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デッドアライズ・イリュージョン  作者: 浦切三語
Chapter.1 Knight of the Living Dead
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第三話 真昼間のプロポーズ

「それで?話って一体何なの?」

「まぁまぁそんな(あせ)らないでよ。でも、一つだけ約束できるよ」

「なぁに?」

「きっと、僕にとっても君にとっても、良いニュースだ」

「えー?何それ。すごく気になる!早く教えてよ」

「まぁまぁ。楽しみは後に取っておくものだろ?」


 小洒落(こじゃれ)た喫茶店に入った二人は窓際のテーブル席に向かい合って腰掛けると、ウェイターを呼び、適当に食事を注文した。

 丁度昼時(ちょうどひるどき)だからだろうか。店内はスーツを着たサラリーマンや、カップル、子供連れの家族でそれなりに(にぎ)わっている。


「そうだ。愛に一つ聞きたい事があったんだ」


 ウェイターが早々と運んできたアイス・コーヒーに口をつけることなく、剣一は「ちょっと変な質問かもしれないけど」と前置きを口にして、話を始めた。


「何?私に答えられる事だったら、何でも答えてあげるよ」

「あのさ、『お疲れ様』と『ご苦労様』って、どっちも相手を(ねぎら)う言葉だろ?」

「そうだね」

「人間の世界ではさ、一般的に目上の人、例えば上司とか先輩に対して『ご苦労様』っていうと失礼に当たるって言うだろ?あれって何でなんだろうな?吸血鬼である僕からしてみればどっちも同じ言葉遣いに聞こえるんだけど……愛はどう思う?」

「え?う、うーん……難しい質問だねぇ……」


 目を(つむ)り、眉間(みけん)(しわ)を寄せ、愛は唇を真一文字にして(うな)った。

 自分達が普段から意識せずに使っている言葉でも、吸血鬼の感性からしてみれば、何処(どこ)か変に思えるのだろう。

 何ら不思議ではない。互いの文化も価値観も違うのだから、剣一の疑問は当然と言える。


「多分だけど……『苦労』って言葉の響きがダメなんだと思うよ」

「言葉の響き?」

「ニュアンスって言えばいいのかな。『ご苦労様』っていうと、『苦労してよく頑張ったな。偉いぞ偉いぞ~』って、何か、相手を見下してるような感じに聞こえちゃうんだよ。きっと」

「じゃあ、上司や先輩は後輩を見下しても構わないって事か?」

「それはちょっと極端(きょくたん)だと思うけどねぇ」


 愛はそう言って、笑った。笑うと、きめ細やかな右頬に可愛らしい笑窪(えくぼ)が出来た。


「僕は吸血鬼だから良くわからないけど、どうして歳がほんの少し違うだけで他者に対する言葉遣いが変わるのか、本当に疑問なんだよ。年の差ってそんなに大切なものなのかなぁ?」


 吸血鬼の世界は、人間世界とは価値観やものの考え方が大きく違う。

 例えば、人間の社会において年功序列という考え方がごく一般的な概念(がいねん)であるのに対し、吸血鬼の世界で重要視されるのは年齢ではない。


 そう、『血』だ。


 具体的には《ドラクロワ》と《アルカロイド》の区別とも言える。


例え百年、二百年の長い時を生きた《アルカロイド》であろうと、所詮(しょせん)は《ドラクロワ》から吸血された『元人間』に過ぎない。(ゆえ)に、彼らが《ドラクロワ》達から一段下に見られるのは当然の事だった。


吸血鬼の世界において絶対的権力を有しているのは、《コミュニティ》の梟雄(きょゆう)として頂点に君臨する《新始祖(しんしそ)》。その次に強い権力を握っているのが《新始祖しんしそ)》から直接血を分けられた《ドラクロワ》。一番下っ端なのが元人間の《アルカロイド》……という具合に序列が決まっている。


 己の身体を駆け(めぐ)る血の濃さ。


 それこそが、吸血鬼世界での『畏敬(いけい)』か『(あなど)り』かを分ける明確な境界線(きょうかいせん)であった。


「でも、あれだよ?人間の世界でも、やたらとふんぞり返って年下をこき使う上司は嫌われるもんだよ?」


 剣一の人間達へのイメージダウンを避けさせようと思ったのか、愛は(あわ)ててフォローを加えた。


「そうなのか?」

「そりゃあそうだよ。人間、誰だって他人から好かれたいって思うのは当然だもん。年の差をいい事に人をこき使ったり、馬鹿にする人なんて、少ないもんだよ。それに最近は、年功序列(ねんこうじょれつ)を盾に無理難題を押し付けると、パワハラだとかモラハラだとか騒がれて問題になるケースだってあるんだから」

「パワハラにモラハラ?」

「パワーハラスメントとモラルハラスメントの事だよ」

「なるほど……人間の職場ではその、なんちゃらハラスメントっていうのはタブー()されてるのか……」


 おもむろに上着の胸ポケットからメモ帳を取り出すと、剣一は聞きなれない単語をメモし、『後でネットで調べる事!』と、赤文字で大きくチェックを付けた。


「ねぇ、何でそんな事を聞いてきたの?なんか、(めずら)しいよね。剣一君がそういう事聞いてくるの」

「え!?あ、ああ。いや、ちょっと疑問に思っただけだよ」

「なーんか、あーやーしーいー」


 目を皿にして、じーっと剣一の顔を見つめる愛。

 傍から見れば、午後一から人目を憚らずにイチャイチャしている、仲睦(なかむつ)まじいカップルにしか見えない。

 まぁ、実際そうなのだが。


「そ、それにしても、今日は晴れて良かったよな」

「あ、無理やり話題変えた」

「べ、別にそんなんじゃないよ!本当にそう思ったから、つい口に出しただけだって!」

「はいはい、分かりました」


 子供のようにムキになる剣一の姿が可笑しかったらしく、口下に手を当てて笑いを()える愛。

 その様子を少し憎たらしと思いつつも、可愛らしいと思う気持ちの方が勝ってしまうのは、やはり、剣一がこの女性に心底惚れ込んでいる(あかし)だろう。


「でも、確か天気予報だと昼過ぎから雨が降る予定だったんだよ?」

「ふぅん、天気予報か。ねぇ」

「何?」

「天気予報って、どれくらい先まで予測してるんだろうな。テレビとか見ると大体一週間前後の天気を伝えてるだろ?でも実際は、そのずっと先まで予想してたりするのかな?」

「どうなんだろうね。でも天気だけならともかく、降水確率とか湿度のパーセンテージまで細かく推測出来るんだから、多分一ヶ月後の天気を予報するのなんて楽勝なんじゃないかな」

「へぇ……そんなシステムを開発しちまうんて、やっぱ凄いなぁ人間は。俺達吸血鬼とは物の考え方がまるで違うよ」


 そう言って椅子の背もたれに体を預けると、剣一は大きく伸びをした。


「そりゃあ、人間と吸血鬼じゃあ文化や価値観がまるで違うからね。吸血鬼が思いつかないような技術を人間が発明することもあるし、その逆が起こる事だってあるじゃない?」

「そうか……なぁ、人間と吸血鬼って、この先一体どうなっていくんだろうな?」

「なぁに突然。学者さんみたいな事言って」

「いや、さっき話した週刊誌のインタビュー記事についてなんだけどさ。君のお父さんとは別に、もう一人別の学者にインタビューした内容も載ってたんだ」


 苦虫を噛み潰したような表情で、剣一は先程コンビニで立ち読みした雑誌に掲載(けいさい)されていたインタビュー記事の事を話し始めた。


「ふぅん。それで?」

「それで……君のお父さんは吸血鬼に対して結構好意的な事を口にしてたんだけど、そのもう一人の学者さん、大学教授なんだけどさ。その大学教授は結構、その、僕達に対して否定的な意見を持ってるみたいなんだよ。人間と吸血鬼はきちっと住み分けをすべきだって……ねぇ、愛はどう思う?」

「難しい話だなぁ」


 苦笑いして、愛は答える。確かにこれは恋人同士で話す内容じゃないなと、剣一は己の会話センスのなさを悔やんだ。

 それでも、愛は適当に会話を流すことなく、「そうねぇ」と、目を()せて思案する。


「まぁ、あたしと剣一君はこうして一緒にデートするくらい仲がいいけど、でも、全ての吸血鬼が人間に対して好意的な姿勢を持ってないこと位は、あたしでも知ってるよ。例えば……《貴族戦線(きぞくせんせん)》とかね」

「《貴族戦線(きぞくせんせん)》か……」


 剣一にも、その名前は当然聞き覚えのあるものだった。ニュースで連日報道されているのだから当然だ。

 専ら、その報道内容といえば『何処(どこ)そこの誰それが《貴族戦線(きぞくせんせん)》の吸血鬼に殺された』とか、そんな陰惨(いんさん)な、出来れば聞きたくない内容のものばかりだ。


 《貴族戦線(きぞくせんせん)》は、人間に明確な敵対意志を持つコミュニティの中でも、特別凶悪な思想を掲げている事で知られている事で有名である。

 人類を一人残さずこの地上から根絶しようと企む過激且つ凶悪な、悪魔の(ごと)き連中。

 日本列島の遥か南西に位置する『蓬莱島(ほうらいじま)』と呼ばれる島に自治領(じちりょう)を有しており、その構成人数は五千人とも一万人とも言われていて、その全貌(ぜんぼう)は明らかにされていない。

 唯一確かなのは、彼らが巻き起こす事件やトラブルの後には、必ず多くの人間の血が流れるという事。


厄介(やっかい)な奴らだよな。ああいうのがいるから、人間に友好的な吸血鬼達が色メガネで見られる。迷惑な話だよ」

「まぁね。でもさ、私は出来るだけ、そういう事は考えないようにしてるの」

「そういうこと?」

「人間と仲の悪い吸血鬼が、今日もまた何処かで人間を傷つけてるんだって事。だってさ、そんな事考えたってキリがないよ。自分から遠く離れた世界の事を想像するのは難しいもの。大事なのは、自分の周囲半径5メートルの世界なんだよ」

「半径5メートルって、いやに具体的だね」

「例えよ例え。つまり、さ。そういう遠くの世界の事を考えたって、自分を取り巻く世界は変わらないんだから、あたしたちはあたしたちの世界について考えていればいいんだよ。その、あ、あたしと、剣一君の世界を、ね……」


 自分が恥ずかしい台詞を口にした事に気がつき、愛は頬を染めた。まともに剣一と視線を合わせようとせず、チラチラと窓の外に視線を移す。

 釣られて、剣一も照れ隠しの為か「そうだな」と、無愛想(ぶあいそう)に答える。


「結構さ、愛も難しい事考えてるんだな」

「あ、今の台詞、あたしがお馬鹿さんだって言いたいの?」

「へっ!?あっ!い、いや!そういう事じゃなくてさ!」

「ふふ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。剣一君は人を傷つける台詞を言う人じゃないもんね」


 雑談を交わしているうちに、注文した料理が運ばれてきた。ミックス・サンドイッチと、パン・ケーキの軽食セットだ。

 剣一はおもむろに、色とりどりの具材が挟まれたミックス・サンドイッチに手を出した。端っこを少し(かじ)る。


「(……やっぱ不味(まず)いなあ。砂噛んでるみたいな味しかしねーや)」


 人間に恋をしても、流石に味覚までは人間のそれにはならない。

 吸血鬼にとって、人間の血以外の食べ物は、砂のような無味乾燥(むみかんそう)な味しかしない。

 試しにアイス・コーヒーを啜ってみるが、こちらも同じだ。泥の味しかしない。


「無理して食べなくてもいいんじゃないかな?」


 ミルクを入れたコーヒーを(すす)り、剣一を気遣(きづか)う愛。


「いや、これでいいんだよ。せめて、こうして二人っきりの時は、俺も人間の食事をしたいんだ」

「そう……まぁ、剣一君が食べたいんなら別にいいよ。でもせめてさ」

「何?」

「せめて、表情だけは美味しそうな顔をしてよ。何か(すご)く苦しそうな顔で食べてるから、心配になっちゃうのよ」

「頑張り甲斐のある注文だな」


 剣一は笑った。愛も笑う。二人は(しばら)くの間雑談に専念し、気がつけば店に入ってから一時間が過ぎようとしていた。


「ねぇ、時間も時間だし、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」


 食後。愛は三杯目のコーヒーを啜ると、そわそわした態度を見せ始めた。


「え?何の事」

「もう!とぼけないでよぉ。今日は良い報告があるから久しぶりに会おうって言ってきたのはそっちでしょ?」

「ごめんごめん。冗談だよ」

「それで?良い報告って何なの?」


 待ちきれないとばかりに瞳を輝かせ、愛が剣一を急かす。

 そんな彼女の興奮を(なだ)めるように「ちょっと待って」と言うと、剣一は、椅子に掛けてた手提げかばんから一枚の薄っぺらな紙を、大事そうに取り出した。


「これ、何だか分かる?」

「え?これって……」


 剣一の差し出したその薄っぺらい紙を、まじまじと見る愛。紙には黒インキで印字がなされていた。

 内定通知書。

 そう、はっきりと。


「驚いた?」


 剣一ははにかんだ。突然の事でぼぉっとしていた愛は、その言葉で、はっと我に返る。


「えっ!?あ、ああ、うん。そりゃあ。でも、どうして?」

「決めたんだよ。俺、働く事にしたんだ」

「それは……この内定通知書を見れば分かるわよ。あたしが聞きたいのは、何で今になって働こうなんて思ったのかって事よ」

「おかしいかな?吸血鬼が働くなんて……さ」

「そ、それは」


 愛は言葉に詰まる。剣一は両膝に手を置くと、真剣な様子で語り始めた。


「……僕さ、愛に出会ってから、色々と人間の事について調べてたんだ。人間はどうして学校に通うのか。どうして会社に勤めるのか。どうして……家庭を持ちたいって思うのか」

「剣一君……」


 複雑な表情を浮かべる愛とは対照的に、剣一は真剣な面持ちで喋り始めた。一言一言を、己の魂から吐き出すように、はっきりと、力強く。


「最初は、良く分からなかった。でも、愛と毎日を過ごしていく中で、何となく分かってきたんだよ。大切な人を一生守り続けていく為には、何かを犠牲にしなくちゃいけないんだ。俺は、今まで無為(むい)に過ごしてきた時間を犠牲にして、仕事を得る。仕事をすれば賃金が手に入る。賃金が手に入ったら、愛をもっと色々な所に連れて行けるし……それに、二人で住む家だって買える」

「え?」


 今、なんて言ったの?


 そう愛が口にするよりも早く、剣一は真剣な眼差しを向けて、


「長谷川愛さん。僕は、君が好きです。だから、僕と結婚してください」


 そう口にしたのである。


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