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デッドアライズ・イリュージョン  作者: 浦切三語
Chapter.1 Knight of the Living Dead
3/62

第一話 ある日の夜

夜の(とばり)が街を(おお)っている。


人々が寝静まった深夜一時頃。


額に大量の汗を浮かばせ、一人の男が全力疾走(ぜんりょくしっそう)で街中を()け抜けている。


途中、疲れからか、それとも例えようのない恐怖心からか、(ひざ)が折れ、足がもたつく場面もあったが、何とか()ん張り、(はし)り続ける。時折、ホームレスと思しき身なりの薄汚い老人や、餌を求めて彷徨(さまよ)()せた犬とすれ違う。が、男はそれらに一瞥(いちべつ)する余裕もなく、己の身を隠せる安全な場所を求め、闇雲(やみくも)に街中を駆け回った。もう、自分がどういうルートで、あの廃屋から逃げて来たのかさえ、良く覚えていない。


「こ、ここまで来りゃあ……へへ……流石(さすが)に追いつけねぇだろうよ」


 逃げて逃げて逃げ続け、やっとの思いで狭い裏路地に身を潜めた男は、茶色い染みのついたコンクリートの壁に背を預け、深く息を吸った。

肺に酸素が満ちる。呼吸を必死で整える。


 見ると、男のだらりと垂れ下がった右腕から、おびただしい程の血が流れていた。血の色は青かった。吸血鬼特有の色だ。


 詰まる所、男は吸血鬼だった。またの名をヴァンパイア。


 最悪な事に、この男は人間に仇なす吸血鬼の中でも、とりわけ凶暴(きょうぼう)陰惨(いんさん)趣味趣向(しゅみしこう)を持つ事で有名だった。つまり彼は生まれてこの方、人目を盗んではか弱い女や子供を拉致(らち)し、寝蔵(ねぐら)に使っている山奥の廃屋で、『人体解剖(じんたいかいぼう)』という名の殺戮(さつりく)ショーに(いそ)しんでいた訳だ。


 だが、今日は少々様子がおかしい。何時ものように『人体解剖』に取り組もうと廃屋のドアノブに手をかけた所で『怪物』の襲撃(しゅうげき)に遭い、手傷を負いながらも命からがら逃げてきたのである。


「それにしても、ちくしょう。一体何だったんだあいつ……」


 男は地面に滴る己の血をじっと見つめ、先程自分を襲ってきた件の『怪物』について考えた。あの『怪物』は、吸血鬼や人間と同じ二足歩行の動物ではあったが、しかし共通点はそれだけのように思えた。

 男は、怪物の謎を解く鍵を、何一つ持ってはいなかった。

 それは、深い山の奥で丸腰のまま、凶暴な(ひぐま)と相対するのに等しかった。


「……っと、悠長(ゆうちょう)にしちゃいられねぇ。さっさとこの場を離れねぇと」


 怪物を振り切る事には成功したが、しかし油断は禁物である。

 出来ればもう少し、この場で冷たい夜風に当たっていたかったが、今は一刻も早くこの場を離れるのが得策(とくさく)のように男には思えた。

 左手で血の滴る右腕を庇いながら、大通りに出ようと、脚を引き()りつつヨロヨロと歩き始める。


 だがしかし、大通りに出る前に、男は()ぐに足を止める事になる。


「――!」


 不意に、辺りから漂うねっとりとした芳香(ほうこう)が、男の嗅覚(きゅうかく)を刺激した。

 それは、獣臭(じゅうしゅう)に近かった。つい先程、あの廃屋で嗅いだのと同じ匂いだった。

 男の脳内でアラートが鳴る。

 早くこの場を離れろと、全身の筋肉が男の意識を急かす。

 が、男はただただ身震いをするだけで動く事が出来なかった。


「(ま、まさか、血の匂いを嗅いでここまで追ってきたのか!?)」


 (つか)の間の安心感が無残(むざん)にもぶち破られた事実を目の前に突きつけられ、男はもう何が何だか分からなくなる。

 背後に、気配を感じた。

 ゆっくりと振り返る。


「ひ、ひ、ひひ、ひぃぃぃぃいいいいい!?」


『ソレ』を目にした途端、男はか細い、しかし甲高い叫び声を上げ、頼りなく尻餅(しりもち)をついた。魚が海面で酸素を求めるように口をパクパクと動かし、『ソレ』から目が離せないでいる。


『ソレ』は、先程男に重傷を負わせた『怪物』だった。異貌(いぼう)異躯(いく)異端(いたん)の『怪物』だった。


 闇夜(やみよ)の中でもはっきりと分かる程の、太く、(たく)ましく隆起(りゅうき)した腕と足。それらを覆う針金のように鋭く、長く、そして硬い、黒色の体毛。一見すれば、ローランドゴリラが二足歩行している様を思わせる。しかし『怪物』の、まるで戦車の装甲(そうこう)を思わせる分厚(ぶあつ)胸板(むないた)から生えた六本の黒い管が、『怪物』が『只の生物ではない』という事実を嫌というほど主張する。顔面は鼻から下が白色の仮面で覆われていた。口下が隠されているから、笑っているのか、怒っているのか、はたまた(うめ)いているのか、判別がつかない。


 だが、男を捉えて離さない煌々(こうこう)と(あか)く輝く双眸(そうぼう)を見るに、恐らくは怒っているのだろう。鋭く、獰猛(どうもう)猛禽類(もうきんるい)を思わせるその瞳に、恐怖におののく己の姿が写りこんでいる事を男は知らない。


「ま、待てっ!待ってくれっ!お、お前!俺が誰だか分かってんのか!?」


 男はめちゃくちゃに叫んだ。まるで喧嘩を売っているようなぞんざいな態度であった。


「俺は吸血鬼だぞっ!?えぇ!?分かってんのかよテメェ!?ああぁ!この世界に存在する全ての生物の中で、肉体的!能力的に頂点に君臨する生命体だぞっ!て、てめぇが何者なのかは知らねぇが、俺は、吸血鬼なんだぞっ!?」

「………………」


男の必死の叫びも虚しく、『怪物』は何も答えようとせず黙ったままだ。何処かで犬の鳴く音がしたが、男には聞こえなかった。


「ぐ、くうぅぅうう……!」


 話が通じないと悟った男は、チラリと己の背後を盗み見た。

 男が逃げ込んだのは路地裏なのだから、当然、彼の背後には大通りへと続く出口がある。その出口から男が今立っている場所までの距離は、大凡五十メートル程だった。


 何時もだったらこの程度の距離、奔り抜けるのは造作(ぞうさ)も無い事だ。人間を(はる)かに凌駕(りょうが)する膂力(りょりょく)を有する吸血鬼なら、ざっと二、三秒で駆け抜ける事の出来る距離。


 が、今日は特別だ。事情が違う。状況が違う。この『怪物』を前にして逃げ切る可能性等、露程(つゆほど)もないことを、男は本能的に悟った。『怪物』の全身から放たれる有無(うむ)を言わさぬプレッシャー、圧力。それらが見えない空気の壁となって男の全身を圧迫する。


 ずしり、と、怪物が足を踏み出した。じりじりと、勿体(もったいつけるように男との距離を縮めていく。


「頼むよっ!待ってくれ!」


 血の溢れ出る右腕を押さえていた左手の平を『怪物』へ向け、命乞いをする吸血鬼。男の顔は、情けない程に恐怖と狼狽(ろうばい)の色で満たされていた。

 左手にべっとりと付着した血糊が、月夜に照らされて青く光った。


「ま、待て!何で俺なんだよっ!お、おい!聞け!俺なんかまだ生まれて三十年しか生きてねぇ吸血鬼だぞっ!何で俺みたいな雑魚(ざこ)を殺すんだよっ!へへ、し、知ってるか、へへ、よ、世の中にはなぁ、俺なんかブルッちまうような凶悪な吸血鬼が山ほどいるんだぜ!?お、俺なんかより、そいつらを相手にした方が利口なんじゃねぇのか!?そ、そうだ、なんなら色々情報をおしえてや――」


 空気が、ひゅう、と音を立てた。『怪物』が右腕を軽く横に()いだのだ。

 黒々とした怪腕(かいわん)には、月光を反射して(あや)しく輝く、刀身が銀コーティングされた軍用ナイフが握られていた。

 だがそれを確認した所で、男の意識はぷっつりと途絶えた。


 首の肉を勢い良く抉られ、男の頭部が勢い良く宙に撥ねた。続けて間欠泉(かんけつせん)(ごと)く体液が吹き出す。


 まるでにわか雨が降り注ぐみたいに、青い血が『怪物』の体を濡らしていく。ボトリと、男の首が地面に落下し、衝撃で眼球が潰れた。


 頭部を亡くした男の下半身はしばらくの間、壊れたねじまき人形のように奇っ怪な動きをしていたが、やがて、力を失って直ぐ、大量の灰と化した。


 切り離れた生首も同様だ。


 そうして、路地裏に一陣の風が吹くのである。


はじめて投稿させていただきます。

拙作ですが、お目にかかれば幸いです。

感想・ご意見などありましたらお気軽にどうぞ。出来る限り返信していくつもりです。

よろしくお願いします。

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