第二話 インタビュー・アバウト・ヴァンパイア
突然だが、吸血鬼の話をしようと思う。
言うまでもなく、吸血鬼とは我々人類と姿形は似ていても、人間を遥かに凌駕する圧倒的膂力と、神秘的パワーを備えた生命体である。遥か太古の昔から人類と共に生きてきた彼らは、しかし自ら進んで歴史の表舞台に躍り出てくることは滅多になく、五百年程前までは都市伝説的に語られる存在でしかなかった。
今では世界中でその存在が確認され、吸血鬼が我々人間にとっていい意味でも悪い意味でも近しい存在となっているのは、本誌読者の十分に知るところであると思う。国連事務局による調査によると、2020年現在、世界に存在している吸血鬼の数はおおよそ五万体だという。
しかし、ここで我々が議論しなければならないのは、その個体数が多いか少ないかという事ではなく、いかにして彼ら吸血鬼が人間と密接な繋がりを持つようになったのかについてである。本誌は今回、生物学的観点と社会的観点の両方の視点から、この議題に取り組んでいきたいと思う。
「吸血鬼が具体的に何時頃から人間社会と深い関わり合いを持つようになったのかは、現在の所良く分かっていません。ですが生物学的観点で捉えれば、彼ら吸血鬼は遥か太古の時代から、我々人類と深い関係を持っていると言えるでしょう」
こう答えるのは、人類考古学の分野における世界的権威の一人である、名古屋大学生命研究センター所長・長谷川公彦氏(55)である。氏は長年、吸血鬼と人間の関わり合いを生物学的観点から捉える研究を続けているその道のエキスパートだ。
過去には吸血鬼の細胞を再生医療技術へ応用することを目的とした、政府の研究機関に属していた事もある、異色の経歴の持ち主でもあったりする。
氏によると、吸血鬼と人間の生物学的関わり合いは、遥か太古の時代にまで遡るという。
「これはまだ私の打ち立てた仮説でしかありませんが、恐らく吸血鬼とは遥か過去、太古の昔に地球に飛来した隕石に付着していた未知のウイルスが、ネズミ等の小型哺乳類と遺伝子レベルで融合した結果、誕生した生命体であると考えています。我々人類が長い年月をかけてネズミから進化した事を鑑みれば、彼らもまた、ネズミの遺伝子に独自の改良を加えて進化してきた生命体なのです」
――なるほど。つまり両者とも『ネズミから進化した』というキーワードが一致するという点では、関係性があったという事なのでしょうか?
「我々の研究チームではそのような考えに至っています。そして、吸血鬼の特異な体質を解明する鍵は、前述した隕石に付着していたとされるウイルスにあると我々は睨んでいます。
簡潔に言えば、この宇宙由来の原始ウイルスの仕組みを解明する事が、彼ら吸血鬼の体を構成する、未知の体細胞の謎を解決する糸口になるのです」
――未知の体細胞とは、吸血鬼が宿す《D細胞》の事ですね?
「そうです。他の動植物には見られない、驚異的な再生能力・不老不死性を吸血鬼に与えるこの《D細胞》ですが、地球上のどの生命体にも類似する細胞が見られない以上、この細胞は地球外由来の外的要因を受けて誕生した細胞だと考えるのが自然です」
――その地球外由来の外的要因こそが、隕石に付着していたウイルスであると?
「可能性としては十分考えられますよ。
研究者の中には《D細胞》は長い進化の過程で独自に変異した細胞だと論じる方もおりますが、では何故吸血鬼と同じネズミから進化し、且つ同じ姿形をしている我々人類にはその細胞が存在していないのでしょうか。残念ですが、今のところ、この重要な問いかけに明確な答えを出せる人は、私の知る限りではおりません」
――先生のお考えは、宇宙の謎を解くという事が《D細胞》の根本的謎を解明するのに繋がるという風に聞こえますね。
「まあ、大げさにいうとそうなりますね(笑)」
氏はそう言ってはにかんだ。子供のような無邪気な笑顔だと、インタビュアーの私は思った。
話は変わるが、氏は以前、《D細胞》の再生医療技術への応用研究にも携わっていた。その頃の事を問い質すと、氏は一転して鎮痛な表情を浮かべた。
「研究に失敗という言葉ない。著名な研究者の多くはそう言います。ですが、私からしてみれば、あの研究は失敗でしかなった。
我々は早すぎたんですよ」
――早すぎたとはどういう事でしょうか?
「そのままの意味です。《D細胞》は我々が取り扱うには、人類が手にするには早すぎたんです。私も研究チームの一員として当時は寝食を忘れる程、研究に没頭したものですが、それでも《D細胞》の謎を解明できたのは極一分の部分だけでした。
即ち、《D細胞》は吸血鬼以外の動植物に移植すると、移植された動植物が本来備えていた細胞に傷を付け、変異させていくという点です」
――具体的に説明していただいてもよろしいでしょうか?
「分かりました。そうですね……例えるなら、細胞が『がん化』する現象に非常に良く似ているのです。
現代医学の発達により、細胞のがん化には様々なプロセスが存在している事が明らかさにされている訳ですが、その中の一つに、何らかの外的要因で体細胞遺伝子に傷が生じ、細胞のがん化を促してしまうというものがあります。
貴方がたもご存知のように、我々人間の遺伝子配列は四種類の塩基のみから構成されており、これらの塩基が決まった配列を形造る事で、人間は五体満足な姿でこの世に生を受ける事ができます。細胞に傷がつく、というのは、この遺伝子配列が途中で乱れたり、あるいは、特定の塩基が別の塩基に書き換えられたりする、所謂『遺伝子コードのハッキング』の事を意味しています。
この遺伝子コードのハッキングにより誕生したがん細胞は、周囲の正常な細胞にも徐々に影響を与え、同じ傷のついた遺伝子を持つ悪性細胞を増やしていきます。 この現象を『多段的発がん化』と医療業界では呼ばれています。
《D細胞》も、これと全く同じ現象を与える事が、ラットを使った実験で明らかにされています。
しかもがん細胞が段階的に周囲の細胞を変質させていくのに対し、《D細胞》は爆発的にこれを進めていくのですよ」
――つまり、《D細胞》は人間の細胞を『がん化』と似たような状態にさせてしまう危険性があるというのですね?具体的に、人間に《D細胞》を投与した場合、どういう現象が起こると予想されるでしょうか?
「ラットを使った実験では、《D細胞》を投与した個体とそうでない個体の二種類を同じケース内に用意したとき、《D細胞》を投与したラットが凶暴化し、そうでない個体を襲って吸血行為に及ぶといった現象が幾つも確認されました。
我々はこの実験結果から、《D細胞》は人間に直接投与すると人間の遺伝子を傷つけ、見境なく人間を襲吸血鬼に変えてしまう可能性があると推論しました」
――なるほど。だから《D細胞》を再生医療へ応用するのは危険だと政府は判断し、わずか一年という短期間で研究チームは解散されたのですか。
「はい。ですが個人的感想を言えば、我々はもっと、あの細胞について詳しく調べるべきでした。
《D細胞》は人間にとって有害だ。人を異形化させる悪魔の細胞だという考えのみが先走りしてしまい、《D細胞》に含まれるどの因子が、どういうメカニズムで人間の遺伝子を傷つけるのか。その部分は完全なブラックボックスに包まれてしまいました。
これらの謎が明らかになれば、《D細胞》の特定因子を抑制する薬剤がいずれ開発されるでしょう。そうなれば人間の細胞を傷つける事なく、且つ《D細胞》の再生機能を活かしたまま医療の現場で活用できる。そんな明るい未来が開けたはずです」
氏は今でも、機会さえあれば《D細胞》の更なる研究に取り組みたいと話していた。氏の《D細胞》研究に対する熱い想いを聞いているうちに、どうやら日本政府の判断はいささか早計だったのではないかと、私には思えてならなかった。
長谷川氏には生物学的観点から人間と吸血鬼の関わり合いについて述べて頂いた。では、社会性の面から、これら2種族間の関係性を述べるとどうなるのか。私は場所を移し、静岡大学社会人間学部学部長の山本武氏(60)に話を伺ってみる事にした。
「人間と吸血鬼の社会性について調べてるようですが、私の意見等聞かなくても違いは一目瞭然じゃあありませんかねぇ?」
インタビュー開始早々、氏は憮然とした表情でそう口にした。どうやら、あまり機嫌のよろしくない時に遭遇してしまったようだ。が、ここで引き下がっては本誌のインタビュアーとして失格だ。
そう思った私はなんとか氏のご機嫌取りをし、氏の自論を引き出す事に成功した。
「人類が国土を有し、そこに住むのと同じように、吸血鬼もまた『国のようなもの』を作り出し、そこに生活圏を築きます。
我々はこの生活圏を《コミュニティ》と呼んでいます。《コミュニティ》は世界各地で吸血鬼達の自治領という形で存在しているのは貴方も知っている事でしょう。でも、吸血鬼の《コミュニティ》は、当然ですが我々人類が構成する国とは、その構成理念を大きく異にします」
――具体的にどう異なるのでしょうか?
「それ、別に聞かなくても知ってるでしょ?ニュースや雑誌で散々特集されているんだからさ(苦笑)
まあいいや。説明しましょう。えー……現代の吸血鬼のコミュニティは《新始祖》と呼ばれる、『己の血液から吸血鬼を創り出す』という特別な力を持った吸血鬼がトップに君臨し、その下に多数の吸血鬼が従っているという構成になっています。
補足すると、群れを形成している吸血鬼は二種類に分別されており、新始祖の血液から創り出された吸血鬼を《ドラクロワ》、そして《ドラクロワ》に吸血され、吸血鬼化した元人間を《アルカロイド》と呼称しています。
また、コミュニティには人間社会でいう所の『道徳』や『法律』に当てはまる《オメルタ》と呼ばれる決まり事が存在しています。《オメルタ》とは、《コミュニティ》の秩序を保つ為に制定された、その《コミュニティ》に属する吸血鬼が必ず守らなければならないルールの事です。この《オメルタ》を制定しているのは新始祖ただ一人であり、故に《コミュニティ》とは吸血鬼が作り出した独裁政権社会であると言えるのです」
――お話を伺っていると、独裁社会を作り出す辺り人間社会とそれほど変わらないように聞こえるのですが……
「いやいや、全然違いますよ。ほら、例えば人類国家は、共通の敵を見出した時に他国と外交をし、同盟関係を結ぼうとするでしょう?
でも、吸血鬼は人間という共通の敵がいても、決して他の《コミュニティ》と同盟関係を結ぼうとはしません。これは過去の歴史が証明しています。
彼らが《コミュニティ》の枠を超えて同盟関係を結ぼうとしないのは、彼ら吸血鬼が生まれながらに有している《神話群》という思想の為です。《神話群》というのは、吸血鬼が《オメルタ》と同じくらい大切にしている、彼等の精神的支柱に関わる概念でありまして、まぁ、簡単に言うと『自分の所属しているコミュニティの《血統》こそが至高であり究極である』という考えです。
まぁもっとも、《コミュニティ》から外れた《はぐれ》には、これらの事は当てはまらない事がほとんどですけど」
――自分達の所属している《コミュニティ》こそが正しい吸血鬼の血を引いており、その他大勢の《コミュニティ》は吸血鬼の亜流に過ぎない。そういう考えを大部分の吸血鬼が持っているという事ですか?
「そう言えますね」
――その思想の為に彼らは手を取り合おうとはしないという事ですね?百年前の人間と吸血鬼の戦争の時にもその傾向はあったのでしょうか?
「《血盟大戦》の事ですか?そうですねぇ……当時、世界には人間に対して敵対意志を持つ《コミュニティ》が大勢ありましたが、しかし奇妙な事に、これら多数の《コミュニティ》は戦争中、例え己の《コミュニティ》が瓦解寸前になっても、決して他の《コミュニティ》に助力を求めたり同盟関係を取ろうとはしなかった。
多くの文献にはそのように記されています。
つまり、あの時代にたまたま人類に対して憎悪を抱く《コミュニティ》が一定数存在し、彼らのフラストレーシションが偶然にも同時期に爆発した結果、あの戦争は起こったのだと私は考えています」
――全世界を混乱の渦に巻き込んだ《血盟大戦》が人類側の勝利に終わり、今年で百年の歳月が経過しますが、この百年の間で人間社会と吸血鬼社会は急速に互いの距離を縮めているように感じます。この点に関してはいかがでしょうか?
「私に言わせてみれば、それは錯覚に過ぎませんよ」
――錯覚ですか?
「まぁ、あの戦争がある種のきっかけとなり、人間と友好関係を結ぼうとする《コミュニティ》が年々僅かづつですが増加したのは事実です。しかし、それでも人間に対して敵意を剥き出しにしている《コミュニティ》は依然として存在していますし、しかもそういう所に限ってやたらと戦力が高く、秘匿性も高い。
それに、吸血鬼は人間とは異なる価値観、文化を持つ種族です。今は友好的態度を見せている《コミュニティ》だって、やがて人間との価値観や文化が自分達のそれと大きく乖離している事に気づき、人間社会から距離を置こうとする可能性だって考えられるのです。
私が恐れているのは、人間社会から離れた《コミュニティ》が、やがて人間に敵対する《コミュニティ》へ変貌し、我々の社会を脅かす存在になりはしないかという点です」
氏の考えは非常に現実的で、且つ慎重なものだと私は思った。
が、氏のような考えを持つ者が決して少なくないことを、私は知っている。かれこれ十年、吸血鬼と人間のあり方を識者達に問い続けてきた私にしてみれば、氏の考えはそれ程真新しい物ではないが、堅実な考えである。
私は最後に、長谷川氏と山本氏の両名に質問を投げかけた。これから先、人間と吸血鬼は真の和解を迎える事ができるのだろうか。
「難しい質問ですが、私は人間と吸血鬼は真に分かり合える日がやってくると思っています。
吸血鬼の生体を調べていく内に、彼らには人間が持ち得ない生物学的特徴を非常に多く有している事が分かってきています。ですが、それは吸血鬼側から見た我々人類にも言えることです。いわば、我々と吸血鬼はプラスとマイナスの関係性にあるのです。例え肉体的特徴は異なっても、共にこの地球で生まれ、地球で生活してきた者同士です。互いに手を取り合い、『ゼロ』になる事こそが、人類と吸血鬼双方の歩むべき道なのです」
「私は、人間と吸血鬼は決して相容れない存在であると認識しています。
先程もおっしゃいましたが、文化の違い、価値観の違いというのは目に見えない分、そこに何らかの行き違いでほんの僅かな誤解が生じた時、それを修復するのは極めて困難です。人間同士だって、些細な認識の違いが元で、時に未曾有(みぞうの悲劇を引き起こす事だってあります。それが吸血鬼に変わったところで何も進歩はありません。いや、むしろ悲劇の起こる回数は増え続けていくことでしょう。
そうならない為にも、我々人類と吸血鬼は『住み分け』をきっちりと行い、別々の道を歩むべきなのです」
双方の意見は面白い程真っ二つに割れたが、果たして本誌読者諸君はいかなる考えをお持ちであろうか?
《ゲッカン現代~貴方は吸血鬼をどう思うか~より、一部抜粋》
ガラス窓の向こうに視線を感じ、神山剣一はふと、雑誌に向けていた視線を外にやった。
コンビニのガラス窓から見る外の風景。スクランブル交差点を行き来する人の群れに混じって、車道を挟んだ向かいの歩道に見慣れた女性の姿が瞳に映った。
ゆるいウェーブのかかかった栗色の髪に、淡いピンクのワンピースがよく映えている。春先の衣装としてはピッタリだ。
女性は剣一の姿を見つけると、遠慮がちに微笑み、小さく手を振る。
剣一も直ぐに微笑み返すと、手に持っていた雑誌を元あった場所に戻し、コンビニを飛び出した。足取りは、とても軽やかだった。
「ごめんね。ちょっと遅れちゃった」
「いや、別にいいって。俺もさっき来たばかりだったからさ」
交差点付近で合流した二人はしばらく道路沿いに道を歩いていき、雑談を交わす。
歩きながら、剣一はふと、自分より身長の低い女性の頭部に目線をやった。白い何かが彼女の艶やかな髪にひっつている。
それが、先日彼女の誕生日祝いに買ってあげた髪飾りだと知って、嬉しくなった。
白いモンシロチョウを象った、可愛らしい髪飾りだ。
「その髪飾り、つけてくれてるんだね」
「うん。これ気に入っちゃった。モンシロチョウの髪飾り」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
愛が嬉々とした様子で、ポンポンと髪飾りを叩く。彼女の一挙手一投足が、剣一には可愛らしく見えて仕方なかった。
「ねぇ、何を真剣に読んでたの?」
「え?」
「さっき、コンビニで雑誌読んでたでしょ?剣一君が、ああいうの読むなんて珍しいなと思って」
「ああ、うん。愛ちゃんのお父さんのインタビュー記事が載っててね」
剣一は、寄り添うように隣を歩く女性・長谷川愛に、彼の父親である長谷川公彦のインタビュー内容を簡単に話した。小難しい話であるにも関わらず、愛はその大きな丸い瞳をキラキラと輝かせ、絶妙なタイミングでコクコクと相槌を打つ。剣一は、聞き上手な愛が大好きだった。
「ふーん。お父さん、相変わらず難しい事考えてるんだなぁ」
顎に手を当て、何かを思案するかのように空を見上げる愛。彼女の細く、美しい曲線を描く白いうなじが汗に濡れて色っぽい。
気恥ずかしさからふと視線を上げると、剣一の眼に大きな白い飛行船が飛び込んできた。
空を悠然と泳ぐその飛行船には電子モニターが設置されており、そこには、今年で《血盟大戦》終結から百年の月日が経過した事を記念する、パレードの宣伝が流れていた。
「そうか、今日で百年経つのか……」
不思議なものだと、剣一は思った。
百年前、長らく敵対し続けていた人間と吸血鬼の間で起こった、歴史上類を見ない世界規模の戦争。
それが後に《血盟大戦》と呼ばれる類のものであった。
人間、吸血鬼問わず多くの血が流れ、多くの建物が崩落し、所によっては地形が全く変わる程の被害を受けた。
剣一は《血盟大戦》以後に誕生した吸血鬼だったので、実際に戦争を経験したわけではない。が、凄惨を通り越し、もはや虚無的とさえ言われるその争いは、彼の所属していた《コミュニティ》の《新始祖》から、耳にタコが出来るほど聞いていた。
今となっては懐かしい記憶だ。《コミュニティ》が《新始祖》の死を以て崩壊し、同胞たちも散り散りとなった今となっては。
結果的に戦争は、人間の勝利で終わった。
それから百年。吸血鬼にとってはそれほど長くない、しかし人間にとってはとてつもない、途方もない時間が流れた。
剣一は思う。百年前の吸血鬼が、人間が、自分達二人を見たらどう思うだろうか。少なくとも双方が驚愕の表情を見せるのは確かだ。
それも全て、《呪い》が切っ掛けなのだろう。
戦争終結の直接的原因となった、全世界の吸血鬼に掛けられた《呪い》が。
あの戦争以前と以後で、世界は変わった。あの戦争の最中に吸血鬼は《呪い》を掛けられ、吸血鬼は自由に人間を吸血することが出来なくなった。
身悶える程のおぞましい《呪い》は彼等の足枷になったのは当然だが、それは吸血鬼達にある変化をもたらした。それまで『只の餌』としか見てこなかった人間を『同等の種族』として認識し、対等に接する者達が現れた。それは大きな変化だった。吸血鬼と人間が、真の和解へ進むための、小さな、しかし確実に影響を与えるであろう変化。
その変化は、当の剣一にも訪れた。長谷川愛という、人間の恋人、愛おしい人が出来たという意味で。
そう、神山剣一は吸血鬼であった。
「そういえば剣一君」
「ん?」
「私に直接会って話したい事があるとか言ってたけど、それって何なの?」
愛が楽しそうな表情で、剣一の顔を覗き込んでくる。両親がクリスマスプレゼントに何を用意しているのかを問いただす少女のような、興味深々(きょうみしんしん)といった表情だった。
「ん、聞きたい?」
「そりゃあ、聞きたいよ」
「じゃあ……そうだな。適当な喫茶店にでも入って話そうかな」
作中で《血盟大戦》と《血盟戦争》と二つのワードがごっちゃになっていましたが、《血盟大戦》で統一いたしました。
あと一部の専門用語や漢字にもルビを振りました。
ちょっとは読みやすくなった……のか?