろ)え、協力し合い、この大地で手を取り合って生きていこうという、異種間の平和的共存を柱に据えた友好宣言でもある。

 この条約に基づき、国際連合、《光の洞窟(ゲイル・ケイヴ)》、そして、《国際白十字機構(クルス・ガーディアン)》と大日本帝王産業(だいにほんていおうさんぎょう)の四組織が協力し合い、人間と吸血鬼を同じ地域に住まわせる計画を発案した。


 白羽(しらは)の矢が立てられたのは当時、東京オリンピックの会場用に東京湾に建造された巨大な埋立地(うめたてち)であった。

 聖火が(とも)されるはずだった場所には街のシンボル・タワーが、競技場や選手村になるはずだった土地には数多(あまた)の高層ビルや居住区が建築されていき、それに負けず劣らずといった勢いで、様々なインフラ設備が()かれていった。


 気がつけば《共栄圏》は何時の間にか、ある一つの巨大な特別経済特区へと猛烈なスピードで発展していった。それが、今から二十年前の出来事であり、剣一も住む《共栄圏》の歴史の始まりであった。


 《共栄圏》は正方形と菱形を組み合わせた四つの区画から構成されており、それらは互に一本の巨大で頑丈(がんじょう)鉄橋(てっきょう)で結ばれていた。空港はなく、電車もない。その代わり、バスとタクシーはある。だが、多くの住人が使う移動手段は専ら自家用車か自転車だ。この街には教育機関もあれば、ディスカウントショップ、映画館なんてのもあちこちに点在(てんざい)している。日常生活を(たの)しむ上では何の不自由もないくらい、施設や機能が充実していた











 電信柱に備えられた電灯の発する頼りない光が、ぼんやりと地面を照らしている。その僅かな光に導かれるように、道を()くは神山剣一。


 足取りは重かった。彼の心の中は今、長谷川愛の事で一杯だった。


 彼が初めて長谷川愛に出会ったのは、今からおよそ二年前の事。東京でその年の初雪が観測された、2015年の十二月中旬の頃だった。たまたまひったくりにあった彼女を、これまたたまたま通りすがった剣一が助けたのがきっかけだった。


「……俺達、どうなるんだろう……」


 誰に言うでもなく、剣一はそんな独り言を呟く。昨日のプロポーズの答えを、剣一はまだ聞いていなかった。今日も幾度(いくど)無く電話をかけて直接彼女から答えを聞こうと思ったが、結局、そんな勇気は出てこなかった。


愛から連絡が来ることも、当然無かった。自分は振られてしまったのではあるまいか?ショックを誤魔化そうと、こうして当てもなく夜道を徘徊(はいかい)するしか無いのが、とてつもなくもどかしかった。


 事態は深刻だった。折角愛の為に職を手に入れたのに、これではまずいと剣一は思った。例えるなら、底なし沼に片足を突っ込んでいるような、そんな感じだ。悪循環に飲み込まれていく自分を想像し、思わず背筋が震える。






「………………ぁぁぁぁぁ……」






 何処(どこ)かで悲鳴が聞こえた。しかも一度ではなかった。断続的に、時折悲鳴とも取れる甲高い叫び声が聞こえる。


 剣一は思わず足を止め、背後を振り返った。なびく風の音に混じり、叫び声は徐々に大きくなっていく。


 ――こちらに近づいているのか?


 剣一は嫌な予感がした。近くで事件でもあったのだろうか。面倒事に巻き込まれるのは御免(ごめん)だったので、さっさとこの場を立ち去ろうと前方に向き直ったその時だ。


「おっ!おい!あんた!」


 背後で、誰かに呼び止められた。男の声なのは一発で分かった。


 振り返る。予想通り男だった。ネズミ色の擦れたパーカーを羽織り、瞳が(あか)く燃え、体の至るところから血を滴らせている。

 男はぜぇぜぇと荒く息を吐き、その息遣いが、男がただならぬ事態に巻き込まれている事を容易に物語っていた。


「(吸血鬼……!?)」


 剣一は鼻をヒクヒク鳴らし、(ただよ)ってくる男の『体臭』を()いだ。


吸血鬼という種族は外見的特徴は人間と大差ないものの、その身体的特徴や構造は、人間とは一線を画している。

 吸血鬼の『体臭』も、その例外ではない。吸血鬼の体臭は特殊なもので、人間の嗅覚では決して知覚することの出来ない特殊な成分を多分に含んでいる。それを嗅覚で探知出来るのは同じ吸血鬼だけに限られており、初対面の吸血鬼同士が互いの素性(すじょう)を探る上で、体臭は重要な情報と化しているのだ。


 剣一は確信した。目の前に突如として現れた、この得体の知れない男はまず間違いなく吸血鬼であると。


 それを、男の方も感じ取ったのだろう。剣一にすがるような足取りで近づくと、血まみれの両手で剣一の肩を掴み、(わら)にもすがる思いで助けを()う。


「あんた、吸血鬼だろ!?頼む、俺をかくまってくれ!」

「え、え?」

「いいから!早く!追われてるんだよ!どっか安全な所まで連れてってくれるだけでいいんだ!」

「い、一体何なんですか!?突然そんな事言われても困りますよ!それにあなた、なんでそんな血まみれで……」


 剣一がそう口にする間も、絶えず青い血が男の全身から滴り続ける。止まる気配はない。つまり、再生する気配がない。体内に含純水炸裂弾(がんじゅんすいさくれつだん)を撃ち込まれたか、あるいは銀刀で斬り付けられたのか。何れにせよ、体内の血が汚染され、男の《D細胞》が不活性化されているのが見て取れる。


 助けを求めているにも関わらず要領の得ない返事をする剣一に(しび)れをきらしたのか、男は口泡を飛ばし、噛み付くように剣一を脅した。


「んな事今はどうでもいいだろうが!へっ!それともなんでぇ。血統が違うから匿えねぇってか?残念だったな。俺は《コミュニティ》を追われた《はぐれ者》だからな。もう血統とかオメルタとか神話群とかどうでもいいのさ。

 だから、あんたが俺の所属していた《コミュニティ》と異なる《血統》を有していたとしても、俺は恥も外聞もなくこうして助けを求めるのよ。さぁ早く!安全なところまで連れて行ってくれるだけでいいんだよ!」

「そ、そんな事言われても………………って、え?《はぐれ者》?」


 男が口にしたそのワードが、剣一の心に揺さぶりをかけた。


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